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Ferrari
F8 Spider×SF90 Stradale×296GTB
HV化の背景はCO2抑制だけではない
フェラーリにとっては最も新しいミッドシップストラダーレとなる296GTBがいよいよ上陸した。ゼロから企画され、まったく新しいアーキテクチャーで造られたという点をピックアップすれば、これほどエポックメイキングなフェラーリに出会う機会もそう多くはない。その最も大きなトピックはパワートレインをプラグイン・ハイブリッド=PHVとしたことだろう。
296GTBの場合、シート背後に搭載された7.45kWhのリチウムイオンバッテリーによって、エンジンと8速DCTとの間に置かれた167ps/315Nmのモーターを独立で、もしくはエンジンと並行するかたちで稼働する。満充電までは家庭用200V電源で3〜4時間程度、そこから最長25kmのEV走行が可能だという。一方でエンジンを含めたシステム総合出力は830psを発揮、0-100km/h加速は2.9秒、最高速は330km/hをマークするというのが彼らの触れ込みだ。
3月の海外試乗会の場でもこの点に触れられることはなかったが、296GTBのエレクトリックシステムの雛形となったのはSF90ストラダーレだろう。ただしこちらは1モーターではなく、前軸側にも2つのモーターを搭載した3モーター構成のPHVとなる。4.0リッターV8エンジンはF8トリブートにも搭載されるF154系を名乗るも、ボア&ストロークや補機類を含めたエンジン高、そしてエンジン長も異なる独自の構成だ。システム総合出力は1000psの大台に達し、前軸のモーターは個別制御で前左右輪の差動をコントロールするなど、メカニズムの複雑さは296GTBを大きく上回る。
電動化に宿る新たな魅力とは
こうやってフェラーリが、否、スーパースポーツのメイクスが主力のHV化を進める背景は、CO2排出の額面的抑制だと思われる方もいるかもしれない。もちろんそれがゼロではないのは確かだ。が、この両車に乗ると、スーパースポーツとしての新たな魅力が宿っていることにも気づかされる。
最も端的なところは速さだ。その質はまさに想像する通りで、例えば同行したF8トリブートが珠玉のV8を唸らせながら回転を高める程に伸びやかに速度を高めていくのに対して、296GTBは中〜高回転域にかけて、エンジンのパワーバンドに乗っていくところに重ねて、ぐいっと後ろから押し込まれるような速度の伸びが感じられる。
体感的なパワーの差異ははっきりしており、特に登坂路においてはその差は明白だ。ちなみに今回試乗したF8スパイダーと296GTBの車検証記載重量は20kgほど296GTBの方が重いが、0-100km/h加速の発表値はF8スパイダーも同じ2.9秒だ。数値的には極めて近い動力性能を想像するが、モーターを得たことによるパワーの質ははっきりと異なっていて、体感的な速さでは明らかに296GTBの側に軍配が上がる。思い起こせばその差異は、458イタリアから488GTBへの進化の際に感じたものと似ているかもしれない。
これがSF90ストラダーレになると、その速さはちょっと異次元の領域に達する。有り難いことに様々なスーパースポーツに触れる経験はいただいてきたが、フルスロットルで思わずだらしない呻き声をあげてしまう、そして右足を緩めてしまうほどのGを食らう、そんな経験はあまりあるものではない。鮮度的に296GTBの影に隠れがちだが、SF90ストラダーレには厳然と異なるパフォーマンスが与えられている。
新しい世代によって書き換えられる時代
それはハンドリングも然りだ。EVモードではあろうことか前軸の2つのモーターを使ったFF状態で走るSF90ストラダーレは、相応の速度域や負荷域まで、前輪の差動を活かしたアンダー知らず……というよりもややイン巻き傾向の旋回をみせてくれる。駆動制御により動的特性を作り込んでいくというのは今に始まった話ではないが、モーターのそれは緻密で強力だ。
そこからエンジンを稼働させて後軸側のパワーを掛けていけばニュートラル側に転じるが、この癖っぽい狭間を探りながら乗りこなす作業は、ちょっと自らの行為に没頭するゲーム的な楽しみにも似ている。サーキットで競技前提にタイムを削り落とすならもっとリジットな特性が望まれるだろう。でも、ここまでの速さを公道で解き放つことが難しいとあらば、モータードライブは今までにない楽しみを与えてくれる契機としても受け入れることが出来なくもない。
