ビッグモーター騒動から学ぶ「自分と愛車を守る知識」

修理費を水増しするためお客さんのクルマに傷を付ける。そんな行為が明るみに出たビッグモーターの一件は、さまざまな論議を読んでいる。しかし、自動車関連の法律をよく調べてみると、我われ自動車ユーザーの権利はあまりしっかりとは守られていないようにも感じる。しかも法律や規則の文章は、いわゆる「霞ヶ関作文」のため、読んでもわかりにくい。我われにできる自己防衛策は、とにかく記録を取っておくことだ。

我々にできる自己防衛策は、とにかく記録を取っておくこと

果たして我々は法律で守られているのか—

分厚い自動車六法(国土交通省自動車局監修)を読み漁った。

「依頼者に対し、行っていない点検もしくは整備の料金を請求し、または依頼されていない点検もしくは整備を不当に行い、その料金を請求しないこと」(お役所漢字をひらがなにした以外は原文)

「他人に対して法もしくは法に基づく命令もしくは処分に違反する行為をすることを要求し、依頼し、もしくは唆し、または他人が違法行為をすることを助けないこと」(同上)(カッコ内の文言は除いた)

このふたつの文は、道路運送車両法施行規則の第7章「自動車分解整備事業」のなか、第62条の2の2に書かれている。

その大元は道路運送車両法第6節「自動車の整備事業」という項目で、このなかに「遵守事項」として第91条の3という項目がある。そこには「適切な点検及び整備の励行の促進」などと書かれているだけで、具体的な禁止事項は明記されていない。禁止事項は施行規則内の上記のふたつの文である。

法律の改正には閣議決定が要る。しかし、その法律を柔軟に運用するための施行規則は「法律」ではなく「規則」のため、監督官庁の裁量で変更できる。閣議決定は不要だ。

今般のビッグモーター騒動の中心になった事案は「顧客のクルマに故意に傷を付けて修理費を請求する」ことだ。しかし、道路運送車両法施行規則には「自動車分解整備事業」と書かれている。ボディの傷を修復する作業は車体整備(いわゆる板金整備)と呼ばれ、自動車分解整備事業ではない。

分解整備とは、狭い意味では「車検に定められた項目」だ。日本の車検制度は鉄道車両の分解整備をお手本にしている古い法律であり、走行機能に関係する部分を定期的に分解し、不具合があったら修理し、元どおりに組み直すことで安全な運行を保つという考え方だ。

故障もなくうまく機能していたのに、バラしてまた組み直して、果たして元どおりになるのかという部分は分解整備のツッコミどころであり、過去にもしばしば議論されてきた。なので、一部の項目は見直され、分解しなくてもいいようになった。

しかし、車体整備については、少なくとも道路運送車両法施行規則のなかには規定がない。「顧客から預かったクルマにわざと傷を付け、それを修理して保険金請求する」という行為は保険金詐欺であり、不正請求であり、これが証明されれば詐欺罪が成立するのだろうが、道路運送車両法違反に問えるかどうかは専門家の判断に委ねるしかない。

「もうだれも信用できない」というのはじつに寂しいことだが、我われがこうした不正請求にあわないようにするためには、ボディの修理を依頼するときに現場で細かく「確認してもらう」しかない。

その昔は当たり前だった。ボディの修理に持ち込んだら、工場側の人と一緒に現物確認する。修理する部分をチョークで囲んだり「×」を書いたりして、それを写真に撮っておく。「これ以外の場所は治さないでください」と告げ、その点についても了承してもらう。ワイパーなど簡単に交換できる部品はなおさらのこと「交換しないでいいです」と告げる。その会話を録音しておく。

これが防衛策だった。世に言う「悪徳業者」は、いまも昔も存在する。いまならスマートフォンで動画と音声を簡単に記録できるから、動画を証拠にすることもできる。いわば「板金修理のためのドライブレコーダー」である。これを記録として残しておくことをオススメする。

継続車検時に行なわれる分解整備の場合は、前述のように「依頼者に対し、行っていない点検もしくは整備の料金を請求し、または依頼されていない点検もしくは整備を不当に行い、その料金を請求しないこと」という道路運送車両法施行規則の規定があり、いちおう、この規定が我々を守ってくれる。

ただし「依頼されていない点検もしくは整備」という点には留意したい。「だって、これは車検で決められている整備ですから」と言われたら、「そうなのか」と思ってしまう。

車検整備を依頼する際は、事前に納得のゆく説明をしてもらうとか、何か整備が必要になった場合には必ず連絡をもらえるようにするとか、何かしらの手を売っておくべきだ。車検整備が終わったあとで依頼者が「不正」を証明することは極めて困難である。

いっぽう、違法改造は当局が摘発しやすいように法体系が整っている。「自動車の安全な運行にかかわる基準」は、道路運送車両法ではなく国土交通省令の「道路運送車両の保安基準」に定められている。ただし、その大元は道路運送車両法であり、この「なんたら法」を「規則」や「省令」で補完するという仕組みは分解整備の場合と同じだ。

日本の自動車関連法には、このような多重レイヤー構造が多い。「なんとか法」で大まかなルールを示し、その法律を運用するための「施行規則」や「施行令」さらには判断が難しいような事例については、どの文章にもまったく書かれていない「行政指導」が飛び出す。だから取り締まりはやりやすい。

その一方で、消費者の権利を守るための項目は手薄に感じる。頼まれてもいない整備・修理は「やってはいけない」と施行規則に書いてあるだけだ。結局、自分の身は自分で守るしかない。日本は法治国家なのですがね……。

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著者プロフィール

牧野 茂雄 近影

牧野 茂雄

1958年東京生まれ。新聞記者、雑誌編集長を経てフリーに。技術解説から企業経営、行政まで幅広く自動車産…