目次
ドメスティックな「バニング」とは違う「STREET VAN」の魅力
HOTROD(ホットロッド)、LOWRIDER(ローライダー)、RICE ROCKET(スポコン)、Cal Look(キャルルック)、TRUCKIN’(トラッキン)……アメリカン・モーターカルチャーにはさまざまなジャンルが存在し、これまでイベントリポートなどを通じて紹介してきた。だが、そんなアメリカン・カスタムの中でまだ取り上げていないものがあった。今回取り上げる「STREET VAN(ストリートバン)」がそれだ。
日本では「バニング」と言った方が通りが良いかもしれないが、これは和製英語でアメリカでは通じない。それに日本で「バニング」というと、ハイエースやキャラバンをベースに派手なエアロでエクステリアをデコレーションし、インテリアを金華山織りのモケットに張り替えたカスタムカーと思われてしまう。その源流はアメリカにあるのだが、もはや原型を留めておらず、完全に別のジャンルとなっている。そうしたことからここではSTREET VANという言葉を使わせてもらう。
南カリフォルニアのサーファー文化を起源とするバンライフ
その始まりは”ワーゲンバス”
STREET VANの歴史は1960年代のアメリカ西海岸から始まった。本来のバンの役割は荷物を運んだり、セダンやステーションワゴンでは乗り切れない大勢の人を乗せたりすることにあるわけだが、広い車内を有効活用すれば駐車中に部屋としても使うことだってできる。それに気がついたのがカリフォルニアのサーファーたちだった。
筆者はこのマリンスポーツを嗜ないので詳しいことは知らないのだが、サーフィンをするにはサーフボードの他に、体を洗う水の入ったポリタンクやポータブルシャワー、着替えのためのサーフポンチョ、タオルやバケツなどの小物類、季節によってはウェットスーツなどが必要になるそうだ。
これら大量の荷物を運ぶのにセダンではやや荷が勝ちすぎている。ステーションワゴンやピックアップトラックでも積載性には問題ないのだが、早朝の良い波に乗るために前夜から車中泊したり、サーフィンの合間の休憩、あるいは種の保存のための男女間スポーツ(1960年代の「性の革命」を経て、この種のスポーツはカジュアル化した)などのことを考えれば「移動する部屋」として使えるバンのほうが彼らには好都合だった。
しかも、この時代は強いドルを背景としてドイツから「ワーゲンバス」ことフォルクスワーゲン(VW)・タイプIIが価格の安さをウリにアメリカ市場に大量に輸入されていた。これならばユーティリティは良好な上に、維持費も安く済む。懐事情の寂しいサーファーの若者たちがVWタイプIIに注目したのは当然のことだった。
ビッグ3がフルサイズバンをラインナップ! 全米で支持を集める
西海岸の若者たちの間でVWタイプIIがスマッシュヒットを飛ばしていることに気づいたビッグ3は、この市場をVWから奪おうと対抗馬となるモデルを相次いで市場に投入した。GMのシボレー・コルヴェア ・グルーンブライアー(1961~65年)、シボレー・スポーツバン(1964~70年)、フォードの初代エコノライン(1961~67年)、クライスラーのダッジA100(1964~70年)などがそれだ。
これらのバンはもともとビジネスユースを前提にしたモデルということもあり、新車価格がリーズナブルだったことに加え、中古車になるとさらに安く買うことができた。しかし、キャブオーバースタイルのボディはスペース効率に優れる反面、この頃から年々厳しさを増し始めた衝突安全基準に対応するには不利なカタチとなる。
さらにはキャブオーバースタイルの独特のドライビングポジションは、アメリカ人の好みにどうにも合わなかったらしく、西海岸以外の地域では大きな支持を集めるまでには至らなかった。
しかし、1970年代に入ると状況は一気に変わる。ビッグ3はキャブオーバーバンの後継として、ニ代目フォード・エコノラインやシボレーGシリーズ(シェビーバン)、初代ダッジ・ラム・バンなどのセミキャブオーバースタイルのフルサイズバンを相次いで登場させたのだ。
これらの車両は厳しくなった安全基準を満たすばかりでなく、より乗用車に近い運転感覚、より広い車内空間、静粛性や乗り心地の向上、パワフルなV型8気筒エンジンとの相性の良さなどの理由から登場とともに人気を博した。また、基本コンポーネンツをピックアップトラックから流用したことから、ビッグ3にとっては開発・製造コストを安く済ませられるメリットがあった。
市場とメーカーの利害が一致したこともあり、ビッグ3製のフルサイズバンは西海岸の市場をVWから奪うばかりか、アメリカ全土にバンを広く普及させることに成功し、ピックアップトラックとともにアメリカの商用車市場を長らく独占することになったのだ。
ピックアップトラックベースなのでカスタムは思いのまま
メーカー直系のカスタムオプション車も登場
アメリカン・カスタムカルチャーの本場であるカリフォルニアでは、VWタイプIIのブームの頃から自分好みに内外装を改造するのが流行っていたが、前述の通りフルサイズバンはピックアップトラックをカスタマイズするノウハウと豊富なアフターパーツが使えたことからバンがカスタムの素材に選ばれることが次第に増えて行き、やがてはSTREET VANという新たなカスタムジャンルを誕生させることになった。
フルサイズバンをベースにすればパワーアップも車高の変化も思いのまま。ボディに手を加えてオリジナリティあふれる個性的なルックスにしたり、好みのホイールを履かせたり、豊富なカスタムパーツを用いてメッキ装飾によるゴージャスなルックスに変身させることが可能であったし、ペインターに依頼して極彩色に塗り替えたり、フレイムスやトライバルパターン、ピンストライプやブラシアートを施すことで世界に1台の個性的なマシンに作り替えることなど雑作もないことだった。
