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欧米と日本のブランドに対する取り組み方の違いとは?
山崎明(以下、山崎) 田中さん、久しぶりにお目にかかれて光栄です。田中さんとは電通マーケティング局でご一緒させて頂いた間柄でしたね。
田中洋(以下、田中) 私は1996年まで電通にいました。1975年入社で当初は新聞局でしたが、海外留学の後1985年にマーケティング局に移りました。山崎さんは何年入社?
山崎 私は1984年入社です。最初からマーケティング局でした。私はトヨタ自動車担当で、田中さんは外資系企業をメインに担当されていましたね。ところでどうしてブランドに関心を持たれて、アカデミックな世界に転じられたのですか?
田中 やはり外資系企業を担当していたことが大きいです。ネスレとかアメックスとかユニリーバとか。日本企業に比べ、欧米の企業はブランドを大切にする文化が圧倒的に強いですからね。そして1980年代になるとデビッド・アーカー教授のブランド論が脚光を浴び始めていました。それまではプロモーションばかり注目されていましたが、プロモーションばかりやっているとブランドが傷ついてしまうと。1991年にサンフランシスコで広告業界のカンファレンスがあって、その時のテーマがブランドエクイティだったのですよ。それで自分でも勉強をするようになったという感じですね。
山崎 私も20年トヨタを担当したあとBMWを担当することになって、ブランドに対する認識がこれほどまでに違うのかとびっくりしました。トヨタではブランドって最後のお化粧みたいな認識でしたが、BMWはブランドが経営の根幹にあるのですよね。その時はプレミアムブランドの領域では日本企業は100年経っても追いつけないと思いましたよ。
田中 自動車という意味では私も日産のブランド戦略をお手伝いしたことがあるのですよ。1999年にゴーンさんが来たじゃないですか。その時ゴーンさんの命で日産ブランドプロジェクトが立ち上がって、それに参加を要請されたのです。その当時の日産の日本人社員はブランドってシャンプーとか食べ物の世界の話ですよねと言っていてびっくりしました。日本ではその程度の認識だったのですよね。ゴーンさんはブランドを大切にしないから安くしか売れないんだと言っていました。
日本企業は高品質ゆえにブランド戦略が疎かに
山崎 私はBMWを担当した時、ミュンヘンに行ってBMWのブランド戦略を徹底的にたたき込まれました。
田中 マクドナルドでもブランドの神様みたいな人がいて、その人がブランドの有り様を決めているんですよね。逆にトヨタアメリカの人はなぜトヨタはブランドというものを理解しないのだと私に言ってきたことがあります。
山崎 私もトヨタの南アフリカの仕事したことあるのですが、南アフリカでは日本本社がブランド戦略を全く立てないので業を煮やして独自にブランドロゴ作って戦略的にブランド構築しようとしていた時期があるのですよ。日本の自動車メーカーは品質が高かったからブランド戦略なんて考えなくても売れちゃったからそうなってしまったのでしょうね。
田中 でもそうやってブランドを疎かにしていたツケが回ってきているような気がしますね。トヨタはレクサスがひとつの転換点になったのでしょうか。シャンパングラスのCMなどうまくいきました。
山崎 レクサス立ち上げの戦略を考えたのはトヨタアメリカなんですよね。日本は当初レクサス導入には反対だった。アメリカ主導だったからブランドが一気に確立できたのです。でも2005年の日本への導入は私も絡んでいたのですが、あまりにブランドというものに対する理解がなく愕然としました。
田中洋(たなか ひろし)1951年、名古屋市生まれ。1975年電通入社。1985年海外研修員としてイリノイ大学ジャーナリズム研究科修士課程に留学。1996年城西大学経済学部助教授、1998年法政大学経営学部教授、2008年中央大学ビジネススクール(大学院戦略経営研究科)教授を経て、同大学名誉教授。日本マーケティング学会会長、日本消費者行動研究学会会長などを歴任。マーケティング論、ブランド論を専攻。数多くの企業でブランド戦略アドバイザーを務める。
山崎明(やまざき あきら) 1960年、東京・新橋生まれ。1984年電通入社。1989年海外研修員としてスイスIMD MBA修了。戦略プランナーとして30年以上にわたってトヨタ、レクサス、ソニー、BMW、MINIのブランド戦略やコミュニケーション戦略などに深く関わる。プライベートでは幼い頃からの自動車マニアであり、保有した車は40台以上、ポルシェが最も多い(9台)。現在はマツダ ロードスター(ND)、BMW 118d(F20)を愛用中。著書に『マツダがBMWを超える日』(講談社+α新書)がある。日本自動車ジャーナリスト協会会員。
ホンダとソニーのコラボへの期待
田中 ところで山崎さんの本読んでびっくりしたのですけど、ホンダのことメチャ褒めているじゃないですか。
