「古いエンジンに新しい技術を取り入れ、環境性能を含めて良くしていきたい」と、代表取締役社長の水口大輔氏は、ADVANCED HERITAGEに込めた思いを語る。キー技術のひとつはプレチャンバー・イグニッションだ。F1に参戦するパワーユニットコンストラクターが高出力と低燃費を両立する技術として導入し、ル・マン24時間に参戦するトヨタやポルシェ(〜2017年)も採用。国内では、SUPER GT GT500クラスに参戦するホンダ、トヨタ(GR)、日産/ニスモが搭載する直噴ターボエンジンがプレチャンバーを適用している(GT500でプレチャンバーの適用を公言しているのはホンダのみ)。
量産車では2020年に発表されたスーパーカー、マセラティMC20がプレチャンバー適用第1号となった。高回転高負荷域を多用するレーシングエンジンへの適用にあたっても難問は数知れず存在するが、量産車の場合はさまざまな使用環境(広範囲な運転条件)を想定する必要があり、適用するには独特の難しさがある。しかも、30年以上前に設計されたRB26DETTエンジンには、できるだけ手を加えないのがコンセプト。本来ならプレチャンバーに最適な燃焼室なりポート形状なりを設計したいところだが、手を加えれば加えただけユーザーの負担が増えてしまう。「それは避けたい」というのが、HKSの思いだ。
RB26DETTのアドバンスド・ヘリテージはプレチャンバーのほかにも、バーチカルターボチャージャー、デュアルプレナムインテーク、デュアルインジェクションを適用すべく開発に取り組んでいる。バーチカルターボチャージャーは、ターボ入口と出口の曲げを少なくする技術で、圧力損失の低減や触媒の早期活性が狙い。デュアルプレナムインテークは、各気筒への均等分配と温度低減が狙いだ。デュアルインジェクションは高出力化にともなう高容積化への対応と、最適な混合気形成を両立するのが狙い。プレチャンバーも含め、各技術の詳細については、Motor Fan illustrated Vol.176を参照していただきたい。
HKSがプレチャンバーに着目したきっかけが天然ガスエンジンというのも、HKSらしいところだ。HKSはチューニングやアフターパーツのメーカーとしてのイメージが強いが、じつは自動車メーカーや部品メーカーと共同開発などもおこなっており、天然ガスエンジンの開発もそのひとつ。ガソリンエンジンの世界で話題になる前から天然ガスエンジンの世界では高効率化技術としてプレチャンバーが当たり前のように取り扱われていたという。
1973年に設立されたHKSは2020年8月の時点で、単独で300名弱、連結で400名弱の従業員が所属している。売上高は単独で58億5401万円、連結で72億2638万円だ(2020年8月期)。マフラーやサスペンション、電子部品に過給機などのアフターパーツの売り上げが全体の4分の3。残りは受託系だ。天然ガスエンジンの開発のほか、生産に加えて車両の架装までHKSで行なう。例えば、自動車メーカーからベースの車体を受け取り、LPGとガソリンのバイフューエルで動く状態に社内で施工(システム開発も行なう)。販売ディーラーに卸し、ユーザーに使ってもらうスキームが機能している。委託による試作エンジンの組立や試験、大学との共同研究なども行なっている。
多くの自動車メーカーから研究や試験、生産の依頼が殺到するのは、HKSに設備が整っているのが理由のひとつだ。ラジコンの動力からドラッグレースで使う2000psのエンジンまで、ありとあらゆるエンジンの動力を計測できるベンチは9室、シャシーダイナモは2基、排ガスシャシーダイナモも2基あり、2019年にはWLTCのモード計測を行なうことができるシャシーダイナモを導入した。
社内で工作を行なうことができるのも、HKSの強みだ。5軸加工機もあるため、タービンホイールの羽根を削ったり、ピストンやコンロッドを削り出したりすることができる。作るだけでなく、開発まで手がける。メーカー限定車に搭載されているタービンの共同開発などもおこなっているのだ。
チューニング&アフターパーツメーカーとして培ってきた専門知識と、天然ガスエンジンをはじめとするエンジンの高効率化開発・試験を通じて培ってきた専門知識を掛け合わせて取り組んでいるのが、RB26DETTのプレチャンバーであり、アドバンスト・ヘリテージというわけだ。期待するな、というほうが無理である。