歴代フランス大統領の公用車を手掛けるDS AUTOMOBILES

世間一般によるところの富裕層には“特殊能力”があると思う。

一芸に秀でた才能。
新しいビジネスを生み出す発想力。
目標実現に向けたひたむきな努力。

しかし、私の考える“特殊能力”とはこういったことではなく、富裕層にありがちな“習性”といった方が正しい。

不思議なことに、彼らは身につけているもの、家にあるもの、そのすべての値段を覚えている。例えば、玄関に飾られている絵画を指差して「これはなんですか?」と聞くと生成AIよりも早く答えてくれるのだが、作者や表現していることよりも、いつ・どこで・いくらで買ったという話になると饒舌になる。腕に巻いているゴツい時計、ソファ、テーブル、食器、もちろんクルマも例に漏れない。

とはいえ、彼らがそこまで身の回りのものに詳しいのは、それだけこだわりが強いからだろう。性能や機能だけでなく、ブランドの理念やつくり手の熱意に共感できるからこそ、手に入れたくなるし、語りたくもなる。きっと、おそらく、たぶん、金額について詳しいのは私のような庶民に価値を知らしめるのに最もシンプルな指標だからだろう。

それはともかく、早速今回の主役であるDS AUTOMOBILESの「No.8」を紹介しよう。このクルマはフランス車の最高峰であり、熱く語りたくなるような魅力に溢れている。1955年に誕生した「DS」をルーツにもつブランドで、フランス伝統の職人技術を礎とした素材選びと仕上げが特徴。フランスの歴代大統領の公用車を手掛けており、「No.8」は100%電気自動車の公式車両としてエマニュエル・マクロン氏が初めて使用した。まさにフランスの魂がこもったモデルだ。

大統領専用車として仕立てられた「PRESIDENTIAL DS No.8」。サファイア・ブルーのボディカラーやフロントグリルにはフランス共和国の象徴である青・白・赤のトリコロールに光るDSルミナスクリーンが採用されている。

クルーザーのような独特なプロポーション

試乗車のボディカラーはクリスタルパールにオプションのブラックボンネットを組み合わせる。ヘッドライトには24ピクセルモジュールで構成したDSピクセルLEDビジョンを採用。

「No.8」は全長4845mm×全幅1900mm×全高1585mmと、日本の伝統と技術の粋を集めた「センチュリー(全長5335mm×全幅1930mm×全高1505mm)」やドイツ製高級車の代名詞「Sクラス<ロング>(全長5 195mm×全幅1920mm×全高1505mm)」と比べるとひと回り小さい。

メーカーDSオートモビルトヨタメルセデス・ベンツ
車名No.8センチュリーSクラス<ロング>
全長4845mm5335mm5195mm
全幅1900mm1930mm1920mm
全高1585mm1505mm1505mm
ボディサイズ比較
フロントと同じく豊かなボリュームを感じさせるリヤビュー。テールゲートの開口部は広く、ラゲッジルームは5人乗車時で約620L、後席格納時には最大で約1873Lを確保。

にもかかわらず、存在感を感じるのはウインドウ下端を境にしたボディとキャビンの比率によるものだろう。水平基調かつ厚みのあるボディに対して、ルーフラインはクーペのように流麗で、まるでクルーザーのようなプロポーションは遠目から見ても存在感がある。

シャープなルーフラインと豊かなボディを組み合わせた独特の佇まい。試乗車はオプションの21インチ鍛造アロイホイール(255/40R21)を装着。

そんな「No.8」に乗り込んで真っ先にツッコミたくなるのはX字のステアリングだ。見るからに掴みにくそうだが、案外気にならなかったというのが正直な感想。なんなら、アームレストに肘を掛けてまったり走るようなシーンでは、親指をX字スポークの下側にちょうどよく引っ掛けられるのは楽だ。

「ALEZAN」と称するオリーブの葉を由来としたタンニンでなめした最上級のナッパレザーをふんだんに用いた内装。ドアからインパネにはブラッシュドアルミニウムデコレーションがあしらわれている。X字のステアリングも存在感を主張。オーディオはフランスを代表するFOCAL社と共同開発した3Dプレミアムオーディオシステム(オプション)を搭載。

