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今日は何の日?■2代目サニトラをマイナーチェンジ

1978(昭和53)年4月18日、日産自動車は1967年2月に誕生以降、小さくて扱いやすいピックアップとして人気を獲得していた「サニートラック」2代目のマイナーチェンジ(MC)を行なった。サニトラは、その後一度もフルモデルチェンジすることなく、国内では1994年まで販売された異例のロングセラーモデルである。
初代サニーをベースにしたピックアップ・サニトラ

初代「サニートラック(B20型)」が誕生したのは、初代「サニー(B10型)」が登場した翌1967年2月のこと。「サニー」をベースにした機動性に優れた500kg搭載の2人乗りピックアップトラックで、サニーの後部をトラックに仕立てたもの。そのため、車両前部はベースのサニーとの違いはほとんどなかった。

軽量で強靭なモノコックボディで、乗用車のような乗り心地、積み下ろしの楽な荷台が特徴で、すでに定評のある「ダットサントラック」のミニサイズ版という位置付けである。
パワートレーンは、初代サニーと同じ最高出力56ps/最大トルク7.7kgmを発揮する1.0L 直4 OHVと3速MTの組み合わせで、駆動方式はFRだった。
車両価格は36.5万円に設定。当時の大卒初任給は3.2万円程度(現在は約23万円)だったので、単純計算では現在の価値で約262万円に相当する。
サニトラは、軽トラよりひと回り大きく荷台が広い、それでいて静かで乗り心地が良い、乗用車ライクなジャスサイズの小型トラックとして、高い人気を獲得した。

サニーのモデルチェンジとともにサニトラも2代目に


サニーが2代目(B110型)へとフルモデルチェンジした翌1971年1月、サニトラも2代目(B120型)へとモデルチェンジした。初代と同じくサニーの後部を荷台としたピックアップトラックで、エンジンもベース車に合わせて1.2Lにパワーアップされた。

2代目に進化したサニトラは、フロントグリルをベースと共通のステンレス製3ピース構造に変更、メッキパーツ箇所を増やして豪華にし、ボディ各部の強度や剛性も従来以上に向上させた。またインテリアは、室内と荷室空間が拡大された。

パワートレーンは、2代目サニーと同じ最高出力68ps/最大トルク9.7kgmを発揮する1.2L 直4 OHVと3速/4速MTの組み合わせで、駆動方式は同じくFRだった。

車両価格は、38.9万~43.5万円に設定。当時の大卒初任給は4.5万円程度(現在は約23万円)だったので、単純計算では現在の価値で約199万~222万円に相当する。
2代目サニトラもライバルが不在の独壇場となり、順調に販売台数を伸ばした。
マイナーチェンジで2代目サニトラの商品力をアップ
1978年4月のこの日、サニトラは内外装の変更による商品力強化のためにMCを行なった。

エクステリアは、金属製フロングリルから樹脂一体成形のラジエターグリルに変更、フロントバンパーにコーナーラバーを追加、フェンダーミラーにタルボ型を採用、リアコンビランブリムを黒色塗装に変更。インテリアについては、ステアリングホイールデザインを一新、丸型メーターの採用、また室内をブラウン系の色調に統一して質感の向上が実現された。
装備については、2点式から3点式シートベルトを標準化、間欠ワイパーやパッシングライト、ステアリングロックの採用、助手席サンバイザーを装備、荷台のロープフックを大型化して作業効率の向上を図った。
車両価格は、58.4万円(標準)/61.7万円(ロング)。当時の大卒初任給は、9.5万円程度(現在は約23万円)だったので、単純計算では現在の価値で約141万~149万円に相当する。

その後、サニトラは一度もフルモデルチェンジすることなく、MCで法規対応と商品力強化を続け高い人気を維持した。そして、1994年3月に国内向けの販売を終了、その後は南アフリカで現地生産されて海外向けは2008年まで販売が続けられた。
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2代目サニトラは、1971年から2008年まで37年間という驚異的なロングセラーモデルである。タフネスや搭載性、扱いやすさといった小型トラックとしてポテンシャルはもとより、走りも楽しめ、また若者からカスタムベース車としても好まれたといった魅力が、長く人気モデルとして生き残った理由なのだ。
今日がなにかの記念日になるかもしれない。
