MAZDA×SUBARU 再生カーボン材を使ったライバル同士の「共挑」とは?

スバル本社(東京・恵比寿)にMAZDA3が展示されている。なぜか? スバルの再生カーボン材をマツダのスーパー耐久参戦マシンに使っているからだ。競争の場であるレースで、「共挑」する取り組みだ。再生カーボン材とはどんな素材で、なぜマツダがスバルの技術を採り入れたのか?
TEXT & PHOTO:世良耕太(SERA Kota)

『S耐 ワイガヤクラブ』とは?

東京・恵比寿にあるスバル本社ビル1階

ここは東京・恵比寿にあるSUBARU恵比寿ショールーム。恵比寿駅からほど近い、スバルの本社ビル1階である。ここになんと、MAZDA3が展示されている。スーパー耐久(S耐)シリーズ参戦車両のMAZDA SPIRIT RACING MAZDA3 Bio conceptではあるが、マツダのクルマがスバルのショールームに展示されるのは史上初めてとのこと。広いショールームには同じくS耐参戦車両のTeam SDA Engineering BRZ CNF ConceptとHIGH PERFORMANCE X FUTURE CONCEPT(俗称「ハイパフォ」)も展示されていた。

スーパー耐久シリーズ参戦車両のMAZDA SPIRIT RACING MAZDA3 Bio concept

マツダをスバルに引き寄せたのは日本最大級の参加型レースであるS耐であり、ST-Qクラスに参戦する自動車メーカー5社が立ち上げた『S耐 ワイガヤクラブ』の存在だ。ST-Qクラスは自動車メーカーが開発中のクルマを走らせられるよう2021年に設立されたクラス。2022年には、ST-Qクラスに参戦するトヨタ(GR)、マツダ、スバル、日産、ホンダが「モータースポーツの現場からクルマやモータースポーツの未来を創っていく」理念を掲げ、『S耐 ワイガヤクラブ』を設立した。

ステッカーのデザインは、マツダのデザイナーの手によるもの

参戦車両にはワイガヤクラブのスローガンである「共挑」のステッカーが貼られている。ちなみに共挑のロゴはマツダのデザイナーがデザインしたそうだ。

S耐の現場で開かれるワイガヤクラブではST-Qクラスでカーボンニュートラル燃料(CNF)をどう扱っていくか、人材育成にどう取り組んでいるのか、レースの現場をどのようにして盛り上げていこうかなどといったテーマについて、自由な雰囲気で議論をかわしているという。そんなワイガヤクラブの交流から出てきたのが、スバルが発案した再生カーボン材のS耐参戦車両への適用だ。

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2022年にBRZで使い始めたこの技術を、スバルはワイガヤクラブで「誰か乗りませんか?」と提案した。その提案に「お願いします」と手を上げたがマツダだった。重たいフロントを少しでも軽くしたいという思いと、どうせカーボンを使うならCO₂排出量低減に結びつく技術でやりたいという考えが手を上げさせたという。

SUBARU航空宇宙カンパニーから出る端材が原料

こうして、スバルの再生カーボン材は2024年のS耐MAZDA3のボンネットフードに採用されることになった。それが、マツダのクルマがスバルのショールームに展示されることになったきっかけである。再生カーボン地むき出しのMAZDA SPIRIT RACING MAZDA3 Bio conceptのボンネットフードにはふたつの会社が再生カーボン材を通じて手を結んだことを示すMAZDA×SUBARUのロゴが施されている。

再生カーボン材はSUBARU航空宇宙カンパニーでの航空機製造工程で発生する端材が原料だ。それゆえ、S耐MAZDA3のボンネット上のSUBARUロゴの下に、「AERO SPACE TECHNOLOGY」と記してある。同社はボーイング787の中央翼を製造している。中央翼は左右の主翼と前後の胴体をつなぎつつ荷重を支える重要な部位で、高い強度と剛性が求められる。シート状のプリプレグ(炭素繊維に樹脂を含浸させた状態)から無駄のないように部品の形状を切り出していくが、どうしても端材が出てしまう。発生する端材はこれまで廃棄されていた。

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その端材からプリプレグの樹脂のみ焼き飛ばし、新品同様の炭素繊維に戻す。戻した炭素繊維に再び樹脂を含浸させることでプリプレグにし、成形してレース専用のCFRP(炭素繊維強化樹脂)にするわけだ。炭素繊維を再利用するので、最初から炭素繊維を作るのに比べて製造エネルギーを10分の1程度にできるという。そのぶんCO₂排出量の低減につながるというわけだ。

S耐参戦車両のTeam SDA Engineering BRZ CNF ConceptとHIGH PERFORMANCE X FUTURE CONCEPT(俗称「ハイパフォ」)のリヤウイング

BRZにはボンネットフードとアンダーカバーに再生カーボン材を適用。2024年第3戦から投入されたハイパフォはリヤウイングのメインプレーンと翼端板に再生カーボン材を採用しているが、BRZのボンネットとは異なる技術を適用している。小さな端材から樹脂を焼き飛ばすと繊維は短くなる。短い繊維は使い勝手が悪いので、よって糸にしたり、織物にしたりせず、一方向に揃えたスライバーという状態で使う。ハイパフォのリヤウイング表面を見ると、スライバーに独特の模様が確認できる(2層目以降は再生カーボン織物材を使用)。

翼端板は「カーボン」と聞いて多くの人がイメージする平織り模様だ。ただし、ただの再生カーボン材ではない。再々生カーボン材だ。破損したBRZのアンダーカバーを原料に炭素繊維を抽出し、もう一度再生させたもの。再生カーボン材を再生させたので、再々生カーボン材というわけである。「何回も使うことにトライしたい」と再生カーボン材の開発に携わる技術者は力を込めて言った。

スチール比で14kg弱の軽量化を実現した再生カーボン材のボンネットフード

MAZDA3はスバルの再生カーボン材をボンネットフードに適用。スチール比で14kg弱の軽量化につなげた。スバルが使っている再生カーボン材よりも高強度の材料を使っており、そのぶん軽量化の効果は高いという。2024年の最終戦では大型のフロントスプリッターとリヤウイングを投入して空力性能を高めたが、これらのパーツには再生カーボン材を適用していない。今後はスプリッターとリヤウイングも軽量化効果が期待できる再生カーボン材にしていきたいとしている。

再生カーボン材を通じ、スバルを基点に自動車メーカーの垣根を越えた輪が広がりつつある。マツダ以外のメーカーからも引き合いを受けているというから、再生カーボン材の輪は今後もうひとまわり大きくなりそうだ。

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著者プロフィール

世良耕太 近影

世良耕太

1967年東京生まれ。早稲田大学卒業後、出版社に勤務。編集者・ライターとして自動車、技術、F1をはじめと…