ラグジュアリーV12「ロールス・ロイス ゴースト」と「メルセデス・マイバッハS680」を比較試乗

「ロールス・ロイス ゴースト」と「メルセデス・マイバッハS680」ラグジュアリーV12の2台を比較試乗

どちらもVバンク角60度のV12エンジンを採用するロールス・ロイス ゴーストとメルセデス・マイバッハS680。
どちらもVバンク角60度のV12エンジンを採用するロールス・ロイス ゴーストとメルセデス・マイバッハS680。
V12の最大の魅力は、その上質な回転フィールだろう。振動や静粛性にも優れたV12はスーパースポーツだけでなく、ラグジュアリーカーにもふさわしいパワーユニットだ。ドイツとイギリスというよりも世界を代表する2ブランドの12気筒の魅力を味わう。(GENROQ 2023年7月号より転載・再構成)

Mercedes-Maybach S 680 4Matic
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Rolls-Royce Ghost Black Badge

かすかに感じられるV12エンジンの鼓動

V12エンジンを搭載する2台はラグジュアリーカーの代表選手でもある。

ゴーストのドライバーズシートに腰掛け、ダッシュボードの右下に設けられたスタート・ストップ・ボタンを指先で押してみる。すると、セルスターターが回ったと思うのもつかの間、排気量6.75リッター(英国式にいえば6 3/4リッター)のV12エンジンは「シュルルルル……」とも「トゥルルルル……」ともつかないサウンドを控えめに響かせながら、ファストアイドルを始めた。

タコメーターがないので正確にはわからないが、感覚的には1800rpmほどだろうか。しかし、V12エンジン特有の滑らかなバイブレーションは確実に伝わってくる。「ひょっとすると、この鼓動感を強調するために、敢えてファストアイドルをしているのではないか?」そんな妄想が芽生えるほど、ロールス・ロイス製V12エンジンが奏でるビートは心地いい。それは、たっぷりとしたオイルに浸されたベアリングが、一定の周期でコロコロと転がっていく様子を連想させるものだ。

やがてゴーストは当初よりやや回転数の低い第二段階のファストアイドルを始め、さらに数十秒が過ぎると定常状態のアイドリング回転数に落ち着いた。それでもV12エンジンの鼓動はかすかに感じられるが、ファストアイドルしていたときほどの力強さはもはやない。きっと、シンフォニーの冒頭でフォルテッシモを演奏したオーケストラが、ピアニッシモまですっと音量を下げた後に残る心地いい余韻に通じるものが、そのとき感じられることだろう。

ストレート6をさらなる極みに押し上げるV12

「V12は神々が作り上げたエンジンに違いない」そんな思いを新たにしたのは、元日産自動車の林 義正氏に話を聞いたときのこと。エンジンの振動や騒音のスペシャリストとして活躍した林氏は、85歳のいまも現役のエンジニアとしてエンジン開発に取り組んでいる。

林氏によると、レシプロエンジンの2次振動は、ピストンの直線運動をクランクシャフトで回転運動に変換する際に起きるという。これを解消するには、クランクピンをクランクシャフトの回転角で120度ごとに配置するのが有効だが、3気筒エンジンでこれを実践すれば、2次振動は打ち消せてもクランクシャフト全体が「首振り運動」を起こして新たな振動源となる。この首振り運動と2次振動、さらにいえば1次振動まで「自己解決」するのが、クランクピンを120度ごとに配置したストレート6である。

V12エンジンは、単体の状態でバイブレーションフリーのストレート6を2基連結したものといえる。しかもVバンク角を60度とすれば、12個のピストンはいずれも60度の位相差をもって上下運動を繰り返すことになる。つまり、すでに完成の域にあるストレート6をさらなる極みに押し上げる手法が、Vバンク角60度のV12エンジンなのだ。ちなみに、ゴーストとメルセデス・マイバッハS680に搭載されたV12エンジンは、どちらも60度のVバンク角を採用している。

なかでもゴーストは、V12とすることでベースとなる振動を取り除いたうえで、人が本当に心地いいと思うバイブレーションだけを残し、それを絶妙のバランスで乗員に伝えているように思う。

驚くべきステアリングインフォメーションの饒舌さ

なぜ、ロールス・ロイスはV12エンジンのビート感を敢えて残そうとしたのか? それは、彼らがエンジンというもののメカニズムを心から愛していて、それを最良の形で提示すれば多くの人々の共感を得られると信じているからだろう。さらにいえば、親会社であるBMWがその背景として存在していることも否定できないような気がする。

