イギリス料理が「美味しくない」と言われるワケ

2023年、筆者は約半年の間、イギリスのロンドンに滞在していた。もう少し正確に言えば、MotoGPの取材のために、3月下旬から9月中旬にかけてロンドンを拠点としていた。MotoGPの週末のたびに開催国に移動するので、半年間ロンドンで過ごしていたわけではない。けれど、もちろんどの国よりも、ロンドンで過ごした時間は長かった。

それなりにロンドンで過ごして、わかったことがある。イギリスの食事は美味しくない、という話をよく聞くが、これは否定できないなあ……、ということである。

もう少し正確に言えば、美味しい、美味しくないというよりも、基本的に料理に下味がついていないようだ。ブラウンソースのようなソースやケチャップ、マヨネーズ、塩胡椒を、食べるときにかけて味付けをするのである。

筆者は料理についてまったく詳しいわけではないが、日本人として育ったので、やはり出汁文化が舌になじむ。いくらソースやらケチャップやらをかけても、「なあんか物足りないんだよなあ……」という気持ちがぬぐえない。

これはパブで食べたフィニッシュ&チップスでも、スーパーマーケットで売られている冷凍のパスタやラザニアでも同じだった。下味のない(あるいは薄い)料理を食べると、なぜだか満腹にならなくて、胃の中には今まさに食べたばかりの食べ物が詰め込まれているというのに、空腹感があるという不思議な感覚を覚えたこともある。これはどちらかといえば、食事の「満足感」が足りなかったのかもしれない。

念のため付け加えると、筆者は味にうるさいタイプではない。まったくない。むしろ、どんな料理でもありがたくいただく。日本で食べたもので「不味い」と思ったことは一度もない。それでも、イギリスの料理や食べ物には違和感のようなものを抱かずにはいられなかった。これは、一種のカルチャーショックかもしれない。

フィニッシュ&チップス。かなりのボリューム。これもフィッシュフライ自体にはほぼ味がなくて、ケチャップなどをつけて食べた©Eri Ito
シルバーストン・サーキットで食べたハンバーガー©Eri Ito

見た目を裏切る、エースカフェのハンバーガー

「ロンドンで美味しいイギリス料理が食べられるレストランはありますか?」とホームステイしていた家の日本人ホストに聞いたこともある。彼女は「う~ん」と困った顔をした。曰く、「外食するなら中華街に行って、中華料理を食べちゃう」ということだった。この回答で、十分に察せられる。

彼女の家の冷蔵庫にも、ブラウンソースが常備されていた。ブラウンソースはイギリスの一般家庭でとてもなじみのあるソースだ。彼女はブラウンソースを見ながら、「彼も、日本の出汁のきいた料理を食べたら、その違いはわかるみたいなんだけど」とため息をつきながら言った。彼女のパートナーはイギリス人なのである。

そんな経験を重ねるうちに、筆者はロンドンで外食することを積極的に考えられなくなってしまった。そもそもロンドンは物価が高いうえに、なにしろ円安だ。2023年当時でも、1ポンド170~180円ほどだったと思う。レストランで食事でもすれば、あっという間に3000円から5000円が飛んでしまう。満足感が得られない「かもしれない」のに、だ。

ロンドンのラーメン屋さんで食べた白湯ラーメン。これはすごく美味しくて、何度か行った©Eri Ito

ロンドンのエースカフェは、そんな筆者がロンドンで行ったカフェの一つである。もちろん、この場合、目的は食事ではなくてカフェレーサーの聖地と言われる「エースカフェ・ロンドン」そのものだ。あいにくの雨だったけれど、バスを乗り継いで向かった。

エースカフェでは、ちょっとショックなハンバーガーを食べた。正直なところ、あのときの衝撃は、今でも忘れられない。エースカフェ・ロンドンそのものよりも、ずっと色濃くの記憶に残っている。

行ったのは7月だったが、あいにくの天気で寒かった©Eri Ito

頼んだのは、チーズハンバーガーのセットだった。少しのあとに出てきた料理は、それはそれは食欲をそそる見た目をしていた。どっしりとしたポテトがこんもりと盛られ、フレッシュなトマトにレタス、オニオン、ピクルスが添えられていた。そして、ハンバーガー。肉々しいハンバーガーは、いかにも食べ応えがありそうだった。

これはと期待して、ハンバーガーにかぶりつく。その瞬間、筆者は膝から崩れ落ちた──もちろん、心の中で。

味が……ない。

悲しいかな、いつものイギリス料理の味だった。いや、味のないイギリス料理だった、というべきか。そう、ある意味では正しい。とにかく無味のハンバーガーで、こんなに美味しそうな見た目なのにと、あまりのショックにちょっとだけ泣きそうになった。空腹というのは、人を感情的にするものだ。

隣のテーブルには男女が一人ずつハンバーガーを食べていた。装備から察するに、きっとバイク乗りだろう。二人は黙々とハンバーガーを胃に収めていた。ハンバーガーの味がどうだと議論している様子は、まったくない。テーブルの端には、ブラウンソースのボトルがごく自然に置かれていた。

そして、今度こそ本当に理解した。本当に、イギリスはこういう料理なんだな、と。ショックのままによくわからない苦笑いをしながら、心の中で首を垂れた。

「ああ、こんなに美味しそうな見た目なのになあ……」

あれから何度かイギリスに滞在している。ロンドン、ブラックプール、ノーサンプトン、バーミンガム、スウィンドン。けれど、いまだに美味しいイギリス料理に巡り合えていない。

またイギリスに行くことがあれば、いつか、筆者の固定観念をひっくり返す美味しいイギリス料理に出会いたい。ぜひとも。

エースカフェ店内のカウンター©Eri Ito
店内にはバイクも展示されていた。イベントがある日はにぎわうのだろうか。ぜひともイベントの日にまた行ってみたい©Eri Ito