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保険の仕組みの根幹は“相互扶助”の精神
最近、様々なニュースで取り上げられている自動車保険金の不正請求問題ですが、別の誰かの保険金不正請求が、なぜ自分も困ることになるかもしれないのでしょう?
そもそも保険とは、多くの人達が少しずつお金を出し合うことで、そのなかの誰かが事故などによって損害を被った時、みんなで出し合ったお金で補償しましょうという“相互扶助”の精神から生まれた制度です。そのなかでも自動車保険は、事故や火災など、自動車を運転したり人を乗せたりすることに対する危険=リスクはもちろん、そもそも自動車を所有していることにつきまとう様々な危険に備えた制度です。
もし交通事故で他人を死傷させてしまったり、他人の財産――家屋や自動車など――を損壊してしまった場合、加害者は高額な賠償責任を負うことになります。そして加害者となった人に賠償する資金力がない場合は、被害者への十分な賠償ができず経済的な重荷を背負うことになります(もちろん社会的な重荷や精神的な重荷も背負うことになますが、ここでは話を可能な限り単純化しています)。しかし自動車保険に加入していれば保険金の支払いにより、加害者が被害者へ賠償するための資金が確保できるわけです
さて、自動車保険と一口に言っても、自動車損害賠償保障法(自賠法)に基づいて自動車の保有者すべてに加入が義務づけられている、被害者救済を目的とした自賠責保険(強制保険)と自賠責保険の限度額を超える賠償金が必要な場合の事故などに備えるために任意で加入する自動車保険(以下、任意保険)があります。他人が不正に保険金の支払いを請求した場合、実はこの2種類の保険のうち任意保険に影響が出る可能性があります。
任意保険の補償する内容には、対人、対物、人身傷害補償、搭乗者傷害、車両補償などの種類があり、一般に各種の役割を持つ保険が組み合わされています。加入者は必要に応じて補償内容が選べますが、その一方で、保険会社に危険性が高いと判断された年齢や車種などの要因によって、保険料が高額になる場合もあります。
先にも書いた通り、保険とは“相互扶助”の精神に基づく制度なので、保険金は原則、保険会社が集めた同一保険会社のすべての加入者が支払った保険料の合計(資金)のなかから支払われます。ですから加入者の公平性を保つために、交通事故を多く起こした人や起こす可能性の高い人の保険料は高くなり、交通事故を起こしやすい車の保険料も高くなります。一般に過去に交通事故を起こした人、免許を取りたての若年層や免許返納した方がよい年齢と思われる高齢者、運転する距離や時間の長い人、スポーツカーのようなスピードが出しやすい車両などが保険料が比較的高くなる傾向にあります。
この自動車保険の保険金額に対する保険料の割合を保険料率と言い、これは一般の商品の“原価”に相当する“純保険料(率)”と、乱暴に言えば保険会社の運営費にあたる“付加保険料(率)” から成り立っています。このうち“付加保険料(率)”は保険会社の運営費ですからそれぞれの保険会社が独自に定めますが、“純保険料(率)”の部分については、損害保険料率算出機構という組織が算出して提供する“参考純率”をもとに決定されています。
この“参考純率”は、損害保険料率算出機構が自動車保険会社(損害保険会社)などの会員から大量の保険データを収集、科学的・工学的解析手法や保険数理の理論などの合理的な手法を駆使して算出されています。“参考純率”は交通事故の発生件数や損害状況により変動しますから、ある年度の交通事故の件数が多かったり、事故車の損害が重いものだったりすれば、その年度の“参考純率”が上がり、それを基にしている保険料の“純保険料(率)”も上昇します。この結果、保険料が上がることになるわけです。
悪用されると“相互扶助”が一転して“連帯責任”に?
もし、事故を起こして修理が必要な車が、修理工場でゴルフボールを靴下に包んだものやゴルフクラブ、金属バットなどで激しく叩かれたりして故意にさらに傷つけられ、保険金が水増し請求された場合、“参考純率”を算定する基礎となる保険データも水増しされ、上昇してしまいます。この結果、事故車と同一車種のオーナーの保険料はもちろん、保険料全体が値上がりしてしまう可能性があるのです。これが「他人の保険金請求で自分が支払う保険料が高くなるかもしれない」と言われている理由です。
2023年8月6日の各社報道によると、損害保険料率算出機構は、中古車販売大手の『ビッグモーター』による保険金の不正請求問題を請けて、自動車保険料率全体への影響を調査することを明らかにしたとのこと。これは当然ながら『ビッグモーター』が事故にあった修理車両を故意に傷つけて水増し請求したことにより、“参考純率”が上昇していたと見られるからです。“参考純率”の算定根拠となる保険データの正確性が失われていた恐れがあることから、同機構は不正請求案件について自動車保険(損保)各社に報告を要請しており、2024年度以降の“参考純率”は、当然ながら水増し請求分を除いて算定されるものとみられています。
保険は善意の“相互扶助”の精神に基づく制度ですが、保険金不正請求などを行なう不届き者が出ると、強制的に“連帯責任”を課せられてしまう制度になってしまいます。自分ばかりでなく保険制度を支えている他の加入者のためにも、くれぐれも正しい運用を心掛けたいものです。かなり大雑把かつ根幹の部分だけを駆け足での説明になりました点、ご容赦ください。