比べれば要素がシンプルな296GTBは、動的資質は至って素直で軽快だ。ほぼ40対60と、今日びのミッドシップとしては前軸側の荷重が軽めなことが懸念されるが舵の効きは気持ちよく流すペースではまったく問題なく、レーシングスピードにも十分対応できそうな手応えがある。ハンドリングはF8スパイダーにも増してニュートラルかつ軽快で、微妙なアクセル操作に呼応するハイブリッドパワートレインは運転を白けさせることはない。同様にブレーキのタッチもリニアで、この辺りはSF90ストラダーレに対しても、確実に一日の長を感じられる。
マラネッロの戦略
296GTBは新設計のF163系120度バンク角V6ユニットを搭載しているが、そのパフォーマンスのみならず、官能性は特筆に値する。物理振動をゼロにする一方で搭載性は著しく劣るということで、今まで日の目をみる機会はほぼなかったが、これほどまでに酔えるサウンドと回転フィールを供してくれるかというのが正直な印象だ。
一方で、ワイドバンクで幅広なこのユニットを前置きのFR系モデルへの転用を目論んでいるとは考えづらい。或いはV8との共有とあらばバンク角の設定も変わってくる。このエンジンはV6のみ、そしてリヤ置きで完結させるという前提で開発されたものとみるのが筋だろう。
フェラーリがミッドシップ・ストラダーレのためにワンオフの技術を投入することに不思議はない。が、その覚悟のほどは、現在のV8世代とは一線を画することを厭わないという決断とも受け止められる。クルマ好きとしては当然自分の過ごしてきた時間軸なりのノスタルジーと共に、シンプルで油臭い側の肩をもってしまいがちだが、新しい世代によって時代は書き換えられる。それは動かしようのない事実だ。そう思うと、用意されたF8スパイダーとの対峙の時が急に愛おしくなった。
REPORT/渡辺敏史(Toshifumi WATANABE)
PHOTO/篠原晃一(Koichi SHINOHARA)
MAGAZINE/GENROQ 2022年11月号
SPECIFICATIONS
フェラーリ296GTB
ボディサイズ:全長4565 全幅1958 全高1187mm
ホイールベース:2600mm
乾燥重量:1470kg
エンジンタイプ:V型6気筒ツインターボ+1モーター
排気量:2992cc
最高出力:488kW(663ps)/8000rpm
トータル最高出力:610kW(830ps)/8000rpm
トータル最大トルク:740Nm(75.5kgm)/6250rpm
トランスミッション:8速DCT
駆動方式:RWD
サスペンション:前後ダブルウィッシュボーン
ブレーキ:前後ベンチレーテッドディスク(カーボンセラミック)
タイヤ&ホイール:前245/35ZR20 後305/35ZR20
最高速度:330km/h
0-100km/h加速:2.9秒
車両本体価格:3678万円
フェラーリSF90ストラダーレ
ボディサイズ:全長4710 全幅1972 全高1186mm
ホイールベース:2650mm
乾燥重量:1570kg
エンジンタイプ:V型8気筒ツインターボ+3モーター
排気量:3990cc
最高出力:574kW(780ps)/7500rpm
最大トルク:800Nm(81.6kgm)/6000rpm
トータル最高出力:736kW(1000ps)/7500rpm
トランスミッション:8速DCT
駆動方式:AWD
サスペンション:前ダブルウィッシュボーン 後マルチリンク
ブレーキ:前後ベンチレーテッドディスク(カーボンセラミック)
タイヤ&ホイール:前255/35ZR20 後315/30ZR20
最高速度:340km/h
0-100km/h加速:2.5秒
車両本体価格:5856万円
フェラーリF8スパイダー
ボディサイズ:全長4611 全幅1979 全高1206mm
ホイールベース:2650mm
乾燥重量:1400kg
エンジンタイプ:V型8気筒ツインターボ
排気量:3902cc
最高出力:530kW(720ps)/8000rpm
最大トルク:770Nm(78.5kgm)/3250rpm
トランスミッション:7速DCT
駆動方式:RWD
サスペンション:前ダブルウィッシュボーン 後マルチリンク
ブレーキ:前後ベンチレーテッドディスク(カーボンセラミック)
タイヤ&ホイール:前245/35ZR20 後305/30ZR20
最高速度:340km/h
0-100km/h加速:2.9秒
車両本体価格:3724万円
【オフィシャルサイト】
フェラーリ・ジャパン
http://www.ferrari.com/ja_jp/