2023年5月、技術研究組合 水素小型モビリティ・エンジン研究組合(HySE: Hydrogen Small mobility & Engine technology)が設立された。
同組織は「水素エンジンの研究」や「水素充填システムの検討」などを目的としたもので、正組合員としてカワサキモータース、スズキ、本田技研工業、ヤマハ発動機、また特別組合員として川崎重工、トヨタ自動車が参画している。
HySEのターゲットのひとつは、5年後を目処に水素燃料に最適化されたエンジンを設計すること。そのために6社が共同で基礎研究に取り組んで技術を集積するとともに、規格の整備を進めている。規格が決まれば各メーカーは商品化に向けた次のステージへと進むことができる。
そんななかHySEは先日、世界で最も過酷なモータースポーツのひとつであるダカールラリーに参戦すると発表した。車両は水素エンジンを搭載したバギー「HySE-X1」だ。
HySE-X1は小型の4輪バギー。オーバードライブレーシング社(ベルギー)の車体フレームをベースとしており、リヤミッドシップに排気量1Lの水素燃料エンジンを搭載する4輪駆動車両だ。エンジンはカワサキが手掛けたモーターサイクル用のものがベースになっているという。
HySE-X1 概要 全長×全幅×全高:3,530mm×2,070mm×1,700mm 車両重量:約1,500kg エンジン種類/弁方式:水冷4ストローク直列4気筒スーパーチャージドエンジン/DOHC 4バルブ 総排気量:998cc
クラスは次世代パワートレインの技術開発を自動車メーカーに促す「ダカール・フューチャー・プログラム」の一環として新設されたミッション1000。水素燃料車両やフル電動車両、バイオフューエル燃料を使用したハイブリッド車両といった、先進技術を盛り込んだ車両のみがエントリーを許されるものだ。
2024年のダカールラリーの舞台はサウジアラビア。1月5日から19日までの2週間にわたり開催され、ステージ数は12、走行距離はおよそ5000kmに及ぶ。
しかし、ミッション1000はメーカーの実験の場として提供されるものであるため、走行距離は一日あたり100kmのみ。日程も10日とし、合計1000kmを走るかたちになるという。
HySEにとっては1日あたり100kmという走行距離はいい材料となった。HySE-X1はコンパクトなバギー。燃料となる気体水素も限られた量しか搭載できないが、一日の競技距離が100kmであるならば、拠点で一度満タンまで給水素すればその日のステージは走りきれる計算だ。
一方で、競技としての走行距離が1/5程度になるとはいえ、砂漠などの不整地で車両を走らせること自体がそもそも簡単なことではない。実績のある車両でも思わぬトラブルでリタイアするのがダカールラリーだ。実験車両にとっては、あまりにも過酷な舞台と言える。しかし、だからこそHySEはダカールを技術を鍛える場として選んだ。
自然環境下ではエンジンベンチの置かれたラボ内にはないデータが得られる。また思いもよらないトラブルも発生するが、それこそが水素エンジンの実用化、そして普及へ向けた重要なピースとなる。それを日本へと持ち帰り、研究開発を加速させたい考えだ。
現在、東京ビッグサイトではジャパンモビリティショー(旧:東京モーターショー)が開催されている。同イベントのモータースポーツエリアでHySE-X1が展示されているが、これはお披露目のためだけに作られたモックアップだ。
実際に競技で走らせるクルマは今も製作の過程にあるという。ダカールラリー本番まで残り2カ月強。エンジンの開発はHySEに参画するメーカーが協力して進めているとはいえ、シェイクダウンを含む実走テストにおいて、新車にはつきものであるトラブルへの対応やセットアップなどをしなければならないことを考えると、諸々の準備はかなりの急ピッチで進行させる必要がある。
ただ、HySE-X1には日本のモビリティ界を代表する6社の叡智が注がれる。
実験車両向けクラスでの参戦となることもあり、彼らの目標はいい成績を残すことではなく完走、そして実戦を通したデータの収集となる。
まずは、ダカールラリー本番に向けて「HySE-X1に火が入った」という報せを待ちたい。