スカイラインの魂を探るプロジェクト

日産が実施した、4月14日の「長期ビジョン」発表会で、スクリーンにチラリと映った新型スカイライン。日産の公式YouTube『新時代の「スカイライン」始動』のほうがもう少し情報量が多いが、その話は後述するとして・・。

日産のグローバルデザインを統括するアルフォンソ・アルバイサ氏が大型連休の少し前、新型スカイラインにまつわるエピソードをLinkedInに投稿した。原文は英語だが、AI翻訳の力も借りて、その内容をご紹介したい。LinkedInはリクルートやネットワーキングに利用されるビジネス特化型SNSだから、基本的には同業のデザイナーに向けた投稿と思われる。

公式YouTubeより。新型と併走するのは、どう見てもハコスカだ。

冒頭で「また長い話だけど、お許しいただき、お付き合いを」と前置きしたのは、新型ジュークについての投稿に続いての連投だったから。続けて、ある日の出来事をこう振り返っている。

「インフィニティのデザインダイレクターで先行デザイン部門のGM(ゼネラルマネジャー)でもある中村泰介が、エンジニアリング部門が主導する”under the radar”のプロジェクトについて話したいとやってきた」

“under the radar”を直訳すれば、「レーダーに映らないほど低空で」。転じて、「秘密裏の」とか「表立っていない」を意味する。ここでは日産社内でも一部の人しか知らないプロジェクトということになるが、それがスカイラインだった。

「スカイラインは1957年から13世代にわたって途切れることなく開発・生産され続けてきたのだから、普通の状況下で、あるいは私たちの日常において、新しいスカイラインを誕生させるというのはけっして驚くべきことではない」とアルフォンソ。しかし今回は普通のモデルチェンジではなかったようだ。

「違うよ、アルフォンソ。エンジニアリング部門が求めているのは、スカイラインの魂であり、日本がスカイラインに抱く愛なのです!」と、中村氏の言葉を引用し、アルフォンソは「これは気の遠くなるような、謙虚に気持ちにさせられる重たい課題だった」と振り返る。

スカイラインの70年近い歩みは、必ずしも一直線ではなかった。過去13世代がそれぞれ変化する時代を読みながら、スポーティセダンとして進化してきた歴史がある。そのなかから「魂」を、どう抽出するのか?

グローバルデザイン担当執行職のアルフォンソ・アルバイサ氏。キューバ系アメリカ人で、1988年にカリフォルニアの日産デザインアメリカ(NDA)に入社。2005年から厚木のグローバルデザイン本部で3代目キューブのチーフデザイナーを務めた後、日産デザインヨーロッパ(NDE)やNDAの責任者、デザイン戦略ダイレクター、インフィニティのデザインダイレクターを歴任。2016年に常務、17年に専務。25年3月から現職。

着地点は往年の名車「ハコスカ」か?

中村氏の報告を受けて、アルフォンソは新型スカイラインの方向性を議論する会議に出席するようになったのだろう。

「セッションを通じて、SKYLINEの意味や、どの世代が代表的だったかについて、皆が見せた情熱は本当に凄かった。どんな議論が交わされたか、想像に難くないと思う。私たちはC10、ハコスカに着地したのだ!」

公式YouTube上の車名ロゴ。C10系の2000GT/GT-Rで使われたエンブレムに酷似した書体だ。

4月14日以降、ネット界隈で囁かれていたように、新型スカイラインのデザイン・モチーフは68年に発売された3代目=C10系/通称ハコスカで正解。ただし、アルフォンソの投稿は「丸型リヤランプが象徴的な80年代が僅差の2位に来た」と続く。80年代と言えば、6代目=R30や7代目=R31の時代だ。丸型リヤランプは72年の4代目=C110/通称ケンメリから採用されていたが、それがスカイラインのアイデンティティとして定着したのは80年代になってから、という解釈なのかもしれない。

ハコスカのGT-R(PGC10型)は1969年にセダンで登場。翌70年にC10系にハードトップが追加され、GT-RはハードトップのKPGC10型だけの設定になった。セダンよりホイールベースが70mm短いので旋回性能が高まり、レースでの戦闘能力も上がったという。写真は72年型。

いずれにせよ大事なのはC10だ。「ハコスカには多くの意味が層をなしている」と、アルフォンソはその重要性を説く。「まず、プリンスと日産の合併後の初のオールニューモデルだった! 真に変革をもたらしたプレミアムスポーツセダンであり、サーキットのチャンピオンであり、輸出もされた。そして何より最初のGT-Rのベースなったクルマだ」

ちなみに日産がプリンスを吸収合併したのは1965年のこと。ハコスカの発売は68年だった。プラットフォームの多くを初代ローレルと共用し、1.5リッターはプリンス製G15型エンジン、ロングホイールベースの2ℓ(GC10)は日産製L20型を搭載(GT-RのS20型はプリンス製)。どちらもプリンスの村山工場(2001年閉鎖)で生産された。

デビューウィンした「ハコスカGT-R」の衝撃

「アルフォンソ、ヘッドランプ・シグネチャーがなぜ垂直なの? そんな質問が来るかもしれませんね」とアルフォンソは問いかけ、投稿を次のように締め括っている。

「C10世代のレーシング・スカイラインは、レース中のダメージでヘッドランプのレンズが飛散しないように、レンズに塗装やテープを施していたのだ。私たちはその大胆な縦のラインが入ったクルマの古い写真に魅了された。そう、だから・・、C10=誠実。誠実さはパワフルなのです」

1969年JAFグランプリのTSレースでデビューウィンを飾ったハコスカGT-Rの39号車。ヘッドランプカバーに白い縦線が入っている。

ハコスカのGT-R=PGC10型は1969年JAFグランプリの前座、TSレースでデビューして篠原孝道選手の39号車が優勝。アルフォンソはその39号車の写真を投稿に添付しているが、ヘッドランプ部分は塗装でも飛散防止テープでもなく、樹脂カバーで覆われている。TS=特殊ツーリングカーは当時の国際規則のグループ2に相当し、グループ1より改造範囲が広かったので、ヘッドランプの装着義務はなかった。それはともかく・・。

新型のシャープなフロントマスク。両端の垂直2本線のシグネチャーはDRLだろうか? 画像は公式YouTubeより。

39号車のヘッドランプカバーには垂直に白いラインが入っている。これが新型スカイラインのヘッドランプ・シグネチャーのモチーフになったようだ。垂直2本の、おそらくはDRL。ちなみに1969年JAFグランプリに出走した8台のGT-Rのなかには、白い2本線の例もあった。

後編ではいよいよ、新型スカイラインのデザインに迫る。