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今日は何の日?■初代マーチに上級志向モデルを追加

1983(昭和58)年4月27日、日産自動車は初代マーチに上級仕様の「マーチコレット」を追加した。新時代のニューベーシックカーとして前年にデビューし、その軽快な走りや低燃費、優れた居住性で人気を獲得したマーチのバリエーション拡充の第1弾が、マーチコレットだった。
リッターカーの世界戦略車を目指し誕生したマーチ

1970年代後半には、1977年のダイハツ「シャレード」や1979年のホンダ「シティ」の登場でコンパクト市場は一気に活況を呈していた。シャレードは、世界初の1.0L 直列3気筒エンジンで注目されてリッターカーの先駆車とされる。シティは、1.2L 直4エンジンを搭載して背高ノッポの“トールボーイ”と呼ばれ、圧倒的に広い室内空間を持つ個性的なコンパクトカーとして若者から支持されて大ヒットした。

この盛り上がったコンパクトカーブームに対応して、日産は1982年10月に初代「マーチ(K10型)」を投入した。初代マーチは、内外装を著名なデザイナーのジウジアーロがデザインし、洗練された親しみのあるハッチバックスタイルと運転のしやすさが特徴だった。

パワートレーンは、最高出力57ps/最大トルク8.0kgmを発揮する日産初のアルミ製1.0L 直4 SOHCと4速/5速MTおよび3速ATの組み合わせで、駆動方式はFFが用意された。
車両価格は、4グレードが用意され、4速MT仕様で63.5万円(E)/68.5万円(L)/76.0万円(S)/79.8万円(G)に設定。当時の大卒初任給は12.5万円程度(現在は約23万円)だったので、単純計算では現在の価値で約116万円/126万円/140万円/147万円に相当する。
初代マーチは、欧州でも「マイクラ」の車名で販売され、日本と同様欧州でも人気を獲得した。
スポーティで上級志向のマーチコレット

女性ユーザーにも支持されて人気を獲得した初代「マーチ」だが、さらなるユーザー層の拡大を狙って、バリエーションの拡充が進められた。

その第1弾が、1983年4月のこの日に発売された「マーチコレット」である。マーチコレットは、マーチの最上級グレードGをベースに、よりスポーティで豪華な内外装にグレードアップしたファッション指向の高い若者や女性をメインターゲットにした。


車体色には、人気のレッドをベースにファッショナブルなブラックとシルバーのツートンを新たに設定。“COLLET”文字の入った専用アクセントストライプを採用するとともに、車体色と同色のカラードフェンダーミラーで若々しさをアピール。シートは、シートバックまで全面布張りのオールクロスシートを採用。またシート地は格子柄に“MARCH”の文字をあしらった高級起毛トリコット、ドアトリムもクロス張りとして高級感が演出された。

また装備としては、バニティミラー付サンバイザー、リアアシストグリップ、高級AM/FMマルチラジオ付カセットステレオなどが採用された。

パワートレーンはベースのマーチと同じで、車両価格は82.0万円(4速MT)/88.2万円(3速AT)に設定。ベースよりも2.2万円高額だった。

さらにバリエーション展開を進めたマーチ

日産は、「マーチコレット」に続いて続々と新たなモデル展開を進めて、マーチの人気加速を図った。まず、1985年2月のマイナーチェンジで、3ドアハッチバックに最高出力85psを発揮する1.0L 直4 SOHCターボエンジンを搭載した「マーチターボ」が追加された。



さらに、1988年8月にはラリーのベース車となる「マーチ R」を投入。マーチRは、レギュレーションの関係から排気量を987ccから930ccにダウンサイジングし、ターボチャージャーとスーパーチャージャーの2種類の過給機を装着して最高出力110psを発揮。実際にクラス最強のマシンとして、ラリーをはじめ、多くのモータースポーツで活躍した。

また、この初代マーチのコンポーネントを使って、レトロ調の3台のパイクカーも発売された。第1弾が1987年1月にデビューした「Be-1」、第2弾は1989年1月に期間限定で発売された「パオ」、第3弾が1991年2月に発売された「フィガロ」である。いずれも、台数や期間を限定して販売されたが、大ヒットしてなかなか入手できない希少なモデルとなった。

その後も、1997年に2代目をベースにした「マーチボレロ」や「マーチ・カブリオレ」、2000年「マーチルンバ」など、続々と個性的なモデルは続いた。

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マーチに限らず、1980年代のクルマはひとつのヒットモデルをベースにして、多様な要望に応えるためにラインナップの拡充が図られていた。当時は、日本中が好景気となって経済的な余裕ができて、“遊びのクルマ”がビジネスとして成立していた。現在のように実用性重視でなく、クルマが自己表現のひとつだったのだ。
今日がなにかの記念日になるかもしれない。


