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研究概要
名古屋大学未来材料・システム研究所 天野浩教授らの研究グループは、旭化成と共同で、世界で初めてUV-C帯域注2)274nmの深紫外半導体レーザー(UV-C LD)の室温連続発振に成功した。UV-C LDは殺菌や医療を始め幅広い応用が期待される光源で、本共同研究グループは2019年、世界に先駆けてUV-C LDの室温パルス発振に成功している。今回その技術がさらに進化され、より実用性のある直流電源によるレーザー発振に成功した。
本共同研究グループは、UV-C LD素子を形成する結晶の乱れがレーザー特性を劣化させることを見出し、全く結晶の乱れが発生しない素子の作製に成功した。これにより、レーザー発振に必要な駆動電力を従来の1/10までに低減させ、電池駆動も可能な室温連続発振を実現した。UV-C LDの特長を生かし、医療や殺菌などヘルスケア用途、ウイルス検知や微粒子などの計測やガス分析用途、さらには金属や炭素素材、樹脂素材など微細加工が難しい材料への高精細なレーザー加工用途への応用が期待されている。
今回室温連続発振が実現されたことで、様々な応用システムへのUV-C LDの搭載が可能となり、実用化に向けて飛躍的な前進が期待されている。今後も本共同研究グループは研究を発展させ、試作品を提供できる体制を構築し、アプリケーション開拓が推進される。さらに、2025年度を目途に製品化を目指した取り組みが展開されていく。なお、本研究成果は、アメリカ物理学協会の学術雑誌「Applied Physics Letters」に受理され、2022年11月24日17時(日本時間)に名古屋大学学術機関リポジトリで公開された。
研究背景と内容
深紫外半導体レーザー(またはレーザーダイオード)は、ヘルスケア、計測・解析、センシング、レーザー加工の分野で期待されている。本共同研究グループは高品質AlN(窒化アルミニウム)単結晶基板と分極ドーピング法を採用したことで、2019年に世界で初めて室温パルス電流駆動注3)によるUV-C帯域の深紫外半導体レーザーの発振に成功した。
一方、半導体レーザーの実用化には、電池での駆動も可能な室温連続発振が必須とされている。本共同研究グループは、連続発振の実現のために動作電流、および動作電圧の低減に注力し、研究が進められてきた。
本共同研究グループは、従来のUV-C LDのメサストライプ注4)の端に発生する結晶の乱れ、すなわち結晶欠陥に着目した。メサストライプ端の結晶欠陥は共振器内部に延伸することで閾値(しきいち)電流密度注5)を悪化させるだけでなく、電極設計に制限を与えることで駆動電圧を悪化させる。種々の試作、解析およびモデリングを用いた多角的なアプローチによる検討の結果、結晶欠陥の発生の原因がメサストライプにかかる応力の局所集中であることが見出されている。そこで、応力を制御するためメサストライプの構造を、従来の垂直型から傾斜型へと刷新し、結晶欠陥の抑制に成功した(図1)。さらに、光学設計の改良と薄膜結晶成長条件の改善も同時に行われ、閾値電流密度を4.2 kA/cm2、また閾値電圧を8.7 Vと世界最高水準まで大幅に改善された(図2)。これにより、レーザー発振に必要な駆動電力を従来の1/10に低減することが可能になった。
上記の成果により、半導体レーザー開発において重要なマイルストーンである室温連続発振が世界に先駆けて実現された。作製された深紫外半導体レーザーのパッケージデバイスは室温直流電流での駆動において、連続発振光が明瞭に観測された(図3)。本成果はUV-C帯域の深紫外半導体レーザーが将来的に実用化しうるポテンシャルをもつことを充分に示唆する結果である。
成果の意義
本共同研究グループは、2019年に世界で初めて室温パルス電流駆動によるUV-C帯域の半導体レーザーの発振に成功し、その実現可能性を実証した。今回の成果は、あらゆる波長域の半導体レーザーの実用化、発展において重要なマイルストーンである「室温連続発振」をUV-C帯域の半導体レーザーにおいて達成したものであり、深紫外半導体レーザーの実用化に向けて、その飛躍的な技術の進歩を示すものである。
【用語説明】
注1) 室温連続発振
室温で直流電流を通電してレーザー発振させる手法。
注2) 深紫外(UV-C)
波長280nm未満の紫外光。
注3) 室温パルス電流駆動
室温で素子にパルス状の電流を通電し動作させる手法。
注4) メサストライプ
紫外光を発生する活性層を含めた半導体多層膜構造を、光の進行方向が長辺となるような長方形型に彫り込んだ形状(図1参照)。
注5) 閾値電流密度
レーザー発振に必要な最低限の通電電流の密度。
注6) スペクトル
発光特性として波長ごとの発光強度を表現した。