【試乗記】ドゥカティから30年ぶりのシングルエンジン|ハイパーモタード698モノは走り以外の要素を削ぎ落としたピュアマシンである。

ドゥカティのハイパーモタードシリーズに、659ccの単気筒エンジンを搭載した「698モノ」が仲間入りした。同社の現行ラインナップにおける最小排気量モデルであり、シングルエンジンの誕生はおよそ30年ぶりとなる。モンスターのベーシックモデルよりも高価なこの新型車を、茂原ツインサーキットで試乗した。

REPORT●大屋雄一(OYA Yuichi)
PHOTO●山田俊輔(YAMADA Shunsuke)

ドゥカティ ハイパーモタード698モノ……170万円

ハイパーモタードを名乗るが、水冷Lツインの937ccテスタストレッタ11°を搭載する950/RVE/SPとは全くの別物だ。659ccという排気量からエントリーモデルとして位置付けられているが、モンスターの151万4000円や、スクランブラー・アイコンの129万9000円を上回る価格設定となっている。
バリエーションは写真の698モノ(ドゥカティ・レッド)と698モノRVEの2種類。外装は着色プラスチックだ。RVEは12万円高の182万円で、ウォーターベースデカールによる個性的なグラフィックを採用。さらにクイックシフターが標準装備となる。
1299パニガーレに搭載されている1,285ccスーパークアドロをベースに、フロントシリンダーを省略し、カウンターバランサーを2本追加したのがこの新型単気筒エンジン「スーパークアドロ・モノ」だ。ボア径は116mm、ストローク量は62.4mmで、ボアスト比は0.538という超ショートストローク設定となっている。吸気バルブはチタン製、排気側はスチール製で、もちろん伝統のデスモドロミック・システムを採用。エンジンオイル交換は1万5000km毎、バルブクリアランス点検は3万km毎でOKという、ローメンテ性もセールスポイントの一つだ。
厚さおよび断面が異なるスチールパイプを使用したトレリスフレーム。一般的なスーパーモト競技車両はオフロード車をベースに開発されるため、クレードルフレームを採用することが多いが、これはあくまでもオンロードモデルであり、エンジンをストレスメンバーとしたダイヤモンドフレームとなっている。

弾けるようにパワフルだが、限りなく従順な新開発シングル

舗装路とグラベルを組み合わせた周回コースで争われるスーパーモト。国内では全日本選手権が開催されてはいるが、ほとんどのライダーは見たことすらないだろう。一方、海外では非常に人気があるようで、さまざまなモデルが市販されている。

この夏、イタリアのドゥカティが日本でも販売するハイパーモタード698モノは、そんなスーパーモトの競技車両のような長脚系のフォルムが特徴的だが、オフロード車から派生したものではなく、純オンロードモデルとして開発されている。よって、サスストロークは長めに確保されてはいるものの、ダート走行やジャンプなどは想定していないという。直接のライバルは、排気量も近しいKTMの690SMC Rあたりだろうか。価格差が3万1000円しかないことからも、おそらく海外の二輪専門媒体では、両モデルを含む対決試乗記が誌面をにぎわせているに違いない。

まずはエンジンから。ドゥカティからおよそ30年ぶりに登場した659ccの水冷単気筒は、ボア×ストロークがφ116mm×62.4mmで、このボアスト比(0.538)はMotoGPマシンよりもショートストローク設定なのだ。最高出力は77.5psで、近しい排気量のヤマハ・MT-07(688cc、水冷並列2気筒)が73psを発生することから、このクラスとしては特別にパワフルというわけではない。

エンジンを始動すると、高圧縮比(13.1:1)らしい歯切れの良い乾いた排気音がサイレンサーから吐き出され、優しさあふれるMT-07とは明らかに様子が違うことが分かる。ライディングモードはスポーツ/ロード/アーバン/レインの4種類で、それぞれのパワーモードのデフォルトはスポーツ=ハイ、ロード/アーバン=ミディアム、レイン=ローとなっている。最も力強いスポーツモードでブリッピングすると、高回転域まで弾けるように吹け上がり、力強さがダイレクトに伝わってくる。果たしてこんなに過激そうなマシンに乗れるのか……。そう思いつつスタートする。

車体が非常に軽いこと、前後サスの設定が柔らかめなこと、そしておそらくローギアードであることから、2,000rpm付近からでもスロットルを開ければ強烈な“加速感”がライダーを襲う。パワーウェイトレシオとしては1.94kg/psなので、今や1.0kg/psを下回る1,000ccのスーパースポーツ勢と比べれば比べるべくもない。だが、上半身が完全に直立したライディングポジションで、しかも瞬時にフロントの接地感が薄れると、ライダーはそこに恐怖を覚えるのだ。

