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原点は70年前に生まれたレーシングカー
メルセデス・ベンツ SLといえば、高級オープンカーの代表選手として長きにわたって愛され続けてきたアイコンだ。エレガントで快適で、いかにも海岸沿いをゆったり流すのがお似合いなSLだが、意外にもその原点は硬派なレーシングカーに繋がっている。
1952年3月12日、メルセデス・ベンツはレーシングカー「300 SL(W194)」を発表した。このマシンは、シーズン中に参戦した5戦中、じつに4戦で優勝を獲得するという快挙を成し遂げた。初陣として出場した5月のミッレミリアでは2位と4位に甘んじたものの、同5月にスイス・ベルンのスポーツカーレースで1・2・3フィニッシュを記録。8月のニュルブルクリンクのスポーツカーGPでは1〜4位を独占して圧倒的な強さを披露している。6月のル・マン24時間レース、及び11月のカレラ・パナメリカーナというビッグレースでも1・2位を獲得している。
W194の快挙に続けとばかりに、1953年シーズンに向けてコードネームW194/11を与えられたプロトタイプが製作された。しかし、F1参戦に向けてリソースを注力するという理由から、同車が実戦に投入されることはついぞなかった。とはいえ、そこで蓄積された技術的知見はW196R、そしてW196Sの開発に活かされている。
初代SLの愛称は“ガルウイング”
煌びやかな戦績をあげたレーシングカーの市販化を望む声は瞬く間に高まり、メルセデス・ベンツは1954年に伝説のスポーツカー、300 SL クーペ(W198)を発表。“ガルウイング”の愛称で知られる同車は、たった1400台しか生産されなかったにも関わらず、永遠の名車として時を越えて高く評価されている。ちなみに現在、クラシックカー市場での価格は100万ユーロ(約1億円)を軽く超えるのが常である。
ガルウイングと同じタイミングで、メルセデス・ベンツは廉価版の190 SL(R121)も投入している。スーパースポーツたる300 SLに対し、190 SLは軽快でエレガントなオープントップスポーツカーとして開発された。その美しいスタイルに加えて、一般ユーザーでも扱いやすく、長距離旅行も快適に過ごすことができる商品力も評価されて、190 SLはヒット作となった。
エレガントなパゴダルーフが誕生
1957年には“ガルウイング”に代わり300 SL ロードスター(W198)が登場。“ガルウイング”は、米国でメルセデス・ベンツのインポーターを営んでいたマキシミリアン・E・ホフマンの説得により生まれたと言われているが、ロードスターへの変更にも彼の“声”が大きく影響したようである。メカニズム的には大部分をクーペと共有しているが、鋼管スペースフレームのサイド部の高さを削って乗降性を改善。一般的なフロントヒンジ式ドアを採用することが可能になった。
300 SL ロードスターと190 SLの後継として、1963年にデビューしたのが230 SL(W113)だ。非常にエレガントなスタイリングをまとって現れたW113だが、とりわけその個性を特徴づけたのはオプションのハードトップの形状である。上下方向いっぱいに広がるリヤウインドウを備えた脱着式のルーフで、細いピラーと凹型にくぼんだ天井部はどことなくアジアの寺院の屋根を思わせた。そこからPagoda=パゴダの愛称が生まれ、以降、W113を表すニックネームとして広く知られるようになった。
18年間連続生産された超ロングセラーモデルも
1971年春にデビューしたR107シリーズには、SL史上初となる8気筒エンジンを搭載した350 SLと450 SLが設定された。これはメインマーケットである北米市場でのニーズを見据えたものであった。なお、1974年には6気筒モデルの280 SLも追加されている。当時のオープントップ2シーターモデルとしては遥かに競合を凌駕する衝突安全性能を誇っていたのも、いかにもメルセデスらしい特性だった。また、18年間にわたって生産されるという、記録的なロングセラー商品となった。
