WRCで勝つために選ばれたランサーエボリューションIとインプレッサWRX

1990年初頭バブル崩壊によって、それまで好調だった高性能なスポーティセダンやクーペの代りにRVブームが到来した。その状況下で勢いに乗っていたのが、「パジェロ」や「RVR」などでRV人気の主役となった三菱自動車と、「レガシィ・ツーリングワゴン」でステーションワゴンブームをけん引していたスバルだった。


当時三菱とスバルはすでにWRCに挑戦しており、三菱は「ギャランVR-4」、スバルは「レガシィRS」で、強力な欧州マシンと戦い実績を上げてはいたが、欧州勢を圧倒するまでには至らなかった。2つのモデルとも、WRCで戦うには大きく、重すぎたのだ。
そこで三菱とスバルは、ベース車の変更を決断。それは、機動性に優れるコンパクトボディで、軽量化のポテンシャルが高く、そして2.0Lターボエンジンを搭載して無類の強さを発揮できるスポーツセダンだった。

WRC参戦のベース車として三菱が選んだのは、1988年6月にデビューした6代目「ランサー」に1992年10月に追加された高性能モデル「ランサーエボリューションI」だった。ランサーは、1973年に誕生した三菱を代表するファミリーカーだが、初代に設定された「1600GSR」は、サザンクロス&サファリラリーを席巻した輝かしい実績があった。
一方のスバルは、WRCベース車として「レガシィ」よりひと回り小さい弟分の新型モデル「インプレッサ」を開発した。1992年12月にデビューしたインプレッサは、4ドアセダンとコンパクトなラゲッジを持つ5ドアのスポーツワゴンの2種で構成されたが、セダンのトップグレードである高性能ターボエンジンを搭載した「WRX」がWRCのベース車となった。
直4 2Lターボ(4G63型)エンジンを搭載したランサーエボリューションI

初代「ランサーエボリューションI」がデビューしたのは1992年10月。ランエボIは、WRCグループA参戦のためのホモロゲーションを取得するための市販モデルとして、6代目「ランサーGSR1800」に4G63型2.0Lターボエンジンを搭載し、WRCラリーマシンのベースとして発売された。市販モデルは、競技用ベース車「ランサーRSエボ」と街乗りを考慮したロードモデル「ランサーGSRエボ」が設定された。

基本的なスタイリングは、標準仕様のランサーGSRと同じだが、フロントバンパーには大きく開けられたエアインテークやインチアップしたワイドタイヤ装着用の前後ホイールアーチ、大型リアスポイラー、タイヤは195/55R15を装備。その他、定番のレカロ製スポーツシート、モモ製3本スポークステアリングなどよってラリーマシンベース車らしさをアピールした。

エンジンは、最高出力250ps/6000rpm、最大トルク31.5kgm/3000rpmを発揮する4G63型の2.0L 直4 DOHCインタークーラーターボエンジンで、圧縮比向上(8.5←7.8)やナトリウム封入バルブの採用、ピストンやコンロッドなどの周動部の軽量化、フリクション低減など細部にわたるチューンナップが施された。

トランスミッションは5速MTで、駆動方式にはビスカスカップリング(VCU)付センターデフ式フルタイム4WDを搭載。またブレーキは、フロントに2ポットベンチレーテッドディスク、サスペンションはスプリングやショックアブソーバーの容量アップなどの高出力仕様が装備された。

ランエボIの走行性能は、最高速度はリミッターを外せば230km/hに達し、0→400m加速は13.9秒を記録。車両価格は220.8万円(ランサーRSエボ)/273.8万円(ランサーGSRエボ)に設定。当時の大卒初任給は18万円程度(現在は約23万円)だったので、単純計算では現在の価値で約282万円/350万円に相当する。

初代ランエボIは、発売前から大きな話題となり、発売わずか3日間で目標台数2500台を完売、さらに追加された2500台もすぐに完売する人気を獲得。ランエボIは、1993年からWRCグループAに参戦した。
水平対向2Lターボ(EJ20型)搭載のインプレッサWRX

三菱ランエボIのデビューから1ヶ月ほどが経過した1992年11月、スバルは「レガシィ」よりひと回り小さい新型「インプレッサ」のセダンとスポーツワゴンを発売。セダンには、最強グレードでWRCグル-プA参戦のためのホモロゲーションモデルとなる「インプレッサWRX」がラインナップに加わった。WRXの市販モデルは、競技用ベース車「WRXタイプRA」とロードモデル「WRX」が設定された。

専用の内外装エアロパーツとしてリアスポイラーやサイド&リアアンダースカート、ナルディ製本革巻きステアリングとシフトノブ、バケットシート、タイヤは205/55R15タイヤが装備された。また、ボディは曲げと捻じれとともに剛性が強化され、同時にアルミ製フロントフードを採用して軽量化も進められた。

エンジンは、新世代EJ20型の2.0L 4気筒水平対向DOHCエンジンをベースに、専用チューニングの大容量インタークーラーターボやダイレクトプッシュ式バルブ駆動、クローズドデッキシリンダーブロックなどを採用して、最高出力240ps/6000rp、最大トルク31.0kgm/5000romを発揮した。

トランスミッションは、油圧シリーズ式プルタイプクラッチを装着した専用クロスレシオの5速MT。駆動方式は、ビスカスカップリング(VCU)LSD付センターデフ式フルタイム4WDを採用。サスペンションのダンパーとスプリングはハードタイプが装着され、ブレーキはフロントに2ポットベンチレーテッドディスク、リアもベンチレーテッドディスクが採用された。
インプレッサWRXは、翌1993年8月からWRCグループAへの参戦を始めた。
黄金期を築いた両モデルの輝かしい成績

その後、ランエボとインプレッサWRXは、進化を続けながらWRCの黄金期を迎えた。しかし、ランエボは2005年シーズン終了後、インプレッサWRXは2008年シーズン終了後にワークス活動から撤退した。ランエボが撤退した主な理由は、自社の経営悪化とWRカー規定に合わせた開発負担増であり、一方インプレッサWRXは2008年のリーマンショックとWRカー開発の負担増が、スバルへ重くのしかかったためである。
両モデルの栄光の成績を簡単にまとめると、以下の通りである。
・三菱「ランサーエボリューション」(エボIII~VI時代)
マニュファクチャラーズタイトル:1回(1998年)
ドライバーズタイトル:4回(1996年/1997年/1998/1999年)

・スバル「インプレッサWRX」
マニュファクチャラーズタイトル:3回(1995年/1996年/1997年)
ドライバーズタイトル:3回(1995年/2001年/2003年)

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2000年以降、クルマの開発は大きな曲がり角にさしかかっていた。電動化や自動運転、コネクテッド、AIなど広範囲な技術革新が求められ、どのメーカーも開発リソース(お金と人)が足りない状況に陥った。そのような中で、多くのメーカーは、モータースポーツ活動からの撤退を余儀なくされたのだ。