それとともに重要なのは、ゴーストは単なるショーファードリブンカーではなく、ドライバーズカーとして使われることも想定して開発された点にある。これはゴーストに限らずロールス・ロイス全般にいえることだが、リヤシートに腰掛けていて快適なだけでなく、自らステアリングを握っても第一級のハンドリングを味わえるのがロールス・ロイスの特徴である(唯一の例外はファントム・エクステンデッドホイールベース)。

例えば、雑味成分が極めて少ないのに路面の状態は確実に伝えるステアリングインフォメーションの饒舌さには驚くばかりだし、ソフト一辺倒に思えてハードコーナリングもしっかり受け止める芯の強さを備えたサスペンションもドライバーの心強い味方となってくれるはず。フルスロットルにしたとき、不快なバイブレーションを一切伝えることなく、軽やかに吹き上がって必要なパワーを生み出してくれるV12エンジンもまた、ドライバーズカーのために特別に誂えられたものである。

理想のショーファードリブンカーを追求

これと対照的な味付けを施したのがメルセデス・マイバッハS680に搭載された排気量6.0リッターのV12エンジンである。M279の名で呼ばれるこのパワーユニットは、とにかくデッドスムーズ。それは、マイルドハイブリッドシステムのISGが、瞬時に、そしてなんの振動を生み出すことなくV12エンジンを目覚めさせる点からも推測できる。しかも、スロットルペダルを強く踏み込めばS680は豪快な加速を示すものの、それはエンジン回転数の素早い上昇に頼ったものではなく、過給圧を急激に高めることで達成される。これも、エンジンの存在を極力、打ち消そうとするマイバッハならではのフィロソフィによるものだろう。

マイバッハが無音、無振動に徹しようとした理由、それは純粋にショーファードリブンカーとしての理想を追求したことにあるように思えてならない。リヤシートに身を沈めるゲストにとっては、すべての振動、すべての騒音をシャットアウトするのが最善。そう考えれば、エンジンのサウンドやバイブレーションを徹底的に排除しようとしたことだけでなく、どこか浮遊感がただようその乗り心地についても、すんなりと呑み込めるような気がする。

では、ラグジュアリーカーにおけるV12エンジンは、今後どうなっていくのか?

V12エンジン搭載のラグジュアリーカーの未来は

このジャンルの代表的なブランドであるロールス・ロイスとベントレーは、将来的に100%EVの自動車メーカーとなることをすでに宣言している。顧客の多くが社会的なリーダーである両ブランドにとって、これはやむを得ないことだろう。

そして、おそらくはメルセデス・マイバッハも2社に追随するはず。そうなれば、スーパースポーツカー界よりもひと足先にラグジュアリーカーの世界でV12エンジンの灯火は消えることになる。いよいよカウントダウンが始まったV12エンジン搭載のラグジュアリーカーを、慈しみつつ味わい尽くしたい。

REPORT/大谷達也(Tatsuya OTANI)
PHOTO/小林邦寿(Kunihisa KOBAYASHI)
MAGAZINE/GENROQ 2023年7月号

SPECIFICATIONS

ロールス・ロイス・ゴースト・ブラックバッジ

ボディサイズ:全長5546 全幅2148 全高1571mm
ホイールベース:3295mm
乾燥重量:2490kg
エンジンタイプ:V型12気筒DOHCツインターボ
排気量:6750cc
最高出力:441kW(600PS)/5000rpm
最大トルク:900Nm(91.8kgm)/1700-4250rpm
トランスミッション:8速AT
駆動方式:AWD
サスペンション:前ダブルウィッシュボーン 後マルチリンク
ブレーキ:前後ベンチレーテッドディスク
タイヤ&ホイール:前後255/40ZR21
0-100km/h加速:4.7秒
最高速度:250km/h
車両本体価格:4480万円

メルセデス・マイバッハS 680 4マティック

ボディサイズ:全長5470 全幅1930 全高1510mm
ホイールベース:3395mm
乾燥重量:2410kg
エンジンタイプ:V型12気筒DOHCツインターボ
排気量:5980cc
最高出力:450kW(612PS)/5250-5500rpm
最大トルク:900Nm(91.8kgm)/2000-4000rpm
トランスミッション:9速AT
駆動方式:AWD
サスペンション:前ダブルウィッシュボーン 後マルチリンク
ブレーキ:前後ベンチレーテッドディスク
タイヤ&ホイール:前後255/40R20
0-100km/h加速:─
最高速度:─
車両本体価格: 3570万円

【オフィシャルウェブサイト】
ロールス・ロイス・モーター・カーズ
https://www.rolls-roycemotorcars.com/

【問い合わせ】
メルセデス・コール
TEL 0120-190-610
https://www.mercedes-benz.co.jp/

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著者プロフィール

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大谷達也

大学卒業後、電機メーカーの研究所にエンジニアとして勤務。1990年に自動車雑誌「CAR GRAPHIC」の編集部員…