もちろんインテリアの質感は高く、ふんだんに使われているナッパレザーの風合いとパリの伝統装飾に着想を得たという“クル・ド・パリ”パターン(細かいピラミッド状の突起が幾何学的に連続した模様)のアクセントがもたらす品の良さは、時間が経つほどに際立ってくる。

インパネやエアコン吹き出し口、ステアリングスポークの一部に「パリの石畳」を意味する多数のピラミッドが連なるように刻まれるエンボス装飾「クル・ド・パリ」が施されている。
ダッシュボード中央には16インチワイドタッチスクリーンを配置。Cerence社の生成AIで駆動するChatGPTと連携した対話も可能。

路面状況を予知して最適な減衰力へ変化

乗り心地は電気自動車であることからスムーズで力強く、それでいてしなやか。張りがありながらも柔らかなクッション性のあるシートだけでなく、「No.8」にはDSアクティブスキャンサスペンションが搭載されている。

車体前方のセンサーで25m先の路面状況をスキャンして、凹凸に合わせて4輪のダンパー減衰力をリアルタイムで最適化する「DSアクティブスキャンサスペンション」を標準装備。

これは、25m先の路面のコントラストをモニタリングしてダンパーの減衰力をリアルタイムで最適化し、凹凸の存在を極力目立たせないというもの。振動が全くなくなるといったことではないが、乗員が不快に感じないレベルへうまく押さえ込んでいる。

パワートレインはモーターのみで、駆動方式は4WD。フロントには207kW/343Nmのモーター、リヤには83kW/166Nmのモーターを搭載し、システム最高出力は350PSに達する。一充電走行距離は750kmを誇る。競合他社のEVよりも20%〜55%までの充電効率に優れているという。2300kgの車両重量に対して、0-100km/hは5.4秒と俊足の持ち主。アクセルペダルだけで加減速を自在に調整できるワンペダルドライブにも対応。

運転席では優雅なドライブを楽しめる一方で、「No.8」は後席の快適性も高い。前席ほど凝ったつくりのシートではないが、クッションは柔らかく底付き感はない。アームレストも絶妙な高さにあるから、運転を任せてゆったりくつろぐこともできる。

空気で膨張・収縮するシートバックサイドのサポートクッションによるホールド性も魅力のフロントシート。ネックウォーマーも標準装備されており、そよ風のような柔らかく、温かい風を首元に届ける。
サポート性とクッション性に優れた後席シート。中央席の背もたれは倒すとアームレストとしても使える。

ちなみに、ルーフにはラミネーテッドパノラミックガラスルーフが備わっている。この手の装備は日差しが強くて結局シェードを閉じてしまうのだが、「No.8」のそれは眩しさを感じることはなかった。これなら後席で仕事や読書に耽るといったこともできる。

ルーフにはラミネーテッドパノラミックガラスルーフが備わる。開放感がありながらも、眩しさを感じさせない絶妙な透過率に加えて、高断熱・高遮熱・遮音機能を持つラミネート加工も施されている。

今回初めて「No.8」に乗ってみたが、高級サルーンとしての仕立てや乗り心地はあるものの、日本ではまずお目に掛からないほどレアな存在であることが不思議でならない。確かに、電気自動車であることや後席の特別感が少ないといった点は、他ブランドの高級サルーンや極上の快適性に浸れる2列目シートが魅力の「アルファード」「ヴェルファイア」と比べると「No.8」を選ぶ上で課題となるだろう。

DSオートモビル「No.8」

それ以外に懸念があるとしたら価格だろうか? 「No.8」は1005万円でオプションの「アブソリュート・コンフォート・パッケージ(40万円)」や「ブラックボンネット(6万円)」「21インチ鍛造アロイホイール(20万円)」「特別塗装色(12万円)」を全部載せしても1083万円なのだが、これは間違っている。仕立てや機能を考えると安すぎる。「このクルマいくらですか?」と庶民に聞かれたときに、ややインパクトが足りないのが不安だ。