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今日は何の日?■ルネッサEVが27万円/月でリース販売開始

1998(平成10)年2月24日、日産自動車は前年にリース販売を始めた電気自動車「プレーリージョイEV」に続いて、「ルネッサEV」のリース販売を始めることを発表した(発売は同年5月14日)。同車は、日産カーリースによる3年契約の リース販売で、充電器を含むリース月額は27万円である。
たま電気自動車から始まった日産のEV

日産のEVの歴史は、1947年に東京電気自動車から発売された「たま電気自動車」まで遡る。これは同時に、日本の電気自動車の始まりでもあった。東京電気自動車は、後にプリンス自動車となり、1966年に日産と合併したので、東京電気自動車は日産の源流のひとつであり、たま自動車は「日産リーフ」のご先祖様と言える。
たま電気自動車は、ミッドシップされたモーターとカートリッジごと交換することができた鉛蓄電池を搭載。最高出力は4.5psを発揮し、最高速度35km/hで満充電時の航続距離は65kmだった。その後、ガソリン供給が安定したためガソリン価格が下がり、一方で電池材料の高騰によって、たま電気自動車は3年余り1099台(主にタクシー)を販売して1951年に生産を終了した。

その後、なかなか日の目を見ることができなかったEVだが、1970年代のオイルショックを機に、また1980年代の米国カリフォルニア州が提唱した“ゼロエミッション規制”の影響でEV待望論が浮上。この間にも日産は、さまざまなEVのコンセプトモデルを開発し、1991年には「プレジデントEV」をマラソンの先導車として貸し出し、1993年には「セドリックEV」を環境庁に約1年の期間限定で貸与するなど、まだ鉛電池だったが開発は継続した。

世界初のリチウムイオン電池搭載プレーリージョイEV登場

1990年を迎えてリチウムイオン電池が発明され、携帯電話やPCに使われ始めて普及が始まった。そのような中、日産は1997年2月にリチウムイオン電池を世界で初めて搭載した「プレーリージョイEV」を、主に関連企業・団体などの法人向けにリース販売を始めた。

採用したリチウムイオン電池は、ソニーとの共同開発で電池容量8.64kWh、総電圧345V。エネルギー密度100Wh/kgは、鉛電池の約3倍、ニッケル水素電池の約1.5倍、パワー密度300W/kgは鉛電池の約1.2倍、ニッケル水素電池の約1.5倍という電池性能を誇った。

最高出力64ps/最大トルク17kgmの永久磁石同期モーターをエンジンルームに搭載したFF駆動でリチウムイオン電池はトランク位置に搭載。大人4人がゆったり座れる居住性を確保し、航続距離は満充電時に200km以上、最高速度120km/hを達成した。
またプレーリージョイEVは、2000年から国立極地研究所北極観測センターの支援車として使用され、極寒の気象条件でも6年間無故障で稼働し、信頼性の高さを実証した。
プレーリージョイEVに続いたルネッサEV
プレーリージョイEVに続く「ルネッサEV」は、1998年2月のこの日にリース販売することを発表し、同年5月からリース販売が始まった。ベースの「ルネッサ」は、EVの発売の前年1997年10月にガソリンエンジン搭載のステーションワゴンとしてデビューしていた。

ルネッサEVも、プレーリージョイEVと同じく、ソニーとの共同開発による高性能リチウムイオン電池を搭載。リチウムイオン電池も基本的にはプレーリージョイEV用と同等の性能だった。

優れたリチウムイオン電池により、航続距離は当時の世界トップレベルの 一充電あたり230km(10・15モード)を達成し、さらにガソリン車なみの加速性能も実現。また、リチウムイオン電池をフロア下に効率良く搭載することにより、ルネッサの特長であるフラットフロアの広々とした室内空間も確保された。また最高速度は120km/hで、200Vの非接触インダクションAC充電器を使用して約4時間で満充電が可能だった。

ルネッサEVは、米国では「アルトラEV」として日米でリース販売が行なわれた。日米とも一般販売ではなく、一部自治体の公用車、電力会社、大手企業、研究機関・大学への限定的なリース販売で、日本では3年リースの月額約27万円で販売された。
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プレーリージョイEVとルネッサEVが開発された90年代後半は、まだリチウムイオン電池が量産化に見合うだけの耐久性能やコストが不足していた。しかし、それから約10年で日産はリーフの実用化に成功し、そこから現在も急速な進化を続けている。
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