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今日は何の日?■ホンダがいすゞOEMモデルのジャズを発売

1993年(平成5)年10月16日、ホンダはいすゞから「ミュー」のOEM供給を受け、「ジャズ」として発売した。ジャズは、基本的にはミューからの大きな変更はなく、個性的なスタイリングに太いトルクを生み出す3.1Lディーゼルターボエンジンを搭載した4WDオフローダーである。
ラインナップ補完のためにOEMを進めたホンダ
ホンダは、1979年に英国のBL(ブリティッシュ・レイランド)社と技術提携を締結し、欧州における4輪車生産の第一歩を踏み出した。2年後の1981年には、初代「バラード」を欧州で「トライアンフアクレイム」としてライセンス生産を開始し人気を獲得。1985年には、高級車「レジェンド」を共同開発で誕生させるなど、その後も多くの共同開発車を日欧に投入した。なお、BL社は1986年にローバー社へと改称した。

その一方で、日本では1991年にバブルが崩壊、日本市場はスポーティなクーペや高級セダンからRVブームへと移行、特に三菱「パジェロ」やトヨタ「ハイラックス・サーフ」など4WDオフローダーが大ヒットしていた。
当時本格的な4WDオフローダーを持たなかったホンダは、RVブームに上手く乗れず、販売シェアが急降下。ホンダは、当面の急場を乗り切るため、他社からのOEM供給を受けてラインナップの穴を埋めることにした。OEM相手先は、当時提携関係にあったローバー社といすゞだった。

まず、「ランドローバーディスカバリー」のOEM供給を受け、「クロスロード」を名乗って1993年11月に発売。1993年10月には、いすゞとの間で商品の相互補完に関する契約を締結して、同月にいすゞのコンパクトオフローダー「ミュー」を「ジャズ」として発売したのだ。
いすゞ・ミューのOEMモデルをジャズとして市場投入

いすゞは、1980年後半にRVブームを背景に新たな4WDオフローダーの開発を進め、1989年4月にデビューしたのが、“ミステリアス・ユーティリティ”のイニシャルをとった「ミュー」だった。
スタイリングは、ピックアップ「ロデオ」のフロント部を流用した上で、ロールバーのようなBピラー以降をカットしたコンパクトな2シーターのフォルムを形成。リアにはFRP製の“ハードカバー”と、折り畳み式帆の“ソフトトップ”が設定された。

ロデオにも使用されていたラダーフレームを採用し、サスペンションは前がダブルウィッシュボーン式、後が半楕円リーフスプリング式を搭載。パワートレーンは、最高出力120ps/最大トルク20.7kgmを発揮する2.6L 直4 SOHCと5速MT(後に4速ATを追加)の組み合わせ、駆動方式はパートタイム4WDだった。
1990年7月には、ボディ後部にスチール製のハードトップを被せた4人乗りのハードトップ仕様を追加。同時に、110ps/23.0kgmの2.8L 直4 SOHCディーゼルターボ車が設定された。
そして1993年9月のマイナーチェンジで、120ps/ク27.5kgmの3.1L 直4 SOHCディーゼルターボに換装。ブレーキは4輪ベンチレーテッドディスクとなり、タイヤも16インチにサイズアップされた。この仕様が、ホンダにOEM供給されたのだ。
ミューをホンダブランドでジャズとして市場に投入

ホンダは、1993年にマイナーチェンジしたいすゞ「ミュー」のOEM供給を受けて、1993年10月のこの日に「ジャズ」としてデビューさせた。ジャズは、エンブレムやボディカラー、装備品などの一部を除いて、基本的にはミューと同じだった。
パワートレーンは、ミューと同じ最高出力120ps/最大トルク27.5kgmを発揮する3.1L 直4 SOHCディーゼルターボと、5速MTおよび4速ATの組み合わせ。駆動方式も、同じくパートタイム4WDである。

外観上でミューと異なる部分は、アルミホイール、フロントグリル、その中央に装着されたエンブレム程度。室内は、ドア内表のデザインやボディカラーの変更でホンダらしさをアピールした。
車両価格は258.5万円(5速MT)/273.5万円(4速AT)。当時の大卒初任給は18.5万円程度(現在は約23万円)程度だったので、単純計算では現在の価値で約321万円/340万円に相当する。

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ホンダがとった1990年前半のOEM戦略は急場しのぎだったが、その間にRVに代わる独自の“クリエイティブリムーバー(生活創造車)”シリーズを開発し、「オデッセイ(1994年10月~)」、「CR-V(1995年10月~)」、「ステップワゴン(1996年5月~)」と立て続けに大ヒットを飛ばした。OEM供給を受けて、他車の様々なノウハウを吸収できたことも、新型モデルの成果に繋がったと思われる。
毎日が何かの記念日。今日がなにかの記念日になるかもしれない。

