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T-4を模した加工を施した……
2022年8月27日と28日、宮城県東松島市で「東松島夏まつり」と「松島基地航空祭」が行なわれた。ここは空自のアクロチーム「ブルーインパルス」の地元であり、インパルスも展示飛行を行なった。これは前回お伝えしたとおりだ。
だが、「東松島夏まつり」では、もうひとつのアクロチームである「ブルーインパルスJr.(ジュニア)」も妙技を披露し、集まった大勢のファンを笑顔にさせたことをご存じだろうか。
ブルーインパルスJr.とは、オートバイ(スクーター)に本家ブルーインパルスの使用機体である中等練習機「T-4」を模した加工を施し、複数台でアクロバティック走行を見せる集団のことを指す。
使用機体(車体)は、その昔はホンダ・ディオをカスタムしたものだったそうだが、現在はホンダ・ジャイロキャノピーがベースとなっている。
インパルスJr.の機体(車体)を見てみよう。ボディサイドには2基のエンジンを模したものを備えている。主翼など各翼も備え、垂直尾翼は大きく特徴的な存在感を見せる。
左右のエンジン下部からは着陸脚を模した補助輪が延び、機体(車体)を大きくバンクさせた旋回時には接地し安定性を確保する仕組みとなっている。
カラーリングは本家同様に青と白で塗り分けられた精悍なイメージに加え、可愛らしさも感じるものとなっている。
乗り込むパイロット(ライダー)たちは、これもやはり本家同様の濃紺のフライトスーツ(ツナギ)を着込み、白いグローブとブーツを身に着け、もちろん本物のヘルメットを被るスタイル。
機体(車体)とパイロット(ライダー)たちは基本6機(6台)で編隊を組み、本家同様の課目(アクロ飛行の演目)を披露する。そのときの事情や状況により機数は増減するという。
ここまで「本家同様」という表現でブルーインパルスとインパルスJr.を比べるような説明を何度も書いてしまったが、こういう言われようをインパルスJr.はきっと気に入らないだろう。
インパルスJr.とは、単なるブルーインパルスのモノマネ集団ではなく、密接な関係でありながら一線を画する、特殊表現集団と理解するべきだ。
改造バイクでアクロ飛行(走行)を見せる自衛官たちなのである。同時に、改造バイクで走る公務員、と読むと少しヤバイ印象になってしまうので書きように注意せねば……。
インパルスJr.の歴史は古い。発足は1993年とされ、もう29年にもなる。その昔、航空自衛隊のあるイベントで戦闘機を模した改造を施した原付バイクを展示し、人気を得たことがあった。これがインパルスJr.の源流とされている。
この改造バイクを手製した空曹(空自の階級、諸外国軍でいう「軍曹」に相当)が、ブルーインパルスの拠点である松島基地へ異動した。おりしもインパルスの3代目となる使用機体がT-4に決定し、カラーリングなどを公募する時期だった。
この空曹はそこで改造バイクを使った走行演技を見せるチームの結成を決めたといわれ、これがインパルスJr.創設の動機とされている。しかしなにぶん、正式な「部隊」でもなんでもないから、チームは同好会やクラブ活動といった扱いで走り出したという。ちなみに、これは現在でも変わらないそうだ。
チーム員の多くは松島基地の整備畑などを軸とした人員で構成される。現在は女性隊員も存在するといい、そうした面では本家インパルスを上回っている。
しかしチーム創設当初、機体(車体)はどうするのか? 運営費は? そもそも組織上層部は許すのか? など、課題は多かったと言うが、最大の難関と考えられた上層部は意外や理解を示したという。そうなればあとはやるだけだった。
インパルスJr.の「初飛行」はその1993年の「矢本町まつり」。矢本とは松島基地のある宮城県東松島市の町で、「矢本町まつり」とは先ごろ行なわれた「東松島夏まつり」の当時の様相のことだと思われる。つまりインパルスとインパルスJr.、矢本の町の夏祭りは昔から連携していたわけだ。
93年にデビューして以降、インパルスJr.は各地の空自航空基地で行なわれる航空祭や民間イベントなどでの展示飛行(走行)を重ね、知名度を広げファンを獲得。空自の広報活動の一翼を担う存在となっていった。
しかし「部活動」のような位置づけのため、機体(車体)の製作や整備維持、遠征や運営などには苦労したようだ。そもそも廃車のバイクを直して機体を作るようなところから始まっているというのだから、その苦労はなかなかのものであったと推察される。
各地で「飛ぶ」!