もちろん、エクステリアに合わせてインテリアもカスタムされた。キャンピングカーのようにテーブルやベッドを備えたり、オーディオに手を加えたり、シートをフェイクファーやラグで居心地の良いものとしたり、床をウッドやクッション材で張り替えたりと、オーナーたちはそれぞれ自室の模様替えをするような感覚で自分好みのスタイルを追求したのである。
商売に聡いメーカーがこうした状況を見逃すはずもなく、ブームに便乗して充実したディーラーオプションを用意するだけでは飽き足らず、ダッジの営業部門などはそっくりそのまま『STREET VAN PACKAGE』という名前でパッケージオプションを用意するほどだった。
映画を通じてアメリカ流のバンライフが日本でもブームに
アメリカでのこのブームは1970年代末に海を超えて日本にも到来。当初はアメリカ車ファンを中心に一部の好事家による静かなブームであったが、1979年に公開された映画『バン・バニング・バン(原題:Van Nuys Blvd)』によって、アメリカの若者によるバンライフが紹介されると、「バニング」という言葉とともに、カスタムのジャンルとして世間に広く認知されるようになった。
バン・バニング・バン(原題:Van Nuys Blvd)/1979年公開 L.Aにある「バンナイス・ブルバード」を舞台にそこに集まる若者の恋とカーライフをコミカルに綴った青春映画。1974年度のプレイメイト・オブ・ザ・イヤーのシンシア・ウッドをヒロイン(お色気シーンあり)に迎えた低予算のB級映画で、監督はウィリアム・サックス。当時のSTREET VANの姿と若者のバンライフを知る上で貴重な映像資料となるのだが、日本ではソフト化されておらず、残念ながら現在のところ視聴は困難。邦題で使われた「バニング」という言葉が日本で浸透するのはこの映画のおかげとなる。なお、シンシア・ウッドは『地獄の黙示録』のカウガールスタイルのプレイメイト役を演じたことでも知られる。また、1983年公開の劇場アニメ『ゴルゴ13』にシンディ・ウッド名義で日本語の挿入歌を提供したほか、心理学の博士号を持つなど意外に多才なピンナップガールだった。
その結果、それまで正規・並行問わず輸入されることがまずなかったフルサイズバンが次々に上陸。だが、アメ車の新車は今以上に高価であり、それらを買えるのはごくわずかな資産家とその子弟に限られた。大多数の若者はハイエースやキャラバンという安価な国産車をベースに思い思いのカスタマイズを施し、バンライフを楽しむこととなった。
やがて、この流行はより過激に、さらに目立つスタイルへ先鋭化することになり、STREET VANとはまったく異なる「バニング」という日本独自のスタイルに変化して行ったのは先ほども述べた通りだ。
エクステリアはスポーティ、インテリアはアーリーアメリカン風
絶妙なミスマッチ感覚が魅力のシェビーバン
そんなアメリカ流のSTREET VANだが、「バニング」というドメスティックなカスタムスタイルが生まれたのちも、アメリカ車ファンの間では人気のカスタムジャンルとして、今なお多くの愛好家が存在する。3月10日に開催された『SPRING Party!』でもCOOLにカスタムされたSTREET VANが多数エントリーしており、今回はその中から内外装に手が入ったCOOLなシェビーバンことシボレーG20を紹介しよう。
鮮やかなオレンジの車体にレーシングストライプをバッチリ決め、オーバーフェンダーにチンスポイラー、サイドマフラーで武装した写真のシェビーバンは、1971~96年まで製造された長寿モデルだ。フロントマスクはビレットグリルに変更されていることから正確な年式はわからないが、おそらくは1991年型だと思われる。
シェビーバンにはホイールベースが110inc、125inc、146inc(キャンピングカーや救急車への架装を前提にしたカッタウェイシャーシのみ用意された)の3種類が存在するが、この車両は125incシャーシのG20である。
エクステリアがこれだけスポーティだと、インテリアはクラブ風にオーディオカスタムが施されているか、あるいは市松模様のフロアにチープシックなテーブルやチェアを備え付けて60’s風にまとめたアメリカンダイナースタイルかと思いきや、開け放たれたリアゲートを覗き込むと、意外なことにリアルウッドを用いたアーリーアメリカン調のコンフォータブルな空間が広がっていた。これは楽しくも小気味良い不意打ちだ。
さてはキャンピングカー架装業者か、インテリア施工業者による仕事かと思い、オーナーに話を聞くと「休日を利用してコツコツとDIYで仕上げました」というから二度ビックリ。職人の方かと思い失礼ながらご職業を尋ねたところ「素人の趣味ですよ。使っている材料はホームセンターで揃えました」との返答。センスは抜群だし、仕上げも丁寧。とてもアマチュアの趣味とは思えないレベルで、まさに玄人はだしとはこのことだろう。
オーナーによると、休日はこのクルマで家族と一緒にキャンプに出かけたり、カーミーティングに参加して楽しんでいるそうだ。この日は家で留守番をしているそうだが、ペットのフクロウ君も一緒のことが多いのだとか。その言葉の通り、車内に備わるチェストには彼のためのバードゲージが設置されていた。
こんなにカッコ良く、快適なSTREET VANで過ごす休日はきっと格別なものになるのだろう。なんとも羨ましくなる1台だ。