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今日は何の日?

■御料車用リムジンの日産・プリンスロイヤル発表

1966年10月22日に発表された「日産・プリンスロイヤル」

1966年(昭和41)年10月22日、日産自動車は国産初の貴賓用リムジン「日産・プリンスロイヤル」の特別試作車を発表した。本モデルは、天皇と皇后がご乗車される御料車として5台、国賓級の送迎車として2台が1967年2月から宮内庁に納車された。

天皇・皇后両陛下が乗られる御料車

御料車の御料とは、高貴な人という意味があり、御料車は基本的には“天皇・皇后両陛下がご愛用になる車両”を指す。皇室専用の皇ナンバーのものと品川ナンバーのものがあり、公的なお出ましには皇ナンバー、その他の場合は品川ナンバーをお使いになる。

デイムラー・ランドレー57.2HP
ダイムラーベンツ グロッサー770
キャデラック75リムジン
ロールス・ロイス・ファントムV

明治時代までは御料車には馬車が使われていたが、1912(大正元)年大正天皇のご即位の際に、英国ダイムラー社の「ランドレー」が自動車として初めて採用された。1921年に、ロールス・ロイス社の「シルバーゴースト」に変更され、1932年に3代目となる「メルセデス・ベンツ770グローサー」、1951年からは4代目「キャデラック75リムジン」が使用された。

その後、日本の自動車技術が急速に進み、純国産車がデビューし始めた1960年代に宮内庁から御料車を国産車にしたい旨の要望が出された。

皇室とゆかりが深かったプリンス自動車が御料車製造に選出

御料車の国産化に名乗りを上げて選出されたのが、すでに「スカイライン」や「グロリア」などを生産し、高い技術力と生産能力を誇っていたプリンス自動車だった。

プリンス スカイライン デラックス:名車スカイラインの初代モデルは、100 円硬貨が生まれた1957年4 月に登場。このモデルは、それまでの「プリンスセダン」の後継車として開発され、現代のプレミアムカーのジャンルに属す。サイドのクロームメッキモールや小ぶりなテールフィンなど米国車風で華やかなスタイリングのボディに搭載されるGA30 型エンジンは、1484cc直4 OHVで最高出力は60ps。最高速度は当時の国産乗用車で最速の125km/h に達した

プリンス自動車が選ばれた理由は、その技術力もさることながら古くから皇室と接点があったためだ。当時の皇太子(現在の上皇陛下)は、大のクルマ好きで自らクルマを運転するのが趣味であり、1954年に献上された「プリンスセダン」以降も、「スカイライン」や「グロリア」などプリンスのクルマを愛用され、すでに公用車としての納入実績があったのだ。また、会社が都内にあったため、メンテナンスの面でもプリンス自動車は好都合だった。

プリンスの前身である「たま自動車株式会社」が、初めて富士精密工業製のエンジンを搭載して発売したのが「プリンス セダン」で、1952年3 月に発表された。車名の「プリンス」は、明仁親王殿下(*上皇陛下)の「立太子の礼」にちなんで命名されたもので、その後も社名やブランド名として引き継がれた。45psを発生する1.5L OHVエンジンの型式「FG4A」は、F が富士精密工業、G がガソリンエンジン、4 が4 気筒、A が最初の開発を表す。 トランスミッションも先進的な4 速で、2 速以上に国産車では初となるシンクロメッシュ機構付き。その2 年後の1954年、東京・日比谷公園で開かれた「第1 回全日本自動車ショウ」(後の東京モーターショー/現在のジャパンモビリティショー)にプリンスセダンの2 型(AISH-2 型)が出展され、ショー会場で当時の皇太子殿下の目にとまったことで、ご購入の運びとなった。画像のクルマは、当時の殿下がご愛用になった極めて貴重な車両だ

そもそもプリンス自動車という名前は1952年に皇太子の立太子礼を記念して付けられたもので、皇室と縁が深いメーカーだった。プリンス自動車は早速、専属チームを立ち上げて宮内庁の要望を受けながら開発に取り組んだ。

1966年4月30日の合併調印式。日産自動車勝又克二社長(左)とプリンス自動車小川秀彦社長

1965年に完成して御料車「プリンスロイヤル」の車名で発表。ところが、翌1966年8月にプリンス自動車は日産に吸収合併されたため、同年10月のこの日正式発表されたときには、車名は「日産・プリンスロイヤル」となった。

日産グループの技術の粋を結集した日産・プリンスロイヤル

御料車として宮内庁に納車された「日産・プリンスロイヤル」

国内最高峰の御料車は、3ボックス型の側面ウインドウが3分割された6ライトで、縦目4灯ヘッドライトを装備。そのボディサイズは、全長6155mm/全幅2100mm/全高1770mm、ホイールベース3880mmの巨大ボディのリムジンで車重は3200kgに達し、防弾仕様はさらに重くなっていた。

ちなみ大型乗用車グロリアのサイズは、全長4380mm/全幅1675mm/全高1535mm、ホイールベース2535mm、車重1360kgなので、日産・プリンスロイヤルがいかに大きいかがよく分かる。インテリアは、運転席と後部客席の間にガラス製のパーテンションを備え、侍従用の補助2席もある8人乗り。室内はほぼ手作りで、可能な限りの最高級の品質を追い求め、全席は革張り、貴賓席には最高級の毛織物が使用された。

プリンスロイヤルに搭載された6373cc V8 OHVのW64型エンジン

パワートレーンは、専用開発された最高出力260ps/最大トルク45.0kgmを発揮する6.4L V8 OHVエンジンと、GM製3速ATの組み合わせ。駆動方式はエンジン縦置きのFRで、サスペンションは前がダブルウィッシュボーン、後が半楕円リーフで吊った固定軸、ステアリングはパワーアシスト付きのリサーキュレーティング式だった。

1966年10月22日に発表された「日産・プリンスロイヤル」のコクピット
1966年10月22日に発表された「日産・プリンスロイヤル」のリヤシート

御料車として5台、国賓級の送迎車として2台の計7台が製造されたが、もちろん市販化はされていない。日産・プリンスロイヤルは、1967年に納入以降、約40年間昭和および平成の天皇・皇后陛下の公務で使われた。

しかし、長期の使用による老朽化や部品交換が難しくなったことから、2000年を迎える頃には最新化が必要となった。当然、後継車も日産が担当すると思われたが、当時の日産はルノーと提携して経営再建中、さらに御料車に使用できるベースのシャシーが存在しなかったことから、日産は納入を辞退して、日産・プリンスロイヤルは御料車としての長い役目を終えたのだ。

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トヨタ・センチュリーロイヤル
トヨタ・センチュリーロイヤル
トヨタ・センチュリーロイヤル

御料車の後継車として選ばれたのが、トヨタ「センチュリー」だった。センチュリーは、トヨタの最高級セダンとして1967年11月に誕生し、1997年4月に2代目、2018年6月に現行の3代目が登場。「センチュリーロイヤル」は2代目センチュリーをベースに、ロングホイールベース化や専用架装を行なって、2006年7月に宮内庁に納車された。
毎日が何かの記念日。今日がなにかの記念日になるかもしれない。

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