消えた電子制御メタポンが純正部品として復活へ
ロータリーエンジン搭載車が約400台集結した「榛名ロータリーミーティング2026」。近年は『頭文字D』の影響もあって世界中のファンが注目する群馬県・榛名エリアだが、今年の会場ではロータリーオーナーにとって見逃せない重大発表が行われた。


長らく入手不能となっていたFC3S後期型およびFD3S前期型用の電子制御式メタリングオイルポンプ(通称メタポン)が、マツダ純正補修部品として復活に向けて動き出したのだ。

ロータリーエンジンには一般的なオイルポンプとは別に、シール類へ潤滑用オイルを供給するためのメタリングオイルポンプ(通称・メタポン)が備わる。アペックスシールやコーナーシール、サイドシールなどを保護する重要な役割を担うパーツであり、ロータリーエンジンの耐久性を支える生命線とも言える存在だ。
在庫ゼロ、図面廃棄、製造元撤退という絶望的状況からの再始動


FC型RX-7前期まで採用された機械式メタポンは、エンジン回転数に比例して吐出量が増えるシンプルな構造だが、これではオイルが少なすぎれば潤滑不足でシール類が傷み、多すぎると燃えカスとなってカーボンスラッジの原因になってしまう。しかも、例えば6000rpmという同じ回転数でも、無負荷のエンジンブレーキ中とフル加速中ではオイルの要求量がまったく異なる。
時代の変化とともに、マツダのロータリー開発陣としては、欲しいタイミングに欲しい量だけオイルをエンジン内部に吹き付けたい。FC型RX-7前期まで採用され続けた機械式は、FC後期から電子制御式へと進化を遂げた。
この電子制御式メタポンは、ステッピングモーターとポジションセンサーを組み込み、より細かく流量をコントロールできるようになった。ところがこの進化が、数十年後にオーナーたちを悩ます問題の種にもなる。
電子制御式のメタポンが不調になると、ECUがそれを検知しフェールセーフが働き、エンジン出力を大幅に抑え込んでしまう。メタポン本体がまだ動いていてもポジションセンサーやステッピングモーターが電気的な異常を起こしただけで、まともに走れなくなるのだ。メタポンが壊れたまま走り続ければエンジンが焼き付きかねないので安全策としては理にかなっているが、乗り手としては突然クルマが“腰砕け”になるわけで、これ以上困ることはない。
そして、その修理のために交換部品を求めようにも、FC後期用のメタポンは、昨年の榛名ロータリーミーティング2025の時点でちょうど在庫が底を突き、完全に入手不可能な状態になっていた。
図面もない、金型もない、製造元も撤退していた

マツダ・ロードスターのレストアや生産終了車向け純正補修部品の管理などを担当する「クラシックマツダ」の神辺氏は、その状況をこう打ち明ける。

「去年のこのイベントで質問を受けた3日前に、ようやく在庫がなくなったと知ったばかりで、正直まだ何もできていませんでした。1年後の今日、ようやく進展をお伝えできます」。
クラシックマツダでは、まずFC後期、FD前期用メタポンの製造元だったサプライヤーA社に復刻を打診したが、設備も金型もすでにないとのことで断られた。
次に検討したのは壊れたメタポンの修理・リビルドだが、そもそも何が原因で壊れるのかマツダ側でも把握しきれておらず、おそらく犯人であるステッピングモーターとポジションセンサーを交換しようにも、これらの部品もすでに残数が限られている。
しかもセンサーとモーターを組み直す際には0点調整のためのシムが必要で、パーツを揃えれば直るという単純な話でもないことが判明した。
さらにはA社に図面を求めたところ「すべて廃棄しました」との回答が返ってきて、万事休す……という状況に追い込まれたのだ。