長寿モデルとなったR107のバトンを受け取ったのが、1989年のジュネーヴショーでお披露目されたR129シリーズ。ハードトップ装着時であってもわずか0.3秒で展開するという自動ポップアップ式ロールバーは、当時の自動車業界にひとつの革新をもたらした。商業的にも大ヒットを記録し、生産が追いつかないほどの人気となって数年の納車待ちを余儀なくされた顧客もいた。12気筒を搭載した600 SL(394hp)や7.3リッターV12(525hp)を積むAMG SL 73というキャッチーなモデルも登場した。
画期的なバリオルーフ機構を投入
2001年に登場したR230は、金属製の折り畳み式バリオルーフを採用。1台でクーペにもオープンカーにもなる革新的な機構を取り入れた。AMGモデルの人気が飛躍的に高まったのもこの世代の特徴で、販売分のおよそ1/3をAMGエンジン搭載モデルが占めていた。最上位グレードには、670hpのAMGユニットを積んだSL 65 AMG ブラックシリーズが設定された。
SL生誕60周年を迎えた2012年のデトロイトショーでは、先代となるR231が登場する。広範な施策により軽量化を積極的に推進することで、スポーツカーらしく運動性能を強化。オプションとして設定した、ガラスの透過率を変更できるグラスルーフ「マジックスカイコントロール」も画期的だった。
最新SLは2+2レイアウト&ソフトトップを採用
そして2021年10月28日。最新型のR232が満を持して発表された。スポーツカーやオープンカーにとって冬の時代ともいわれる昨今、次世代モデルの登場が危ぶまれる声も聞こえていたが、そんな心配を吹き飛ばしてくれるような完成度を見せつけた。
まず話題を呼んだのが、「プラスツー(+2)」と呼ぶ小さな後席を設けたこと。歴代SLの“ほとんど”は2シーターを貫き続けてきたSLだが(1989年のR129では、欧州仕様にのみ後席がオプション設定されていた)、新型ではすべてのモデルが2+2のレイアウトを採用した。ちなみにこの後席には、「身長1.5mまでの乗員に対応する空間」が与えられている。
メタルトップを採用してきた従来のSLと異なり、新型モデルはあえてクラシカルなソフトトップを装着している。幌屋根の採用により伝統的なロードスターらしい趣が生まれているのはもちろん、上屋を軽く仕上げられるため重心高も下がり、ハンドリングにも好影響をもたらしているという。
さらに、SL史上で初めて4WDを採用。電制クラッチを備える4マティックプラスシステムにより、純粋な“FR”ドライブから安定感ある4WD走行まで自在に走行スタイルを変更可能とした。さらに、高性能ハイブリッド仕様も追って追加される予定となっている。
アファルターバッハの“戦うエンジニア集団”が開発を主導
他にも後輪操舵システムや白紙から開発したボディシェルなど、トピックを上げれば枚挙に暇が無い。事ほど左様に話題に事欠かない最新SLだが、最大のポイントは、“AMG専用モデル”となった点である。
メルセデス・ベンツが誇る高性能車専門の開発部隊、AMG。アファルターバッハを拠点にする彼らが最新のSLを手掛けるということは、実は「原点回帰」ともいえる。
“ガルウイング”の愛称で知られる300 SL(W198)のルーツ、W194はメルセデス・ベンツにとって第二次大戦後初のレーシングカーだ。国際レースへの復帰を目し、名設計者ルドルフ・ウーレンハウトによって生み出された。アルミニウム製のチューブラースペースフレームシャシーにむき出しのボディパネルを採用した超軽量(Super Light)マシンであった。
冒頭で述べたとおり、当時「世界で最も過酷なレース」と言われたカレラ・パナメリカーナにも参戦。5日かけて未舗装路も含めて大いに変化に富んだメキシコの道を3100km走破するという、人にもクルマにも厳しいレースへ、メルセデス・ベンツは300 SLのクーペとロードスターを各2台投入。結果、カール・クリング/ハンス・クレンク組が1位、ヘルマン・ラング/アーウィン・グルップ組が2位という伝説的勝利を記録した。
かつて戦うために生まれた300 SLのDNAは、戦うエンジニア集団の手により最新のSLへと確かに継承されているのである。