「半長靴」これ、読める? いわゆるコンバットブーツのことですが。地味装備シリーズ⑤【自衛隊新戦力図鑑|陸上自衛隊】

磨いているのは、個人装備品として支給される陸上自衛隊の半長靴。これを読んだら靴が磨きたくなる?!
地味ではあるが重要なモノを紹介している「地味装備シリーズ」の5回目は、いよいよ個人装備の領域に踏み込み「半長靴」いわゆるコンバットブーツを取り上げる。透湿防水フィルムを内蔵した高性能さがウリの新型半長靴。待望の新型に機能の改善が期待されたが、残念な事態が起きていた。今回は陸上自衛隊の半長靴に注目する。文末には、その靴磨きの基本テクニックを写真つきで解説。

TEXT&PHOTO:貝方士英樹(KAIHOSHI Hideki)

これじゃあ『蒸れックス』だ

陸上自衛隊員が日常訓練や作業時に履くブーツは「半長靴(はんちょうか)」と呼ばれる。
半長靴とは、脛の中間あたりまでを覆う長さのブーツのことで、諸外国軍などではコンバットブーツと呼ばれているもの。
個人用装備として支給されるもので、戦闘服または作業服を着用している場合にはセットで必ず履くものだ。

陸上自衛隊の半長靴の例。

その昔の自衛隊の半長靴に使われた革は固く、足に馴染むまで長期間かかり、靴擦れやマメなどの発生に悩まされたという話を聞くことは多かった。靴としてのデキはあまり良くなかったと思われる。
そして1990年ごろ待望の新型半長靴が登場した。「半長靴Ⅱ型」と呼ばれる透湿防水フィルムを仕込んだ布地を内装に使用したものだ。

透湿防水フィルムとは内側の湿気(水蒸気)を逃がし、雨水を通さない多孔質薄膜素材のこと。この機能を持つ素材で有名なものには「ゴアテックス」がある。この透湿防水素材を内蔵したことにより防水で蒸れず、足への馴染みも早い優れたブーツだと期待された。

しかし、半長靴Ⅱ型の支給が始まると隊員たちから「いや、蒸れる」との声があがり始めた。防水で蒸れない性能を謳った新型ブーツは、残念なことに旧型よりも快適性で劣ったものであった。
「ゴアテックスならぬ、これじゃあ『蒸れックス』ですよ」と苦笑しながら話してくれた隊員を筆者は気の毒に思った。蒸れるブーツは大問題だ。

陸上自衛隊、第1空挺団(パラシュート部隊)に支給される「空挺用」半長靴。ロープを足で挟んで降下などをするので、靴の内側部分に当て皮が追加されるなど、一般用の半長靴に改良が加えられている。また、水に浸かることの多い水陸機動団にも専用半長靴があり、海外派遣用に通気性に優れた半長靴も存在する。

陸自隊員らは演習などの連続状況になり長期間履きっぱなしになることも多い。蒸れるぐらいで……と思うのは早計、そうした状況下で蒸れるブーツを履き続けると「水虫」など足の皮膚疾患を誘発する。水虫は悪化させると歩行困難な状態にもなるから厄介だという。
たとえば歩けなくなった隊員が多数出れば、部隊行動に支障をきたし、全体の戦力低下につながる。
そうならないよう、長期演習や長距離の行進訓練などでは休憩のたびに靴下を替えたり、足のケアを適切に行なう優秀な隊員が多いが、それ以前に、足を守るはずのブーツが蒸れてしまうのでは気の毒すぎる。

では、なぜ蒸れるのか? 先の『蒸れックス』と苦笑した隊員によるとふたつの理由が推測できるという。
ひとつは、透湿防水フィルムを表裏逆に貼ったのでは? というもの。もうひとつはフィルム全面を布地に接着させたことで、通気性が根こそぎ失われたのでは? というもの。

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このどちらかなのか、どちらもなのか、別の理由があるのかは定かではないのだが、この推測どおりだとすれば身もフタもない話である。
蒸れるブーツに悩んだ末、支給品より高性能な透湿防水ブーツを自費で購入し日常使いする隊員も現れた。会社支給の装備がポンコツなので自腹でより良いモノを調達して使う……こうしたことは我々にも思い当たることだが、考えてみれば本末転倒だ。

そして自衛隊にはこうした物事が多い。戦闘機や戦車、護衛艦など正面装備の充実に注力して何十年、個人装備方面は旧態依然としたままであることが多かった。
防衛費の増額・増税に関心が集まる現在だが、増額・増税ありきではなく、たとえば怪しいNPOへの不可解なカネの流れなど無駄遣いの停止・精査を優先するべきだ。そして本当に必要なところへ充てる方が全体で幸福になるはず。

さて、話を蒸れるブーツに戻そう。
透湿防水性能を謳った半長靴Ⅱ型は問題視され、登場して数年で改良が加えられた。しかし、蒸れ問題の改善は捗々しくなく、それからも数度の改良が施されたという。そして現行モデルは「半長靴Ⅲ型」となっているはずだが、それでも蒸れ問題を解決できていないと聞く。
開発・改良の過程で透湿性や通気性・防水性などは数値として計測され、対策されていると思うのだが、人間が身につけるものは難しいということなのだろうか。

装備品の手入れはしっかりと!

自衛隊での靴磨きの基本的な例。靴磨きの最初はまず「ブラッシング」。大型ブラシで全体のホコリや泥を落とす。湿った泥が付着している場合は水洗い、または水を含ませたタオル等で拭く。
半長靴は靴ひもを外し、甲部分やシューレース(ヒモ穴)、コバ(靴底との接合部)など細部は使い古しの歯ブラシ等で掃除する。
次にクレンジング。「ステインリムーバー(水性クリーナー)」で古いクリーム分や古い靴墨などを除去し、下地を作る。水拭きした靴を乾燥させたり、雨に濡れた翌朝など、靴表皮に白い汚れ(塩分)が浮き出る。サドルソープで洗浄する時間のないときはリムーバーが活躍する。
次にクリーミングとブラッシング。小型ブラシで乳化性クリームを少量ずつ全体に塗布。その後、硬めの豚毛ブラシでブラッシング。乳化性クリームを広く、かつ薄く全体に行き渡らせ、油分と水分を補給させる作業。これでシナヤカになる。
磨き工程その1。着古したTシャツなど柔らかい布でブラッシング後の乳化性クリームの余剰分を除去する。布は小まめにキレイな部分を使い、落としてゆく。徐々に艶(ツヤ)が出てくる。これで最低限の乳化性クリームが表皮に残り、通気性も確保できていることになる。
磨き工程その2。靴墨を全体に塗布し、豚毛ブラシ、柔らかい布でブラッシング。水をごく少量スプレーして磨いたり、古いストッキングなど微細繊維で磨くと艶が増す。シューポリッシュ(ワックス)や防水ワックスを薄く少量延ばしてやれば光沢と同時に防水性も確保できる。
完成。基本は汚れや古い靴墨などをいったん取り去り、新たに補給してやること。つま先を光らせるのが自衛隊流といえるだろうか。靴磨きの手法は部隊差や個人差があり、紹介している限りではない。第1空挺団では塗布した靴墨にアイロンを当て、溶かしつつ鏡面仕上げにするマル秘テクニックもあるという。

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著者プロフィール

貝方士英樹 近影

貝方士英樹

名字は「かいほし」と読む。やや難読名字で、世帯数もごく少数の1964年東京都生まれ。三栄書房(現・三栄…