ボルグワーナーの水素エンジン技術:制御で水素燃焼を手懐ける

カーボンニュートラルの旗の下、EVが注目を集めるいっぽうで水素利用の動きが、静かな広がりを見せている。その背景にあるのは電動化が不得手とする領域の存在。なかでも興味深いのが水素を燃料として用いる内燃エンジンである。

TEXT:髙橋一平(Ippey TAKAHASHI) PHOTO&FIGURE:BORG WARNER

モーターファン・イラストレーテッド vol.189より一部転載

「たとえば、トラックをEV化する際に問題になるのが、バッテリーの大きさとその重量です。バッテリーが大きく、重くなれば、そのぶん積載量が減ってしまいます。とくに長距離を移動する大型トラックともなると、かなり厳しいと言わざるをえません」

ボルグワーナーで水素エンジン向けの燃料システムを手がけるハーマン・ブライトバッハ氏は、水素を燃料として用いる内燃エンジンの前提として、このように語りはじめた。
 その背景には、欧州委員会による水素利用の推進という、政治的な要素もあるのだが、それ以前の問題として重要なのが、おもに物流に用いられる商用車においてEV化のハードルが高いという事実だ。

原因はバッテリーである。リチウムイオンバッテリーの登場と、技術の熟成により、内燃エンジンと同等の航続距離を得るに至ったEVだが、それも乗用車での話であり、軽量化を推し進め、ハブベアリングの損失までを削減したうえ、フロア一面にバッテリーを敷き詰め、ようやく確保できた結果に過ぎない。
これが大量の荷物を積載する商用車となると、この“成功体験”は通用しなくなってくる。荷物によって嵩む重量を運ぶためには、多くのエネルギー、EVの場合は電力が必要であり、バッテリーは巨大になってしまう。バッテリーが大きく重くなれば、それを積んで走行するためのエネルギーはさらに大きくなる……これはEVであればすべてに当てはまるジレンマだが、商用車ではこれがシビアに効いてくると思って間違いない。
冒頭でブライトバッハ氏が触れていたように、大型トラックではさらに顕著になってくる。GVW(Gross Vehicle Weight:最大積載状態の全体の総質量)による制限が関わってくるため、大きく巨大になるバッテリーの重量分だけ、積載量が減ってしまう(同社の試算によれば、GVW40トンのトラックでは、バッテリーだけで8トンを超えるという)。これは輸送という業務に供される商用車としては、切実な問題だ。リチウムイオンバッテリーは乗用車のEVを可能にはしたが、商用車用途まで視野を広げると、まだまだ役不足といわざるを得ないのだ。

「カーボンニュートラルの手段はEVだけではありません。FCEV、そして水素エンジンもCO2排出はゼロです。我々はすべての選択肢を視野に入れていますが、車両コスト、ランニングコストという面まで考慮すると、水素エンジンがもっともリーズナブルであると考えています。エネルギー効率でいうならFCEVのほうに分がありますが、それを差し引いても水素エンジンは魅力的な存在になると思います」(ブライトバッハ氏)

氏によれば、FCEVは基本的に水素エンジンよりも効率に優れるものの、極寒時などには水素と酸素の反応で生じる水の凍結を防ぐためのヒーターが必要になるなど、運転環境によっては大きく効率が低下することがある。水素エンジンはこれまでの内燃エンジンと同様に、環境の影響を受けないため、効率面の差は“額面”ほど大きくはないとのこと。それよりもフューエルスタック、そして(電力の)バッファーとして必要になってくるバッテリーに大きなコストが掛かることが問題だという。
これに対し、基本的にガソリンやディーゼルなどの内燃エンジンをベースに、燃料系を変更するだけで成立する水素エンジンは、いわば“手軽”というわけだが、それはあくまでFCEVと比較した場合の話。ガソリンやディーゼルが用いるのは種類こそ違えど液体燃料という点で共通だが、水素エンジンのそれは気体、ガスである。しかも水素といえば気体の中でもっとも軽い、言い換えれば一番密度の低い存在。当然ながらその扱いは大きく異なる。

「まず、水素は非常に引火しやすい性質を持っていますので、重要なのが安全の確保です。万が一のリーク(漏れ)を検出するためのセンサーが必要になります。それから、とても密度が小さいのでインジェクターにも工夫が必要です。1サイクル分の燃焼に必要な水素だけでもかなりの体積になってしまいますので、これを素早く、しかも正確に流すための工夫が必要になります」(ブライトバッハ氏)

PFIのガソリンエンジンの水素燃料化に対応するシステム。ECUのハードウェアは基本的にガソリンエンジン用とほぼ共通だが、実装されるソフトウェアは専用。なかでも重要なのが、火花点火のPFIで発生しやすい水素のバックファイヤー現象への対応で、点火や噴射のタイミングはガソリンとは大きく異なるものとなっている。

現在、ボルグワーナーが用意する水素燃料用のインジェクターには、ポート噴射(PFI)用と直噴(DI)用の2種類がある。前者については同社が10ほど前から手がけているCNG(圧縮天然ガス)用技術の延長ということで、見た目には一般的なインジェクターと大きく変わらないが、水素ならではの特徴が一目瞭然で判るのが、後者の直噴用インジェクターだ。
一般に直噴用のインンジェクターといえば、先端部分に微細な噴孔が並んでいるが、水素用のそれにはインジェクターの先端とほぼ同径(実際にはわずかに小径)のコントロールバルブが露出しているのだ。このインジェクターではこのコントロールバルブが外側(燃焼室側)に開いて、バルブ全周から水素が噴き出す。
大きく開口するための構造だが、バルブが大きければ燃焼室内の圧力も大きく受けることになり、開弁動作には大きな力が必要になるはず。しかもコントロールバルブの駆動はソレノイド。ストローク量もそれなりに必要なためにピエゾスタックは使えないのだ。ソレノイドで大きなトルクを発生させるためには当然ながらコイルの巻き数を増やすことになるのだが、それにともないインダクタンスも増加することになり、応答性が犠牲になるというのが定石だ。

「ECUにインジェクター用の昇圧回路を内蔵しています。高電圧を掛けることで応答性を確保しているのです」(ブライトバッハ氏)

聞けば空燃比はλ=1.6〜2.0のリーンバーンだという。燃焼速度の速い水素はリーンバーンが比較的容易なのもメリットとのこと。ちなみに、前述のインジェクターはガソリンエンジンベースの水素燃料化向けのものだが、大型ディーゼルにも対応する、さらに高圧対応のものについても現在開発が進められており、まもなく登場予定とのことだ。

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