そうしてブルーインパルスJr.は日本各地のイベントで「飛ぶ(走る)」ようになった。
インパルスJr.の知名度があがるにつれ、空自内でほかのチーム結成が見られたり、海上自衛隊や陸上自衛隊にも同様な「地上アクロ演技チーム」の結成が続いた。自衛隊にはこういう「イケる」物事を放っておかない人々が多い。
空自ではパイロット教育の拠点・静浜基地に配備された練習機T-7を模したチーム・T-7ジュニア「リトルウイング」が続き、ほかにも輸送機やヘリコプターを模したものがある。
軽自動車や3輪バイクなどを改造ベースにしているという。各々が拠点とする基地で活動し、基地祭などで飛行(走行)している。
海上自衛隊では哨戒機P-3Cを模したチームが結成され、潜水艦を模した乗り物を追跡する訓練展示をやはり基地祭などで披露しているという。
また護衛艦を「ミニ化」「キャラクター化」した構造物も作られ、記念写真用途などに使われたりする。ちなみに横須賀には小型化・デフォルメされた「護衛艦『ちびしま』」と「護衛艦『こいずも』」がある。
補足すると「ちびしま」はイージス艦「きりしま」を基にしたもので、「こいずも」は空母化が進むヘリ搭載護衛艦「いずも」なのだが、横須賀出身の元総理大臣の名前にも似た字面で、筆者はなんだか少しゲンナリしてしまった。
そして陸上自衛隊でも攻撃ヘリや観測ヘリを模した改造バイクが駐屯地祭で活躍したりしている。
こうした自衛隊装備や運用の「レプリカ化」や「マスコット化」、「キャラクター化」とでもいう活動や風潮を支持しない方々もいるだろう。
しかし、日本列島周辺国の軍事的脅威と同時に、自衛隊(と我が国)が抱える最大の脅威は、日本の少子高齢化だ。
数十年前からわかっていたことだが、この先、自衛隊は人数的に成り立たなくなるだろう。人員確保するための手段のひとつは広報・PR・リクルートだ。
基地祭や駐屯地祭で自衛隊の活動内容を知らせ、自身の進路や就職先としても関心を持つ人々にアピールする活動である。インパルスJr.などの活動はリクルート目的にのみ直結するものではないのだろうが、まったく別の物事でもない。
日本の「構造」と対峙する前線で彼らは飛行(走行)しているのだと捉えることもできる。
どこまでも真剣に「飛行している」
さて、肝心の「東松島夏まつり」でのインパルスJr.の飛行(走行)だ。
展示飛行空域はお祭り会場となった矢本の街のなか、道路の一部を区切って特設された。曇り空から回復した炎天下のもと、じつに大勢の人々がJr.のフライトを待っていた。やがて実況ブースから飛行開始が告げられ、4機(4台)のフライトが始まった。本家と同様のフォーメーションや接近でのすれ違い、エキサイティングでコミカルなパフォーマンスが展開された。
開始早々、猛暑環境下ゆえに観衆の反応がイマイチと見た実況アナウンサーは「みなさん、いまは休憩時間ではありません。集中しましょう」などと、煽りとも取れるツッコミを放つ。絶妙なセンスだ。それで観衆は笑い、テンションは上がる。続けて実況は脱水対策の給水を促すことも忘れない。
そもそもインパルスJr.は路上を走っているのだが、これを彼らは「飛行している」と頑として言い張る。車体をフルバンクさせ補助輪が路面に接地しキーキーと異音を立てたとしても「旋回飛行中だ」と言って譲らない。意固地だ。
課目「コークスクリュー」では小型旋回機を手動で操作する。バカバカしい。だいたい、曳いているスモークはビニールひもの束で表現していてどこまでも安っぽい。だが、これがインパルスJr.の世界観なのだ。
そんなありさまを見せられている我々観衆としては、どこか釈然としない思いを抱えると同時に、目前で展開されているバカバカしいが愛着のようなものを感じる情景とこの状況を受け止めて、純粋に楽しい気分になっている自分に気づく。自分はインパルスJr.劇場の観客なのだ。そして楽しむって、こういうことだったなぁと思い出す。
みんないい大人だ。いい大人が完全装備で改造バイクを走らせてこれは飛行機のアクロ飛行だと言い張り、それを見ている大人もニヤニヤしている。
しかし観衆を見回せば子どもの数より大人の数の方が多かった。少子高齢化に対する広報・PRのためにも地上アクロ走行チームが云々、などと書いたものの、あの日の観衆の年齢構成を思い返すと落ちつかない。
会場の子どもたちも笑っている子は多かったが、圧倒的に大人が多かった。しまった……。せっかくなのだから、いまの大人たちが考えていることや、笑うポイントはこうなんだけど、キミらはどうなの? 子ども達になにが面白かった? と聞いてみればよかった。
後悔先に立たず。インパルス修行を続け、ますます精進いたします。