相手にするのは、航空機火災
航空自衛隊が活動拠点とする各地の航空基地には各々消防隊が組織され、専用消防車などの装備や資機材とともに火災や事故などに対応するため活動している。空自の消防隊とは、町々に置かれた消防署の組織や装備などと同じようなイメージだが、相手にするものが違う。空自消防隊が相手にするのは、いわゆる航空機火災だ。町の消防署とは消火装備や役割に違いがある。
航空機は機内に大量の燃料を積んでいる。その航空機になんらかのトラブルや事故が発生したときの最大脅威は、その燃料が燃えることで起きる火災だ。火がついた燃料は水を掛けても消えない。むしろ燃料火災は消火しようとした水で勢いがついてしまう。航空機火災を消火するには水と消火剤(薬剤)を混ぜて作った泡を使う。炎を泡で包むように周囲の空気から遮断して鎮火させるのだ。航空機火災に施される泡消火は、住宅火災など通常火災に対する放水消火とは手順や活動内容も別ものになる。だから対応する消防車などの装備も独自のものが必要だ。
空自の各航空基地にはさまざまな消防車が常駐しているが、主力になっているのは名称「破壊機救難消防車」と呼ばれるもの。今回紹介しているのは型式「A-MB-3」とされる現用車で、写真で紹介している車両は特装架装メーカーとして知られるモリタ社製の「MAF-100C」。
破壊機救難消防車A-MB-3は1980年台後半から導入・配備が開始された型式。A-MB-3にはこのほか米オシュコシュ社製車両をベースに日本国内の架装メーカーが空自の仕様に合わせて改装を行なった車両もある。型式で遡っても、こうした大型特殊消防車の類は外国製の導入や、それをベースに改造や仕様変更などを行なって使う例が昔から見られる。2010年代には整理更新等がなされ、自衛隊の使う救難消防車は「救難消防車IB型」「救難消防車II型」というふうにさらに整理が進んだ。
破壊機救難消防車A-MB-3の特徴は車体内に1万8800ℓの水と720ℓの消火剤を搭載していること。水と消火剤を使い分けて消火活動を行なう。車体上部には放水銃のターレットを設置、これは車内から遠隔操作できる。放水銃からの放水は80m先まで届き、炎の勢いが強い火災でも消火できる。
車体各部には必要な資機材を搭載している。車体から消火ホースを繰り出して、一般の消防車と同じように消火隊員が手に持って放水する「ハンドライン」という手法も展開できる。
この消防車一台で消火活動が行なえるので、空自の戦闘機など航空機が日常の飛行訓練などで運行されている間は、滑走路中央付近で常に待機し(センタースタンバイ)、事故や火災が起きた場合、すぐさま現場に駆けつけ数分で消火することができる。パワーも走破性も大きい。
たしかに、空自航空基地での取材を思い出すと、飛行隊の朝ブリーフィングのあと、まず消防車が滑走路横に進み出て待機を始め、そこから各部隊が航空機離陸へ向けた諸作業を進めてゆく光景が展開されていた。戦闘機が空に上がり空自基地が稼働している間、消防車と消防隊の面々はスタンバイを続けていることになる。
航空機が離陸前になんらかのトラブルから火災に見舞われることもある。そして離陸前の機体は多くの燃料を搭載していることになる。こうした条件下での出火は大火災につながる可能性を持つ。実際、離陸へ向けて誘導路を走行中の戦闘機が火災を起こし、センタースタンバイ中の消防車が駆けつけ、数分で消火した例があるという。このとき爆発などは起きなかった。消防隊の任務はまず乗員の救助にあるが、被害を最小限度に抑え機体を守るのも重要だ。短時間で消火できる能力を持つ消防車の機能と存在が光るのはこの面でもある。
空自航空基地と民間空港が同じ滑走路を使う共用空港で、空港側が消防隊を持たない場合、空自の消防隊が民間航空機の事故や火災に対応する仕組みになっているという。空自百里基地のある茨城空港がこの例になる。また、地元自治体との協定により百里基地近隣での火災などに出動要請を受けて出場する枠組みもあるそうだ。