救世主となったのは創業100年超の老舗サプライヤー
そこでクラシックマツダが頼ったのが、株式会社ミクニである。ミクニといえば、クルマ好きにはソレックスとのライセンス提携による高性能キャブレターメーカーとして名高い。「ミクニソレックス」の名はかつてチューニングファンの憧れだった。
1923年創業のミクニは3年前に創業100周年を超えた老舗だが、主力製品だったキャブレターが燃料噴射システムに取って代わられた後も、キャブレターで培ってきた「流体を精密にコントロールする技術」を応用し、スロットルバルブ、燃料ポンプ、各種補機類の開発・製造サプライヤーとして2輪・4輪メーカーへの供給を続けている。ウォーターポンプやオイルポンプ類の知見も深い。
ロータリーエンジンとミクニの付き合いは古く、1967年デビューの初代コスモスポーツに搭載された10Aロータリーエンジンのメタポンは、実はミクニ製だった。
その後もミクニのメタポンはロータリーエンジン搭載各車に採用され続けたが、FCの電子制御化のタイミングで別のサプライヤーA社に切り替わっていた。
つまりFC後期のメタポンは、従来はミクニにとって自社の製品ではないが、そのメタポンへの知見は活かすことができ、新規の自社製品として製造が可能となるわけだ。
マツダがダメ元でミクニに話を持ち込んだのはそういう背景がある。「うちの部品じゃないし、図面もないし…」と当然ながら最初は難色を示したミクニだが、徐々に風向きが変わってくる。
ミクニ社内でも、少量多品種での補用部品供給という社会的なニーズをどうビジネスとして成立させるかという課題意識があり、マツダからの相談がそのテーマとぴったり合致した。もうひとつ、見逃せない背景がある。
マツダの技術系執行役員副社長としてSKYACTIV技術を推進し、現行NDロードスターのフルモデルチェンジを成功に導いた立役者のひとり、藤原清志氏がマツダ退任後にミクニの取締役に就任しているのだ。マツダとミクニの間に深い信頼関係があることは想像に難くない。
ちなみにマツダの創業は1920年、ミクニは1923年。どちらも創業100年を超える日本のモノづくりの老舗であり、精密な機械加工と品質へのこだわりという点でも共通する文化を持っている。
発売は最短でも約2年後か!?

発表の場に岩手・盛岡事業所からわざわざ足を運んだ、ミクニでこのプロジェクトを推進する製造グループ長の渡辺氏は、集まったロータリーオーナーたちを前にこう語った。

「みなさんが愛車を手放さずに乗り続けてきた理由は、そのクルマが人生そのものだからではないかと思います。マツダさんのクルマ文化を継承するという考えと、ファンを大切にするという意気込みに我々も共感し、今回協力することとしました。皆さんが部品がないかもしれないという不安を持って乗り続けることから、誇りを持って乗り続けられる安心へと変えていけるビジネスを目指していきたいと思います。課題はたくさんありますが、FC後期型のメタリングオイルポンプを、純正品として蘇らせます」。
ミクニが創業100年にあたる2023年に打ち出した長期経営ビジョンの中に、
―『ミクニならなんとかしてくれる』と信頼される企業になることを目指します―
とあるが、まさにこれを具体化したような話だ。では、いつ買えるのか。残念ながら「明日から売ります」とはいかない。今回のニュースは、厳密に言えば「ミクニ内でFC後期、FD前期用に互換性のあるメタポンの新規設定を検討開始」だけだ。
これから新規設計・新規金型からのスタートとなるため、純正部品としての各種試験や認証も含めると、現実的には2年程度の時間がかかる見込みだ。さらに、ミクニが作りますと言っても、ミクニが発注するサプライヤーの事情や状況の影響もある。
価格についても、量産ではなく少量生産ゆえのコストアップは避けられず、現行FD後期用メタポン(約16〜17万円)より高くなることは確実だとクラシックマツダ担当者は率直に認めている。
安くはない。しかし、それでも「存在する」ことの意味は計り知れないし、まずは第一歩を踏み出すことの意義が大きい。もちろん、やり方としては純正部品ではなく、社外アフターパーツとしてサードパーティに似たような互換性のある部品として依頼する方法もあるかもしれない。
事実、NAロードスター用ヒーターコアは欠品となり、マツダを通さない純正外部品とする企画もある。機械式メタポンはまず壊れることはないというが、電子式は壊れている。
そうした特殊なパーツを製造経験のあるサプライヤーに発注し、メーカーの保証を付けて、このあと不安なく何十年か乗れるようにしてあげたいとの思いが、今回のこの動きへと繋がった。今回の発表はFC後期とFD前期のロータリー乗りに向けた、ごく限られた車種の補修部品の話だ。
生活必需品となった自動車という巨大マーケットを相手にする製品において、世界規模で見ればごく小さなニュースかもしれない。だがクルマ好きのボクにとっては、これが単なる部品復刻の些細な話では片付けられない。
マツダという自動車メーカーが、かつて自分たちが世に送り出したクルマを文化として継承する責任を担おうとしている姿勢と、ミクニというサプライヤーがその思いに応えるかたちで少量生産という難題に挑む。その両者の姿勢が、これからの日本の自動車文化をひとつ上のステージへと持ち上げる大きな力となる気がして止まない。
PHOTO&REPORT:小林 和久