コースを覚えるため、しばらくマシンを走らせていると、意外にもフレンドリーであることに気付く。スポーツモードでのレスポンスはダイナミックと表現できるものだが、開けた分以上に加速することはなく、それは閉じたときの減速方向にも当てはまる。つまり、ライダーの右手の動きにあくまでも忠実であり、パワフルだけれどヤンチャな雰囲気は一切なし。加えて、2本のバランサーがいい仕事をしているのか、全域にわたって微振動が抑えられており、高回転域を常用することに躊躇しなくていいのだ。

加速時にフロントタイヤが浮きそうになると、それをウィリーコントロールが制御してくれるので、介入度を最大の「4」にしておけば、前輪はほとんど地面から離れることはない。また、旋回中にスロットルを大きく開けすぎてしまっても、ボッシュ製6軸IMUが瞬時にその情報をECUに送ってくれ、トラクションが適切にコントロールされる。どちらの場合も、エンジンの出力を抑える方向で制御されるのに、失速感は微塵もない。より安全に、それでいて気持ち良さをスポイルしないという、完成度の高いエレクトロニクスもこのエンジンの長所と言えるだろう。

先進の電子制御と動きのいい前後サスがライダーをフォロー

このハイパーモタード698モノ、とにかく軽さが際立っている。ガソリンなしでの公称車重は151kg。燃料タンク容量が12ℓなので、満タンなら単純計算でおよそ160kgに。MT-07より24kgも軽く、サイドスタンドから起こした瞬間に「軽っ!」と、思わず声に出してしまった。

走り出すと、この圧倒的な軽さに加えてマスが集中している様子がひしひしと伝わってくる。加減速で発生する車体のピッチングは確かに大きいものの、その中心に近い位置にライダーが座っているので、挙動の全てが手の内にあるような印象なのだ。

ハンドリングは、漫然と流しているとロール方向には軽快だが、セルフステアの成分が少なく、慌てて車体を深く寝かせてもあまり曲がってくれない。一方、フロントブレーキで積極的にフォークを縮めてコーナーに進入すると、鋭く向きを変えてくれる。この車体のピッチングを生かして旋回力を引き出すというハンドリングは、まさにスーパーモトのそれであり、サーキットのようなクローズドコースでこそ真価を発揮する。

前後サスの動きがいいので、コーナーのゼブラゾーンを通過しても車体の暴れは最小限。また、進入スピードが高すぎてリヤタイヤが流れそうになっても、サスがスッと伸びてそれをフォローしてくれる。フレームはしなやかであり、前後サスの調和をうまく図っている印象だ。車体の限界ははるか先にあり、腕に覚えのあるライダーならそのポテンシャルの高さに舌を巻くはずだ。

さて、このハイパーモタード698モノにおけるもう一つの目玉は、スライド・バイ・ブレーキ機能付きコーナリングABSだろう。コーナーの進入時にリヤブレーキを強くかけると、車体のヨー角を抑えてくれるというものだ。一応、介入レベル4段階のうち、2と3を試してみたが、それが作動するレベルまで進入スピードを上げられず、体感できずじまいだった。とはいえ、パワースライドにチャレンジしてみたい人にとっては、この機能は非常にありがたいだろう。

サーキットでこそ真価を発揮するという点においては、スーパースポーツに近い存在であり、積載力の乏しさからこれで積極的にツーリングに行こうと思う人は少ないだろう。パラメーターをスポーツライディングに全振りしたようなピュアな走りは、それだけで存在価値があり、スーパークアドロ・モノを搭載した第1作目として長く語り継がれるだろう。

ライディングポジション&足着き性(175cm/68kg)

前後に長いシートにより着座位置の自由度が高く、ハンドルはフロントに荷重しやすいように低い位置にある。座面とステップとの距離が離れており、まるで立ち乗りしているかのようなライポジだ。
用意された試乗車は本国仕様で、シート高は904mmと非常に高い。乗車1Gで前後サスが沈むとはいえ、ご覧のとおり足着き性は厳しい。なお、日本仕様はここから40mmダウンの864mmとなるが、これがサスの仕様変更によるものなのか、それともシート形状のみで行うのかは未確認とのこと。

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著者プロフィール

大屋雄一 近影

大屋雄一

短大卒業と同時に二輪雑誌業界へ飛び込んで早30年以上。1996年にフリーランス宣言をしたモーターサイクル…