山崎 はい、世界の自動車メーカーの中でもトップクラスの美しいストーリーを持っていますからね。でもそのストーリーを全く活用できていないのが問題です。今F1で勝ち続けていますけどそれも有効活用できていない。それを受け止める商品もない。
田中 ホンダとソニーがコラボするっていうのですごく期待したけど、あまりこれといった話が聞こえてきませんね。
山崎 私はソニーも10年近く担当しましたが、ソニーもきちっとしたブランド戦略は事実上ないんですよ。盛田昭夫さんが本能的に作り上げたブランド資産を食いつないでいるだけで。
田中 シャネルとかは人を雇う時ブランドを理解しているかどうかで決めるという話でした。そのくらい欧米はブランドを大切にしているのですよね。ブランド担当者がCEOの次くらいのポジションにいることも多い。
山崎 マツダもフォード傘下になってブランドの大切さを学んだのですよね。
田中 フォードのPAGは最終的にはうまくいかなかったのだけど、たくさんブランドを抱え込んだフォードはそれぞれのブランドの役割を明確化する必要があった。当然の成り行きでマツダのブランドアイデンティティもはっきりさせる必要があったと。
山崎 それ以前のマツダは魅力的な車種はありましたが統一感があるとはいえないラインアップでしたからね。結局、レクサスも日産も日本企業がブランドを考えるきっかけは外国人なのですね。
田中 ゴーンさんはブランドにはヘリテージが大切だと力説していました。日産にも誇らしい歴史があると。だからあんなコストカッターにもかかわらずGT-RやフェアレディZも復活させ、ミスターK(日産スポーツカーの生みの親、片山豊氏)を呼び出したりもしたのです。
「良いものを安く」消費財が弱い日本ブランド
山崎 日本の製品は性能の良さだけで世界に勝負できてしまったので、ブランド意識が育たなかったのでしょうね。自動車も家電もカメラも。
田中 そういう意味では一般的な消費財では日本ブランドって全然ダメですよ。例えばシャンプーとか。P&Gとかユニリーバの方が断然強くて、日本ブランドは日本でしか通用しない。結局海外に行くとアイデンティティが問題になるのですよ。日本は良い物を安く、という意識が根幹にあって、そういうものを作れば売れると。お宅の会社の強みは何ですか、と聞くと業種を問わず真面目なもの作りです、という答が多いんですよ。
山崎 それから、日本企業ってブランド買収してもつぶしちゃうケースが多いんですよね。日産はプリンスつぶしたし、ソニーはミノルタというブランドをつぶしちゃいました。
自動車業界の未来は? 電動化で訪れるブランドの変革
田中 ところで話は変わりますが、自動車は電動化に向かっているじゃないですか。電動化時代になるとブランドってどうなっちゃうんだろうと。その辺関心があるのですが、山崎さんはどう思っていますか?
山崎 BEVだと商品上の差別化が難しくなるので、ブランドの重要性がより高まると思います。時計とかもそうですよね。ロレックスなんて精度が高いとかいうけど安物のクオーツ時計の方がはるかに正確なわけで。でもブランド力のあるブランドは高く売れるわけです。要は幻想を売れるかどうかなんですよ。車もどんどんそうなっていくと思います。
田中 技術的な差別化が難しくなると、高い金額で買ってくださいって説得するのがどんどん難しくなるわけですね、なるほど。話は変わりますが、ブランドってストーリーが忘却されるくらいになると強い、という話があります。たとえばマクドナルドやスターバックスってそのブランドの由来とか知っている人ほとんどいないでしょう? もうブランド力だけが人々の頭の中でコロコロ転がっていくみたいな。そういうことって車でもありますか?
山崎 メルセデス・ベンツはまさにそうですね。一時、品質問題や安全性の問題を起こしましたけど、ブランド力は強いままだったし、売り上げも落ちなかった。でもちゃんとした歴史を知っている人なんてごく一部です。
田中 私は山崎さんにひとつリクエストがあります。今回の本はコンパクトにまとまっていて読みやすいのですが、日本車のブランドの歴史をもっと突っ込んで書いてもらいたいです。私もブランドの歴史を私の本の中で書いているのですが、車についてはあまり分析できていないんです。
山崎 それは面白いかもしれませんね。でも、今回32のブランドについて書いたのですけど、実はもっと書きたい、調べたいブランドもたくさんあるんです。
田中 そういうのも含めて是非また書いてください。
山崎 ありがとうございます。ご期待に応えられるよう頑張ります。
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トヨタやメルセデス・ベンツなど主要な自動車ブランドを個別に取り上げ、それぞれのブランドが自動車にとって変革期とも言える現代において、どのような戦略を展開しているのか詳しく掘り下げる。