驚きだ。芯をあえてずらした(オフセットした)ふたつの軸受にシャフト状のテストピースを通してみる。軸受の間の距離は80mm、オフセットは5mm、そこに通すテストピース軸径は12.0~12.3mm。普通はまずシャフトが通らないはずだが、それがすんなり通ってしまうばかりか、スライドも回転も自由、それでいてガタがまったくない。しかもその感触が、“しっとり”としていてじつに心地良い。ガタを抑えるべく軸受とシャフトの間(クリアランス)を詰めた際にありがちな、動き始めの“スティック”(食いつき)も皆無といっていい。
これはSAINT-GOBAIN(サンゴバン)が手がける最新世代の軸受、「SPRINGLIDE(スプリングライド)」のデモ用装置を体験した筆者の第一印象だ。
軸受とそこに通される軸との間には、クリアランス、つまり隙間がないと、軸を中心とした回転はもちろん、組み付けすらままならない。これは機械における基本的な原則のひとつ。そして隙間があれば、当然ながら“ガタ”がともなう。これは軸と軸受の間の滑りで成り立つ“滑り軸受”はもちろん、転動体(ころ)を用いるベアリングでも同様で、ホイールハブやデファレンシャルギヤなど、ガタが許されない場所では、ベアリングの外輪と内輪にプリロード(荷重)をかけることで、これを排除している。
SPRINGLIDEは滑り軸受に分類されるものでありながら、ガタがないうえに芯ずれも許容してしまう。そこでカギとなるのが、長期間にわたって安定した摩擦力を生み出す、厚いPTFE(フッ素樹脂)層と、スプリング構造。いわばプリロードの掛かる滑り軸受である。
一般に自動車の軸受といえば、パワートレーンやドライブトレーンに用いられるものがその代表といえるが、ドアやゲートのヒンジ、シートの可動部分など、じつはそれ以外の部分にも数多くが存在する。いずれも比較的小型(小径の軸受)で、寸法的、重量的に厳しい制約が課されるため、ブッシュなどを用いる滑り軸受が主役となっている。そこで問題になってくるのが、軸受部で発生する音(ノイズ)だ。ガタが大きければ、走行時の振動で文字通り“がたつく”ことになり、逆にこれを“詰める”(小さくする)と、動きが渋くなってしまう。とくに手動で操作する部分が多い車内の装備品については、操作感の要素も関わってくるだけに、この両立は悩ましいところである。
SPRINGLIDEはさまざまな用途に応用が可能な技術だが、“主戦場”のひとつとして見据えているのが、この車内の装備品に用いられる軸受だ。シンプルな構造ゆえに従来のブッシュとほとんど変わらないスペースに収まりながら、ガタにともなうノイズの発生がほとんどないため、車内の静粛性に寄与することはもちろん、冒頭のような心地良い操作感も得ることもできる。摩擦力のコントロールも容易で安定していることから、ダンパーとしても利用が可能だ。
HEVやEVなど、パワートレーンの電動化が進むなか、車内空間における静粛性への要求はシビアになってきているわけだが、いっぽうで快適装備へのニーズの高まりから、ノイズの発生源となり得る(車内の)可動装備は増える傾向だ。現在もっとも有効かつ効率的な選択肢のひとつが、このSPRINGLIDEである。