広島県三次市、人口4万7000人。

その総面積の8割ほどが山林となる三次市。その中を流れる江の川、馬洗川、西城川の三つの河川が巴状に合流し、河川が運ぶ大量の土砂と、水流による激しい浸食作用が組み合わさることで形成された盆地が三次盆地。
宅地や都市機能の多くが集約される盆地とその周辺のエリアがあり、この南端の盆地を囲む丘陵地に、マツダ車オーナーならずともその名を聞いたことがあるであろう、三次テストコースがある。

マツダ三次事業所 三次エンジン工場を示す看板。三次テストコースでいうところのおむすびの左辺の中央辺りになる Photo by Koichi Inaba

コスモスポーツも走ったおむすび型の三次テストコース

その象徴ともいえるのが、ロータリーエンジンのローターにも似た三角おむすび形をした高速周回路だ。

マツダ(東洋工業)が、三次市に「三次自動車試験場」を開設したのは1965年6月のこと。

開設当時の敷地面積は150万平方メートル(※現在はさらに拡大)。一自動車メーカーが持つ試験設備としては当時国内最大規模を誇っていた。
そのシンボルが、1周4.3kmの高速周回路だ。

この周回路は、ロータリーエンジンのローターを彷彿とさせる「3つのコーナーを持つ、三角形(おむすび型)」の特徴的な形状が象徴的。当時の設計速度は185km/hで、この速度域ではステアリングを操作せずとも(手放しでも)バンクの遠心力だけで曲がっていけるという、当時の土木・建築技術の粋を集めたコースだった。

名車を鍛え上げた過酷な環境

その後、時代の要請に合わせて1983年には「風洞実験棟」、1985年には「総合性能試験路」などを追加。
その後も「世界各国の悪路を再現した試験路」なども設置された。

初代ロータリーエンジン搭載車である、コスモスポーツ、そして歴代RX-7、ロードスターや、ル・マン24時間レースを制した「マツダ787B」、そして現代のSKYACTIV技術にいたるまで、マツダの「人馬一体」の走りはすべてこの三次の地で鍛え上げられ、磨かれてきた。

マツダの走りを鍛え上げる「聖地」。その同じ敷地内に三次工場はある。そこにエンジンという自動車の生命を紡ぎ直すもうひとつの心臓部が隠されていることは、一般にはほとんど知られていない。

マツダ三次事業所 三次エンジン工場を示す看板。三次テストコースでいうところのおむすびの左側の辺の中央辺りになる Photo by Koichi Inaba

三次工場の歴史:少量多品種生産の砦への変遷(1974年〜)

試験場の開設から9年後、1974年5月に「三次工場(三次事業所)」は誕生した。
この時から、試験場(開発)と工場(生産)が同じ敷地内で密接に連携する、世界でもユニークな拠点が完成した。

その三次工場では、トラック用の直6ディーゼルや乗用車用、産業用の直4ガソリンエンジンの量産を継続してきた歴史がある。

始まりは商用車「タイタン」の心臓部。1974年の開設当初はマツダを代表するトラックであるタイタン用のディーゼルエンジンの主要組付品の機械加工・少量出荷からスタート(その後ガソリンエンジンも展開)。本社(宇品・府中のメインライン)が乗用車の大規模な量産にシフトしていく中で、三次工場は「大型・商用車用」や「構造が特殊なもの」を、じっくり確実につくる役割を担うことになる。

三次工場の外観 Photo by Koichi Inaba

直6ディーゼルと直4ガソリンの量産、そして役割の転換

その後、三次工場ではトラック用の直列6気筒ディーゼルエンジンや、乗用車用、さらには産業用に至るまで、多種多様な直列4気筒ガソリンエンジンの量産を長年にわたって継続してきた歴史を持つことになった。メインラインとは異なる性質の心臓部を、高い確実性をもって供給し続けるのがこの工場の使命であった。

しかし2000年代に入ると、マツダ全体のエンジン戦略の刷新や変遷に伴い、これら長年続いてきたパワートレーンの量産も段階的に縮小、そして終了していく。これによって、三次工場が担ってきた「新車の量産エンジンライン」としての役割は、ひとつの幕を閉じることとなった。

そして現在。少量多品種のスペシャリストが純正新品エンジンを組み上げる

工場内をアテンドいただいた小早川武さん、平塩勝利さん、森原孝志さん(左から)
Photo by Koichi Inaba

そして現在。量産ラインとしての役割を終え、時代の要請とともにマツダのパワーユニットが「SKYACTIV技術」へと全面刷新されていくなか、三次工場は新たな、そして極めて重要な役割を担うこととなった。それが、マツダの歴史を築いてきた旧型車種搭載のエンジン等のサービスパーツとしての「新品」の「新規生産」業務である。

三次工場は、これら歴史の中で量産を支えてきた直6ディーゼルエンジンや直4ガソリンエンジン、さらにはFR車用のマニュアルトランスミッションなど、マツダの技術的なこだわりが詰まったコンポーネントに関わってきた実績を経て、「少量多品種生産工場」としてのキャラクターを確固たるものにしている。

その取扱数は実に幅広く、2026年6月現在、生産されているのは、エンジンが14シリーズ・229機種、トランスミッションが7シリーズ・100機種にものぼる。

三次工場 取り扱いラインアップ 新品エンジン/トランスミッション

※2026年6月時点のラインナップとなる

品名ブランド名(タイプ名)シリーズ排気量主な適合車種
エンジン13B-REW13B1308ccRX-7(FD3S)
13B-MSP13B1308ccRX-8
F型1.8~2.2Lボンゴ、ボンゴブローニィ、タイタンダッシュ、Bシリーズ(海外向け)
MZICA3.7LCX-9(海外向け)、アテンザ(海外向け)
MZRL型1.8~2.5L
※L3-VDT(2.3L)含む
ロードスター(NC)、プレマシー、アクセラ(セダン/スポーツ/スポーツワゴン)、MPV、ボンゴ
【L3-VDT】マツダスピード・アテンザ、マツダスピード・アクセラ、CX-7
MZRZ型1.5~1.6Lデミオ、ベリーサ、アクセラ(セダン/スポーツ)、アクセラ(教習車)
MZRR型2.0Lタイタンダッシュ、ボンゴ
トランスミッションFN/FS-AT4速 / 5速AT(FF)アクセラ(セダン/スポーツ)、アクセラ(教習車)、プレマシー
G4-AT4速AT(FF)アクセラ(セダン/スポーツ)、プレマシー
G6M6速MT(FF)Mazda5(プレマシー海外仕様)
P6M6速MT(FR)RX-8、ロードスター(NC)、アバルト・124スパイダー
M5M5速MT(FR)ロードスター(NB)、ロードスター(NC)、モーガン3ホイーラー、プロシード、ボンゴ
R5M5速MT(FR)RX-7(FD3S)、プロシード

三次工場 取り扱いラインアップ リビルトエンジン

※2026年6月時点のラインナップとなる

車種純正部品番号
RX-7(FD3S)N3G102200
RX-8N3H102200A
N3H202200A
N3H302200A
N3Y302200
N3Y402200

「マツダスピード」の心臓がマツダ純正として新品で手に入るという事実

マツダスピードアテンザやアクセラに搭載されていたMZR 2.3 DISI TURBO Photo by MAZDA

その一例がこちら。

三次工場、その整然と保たれた作業場の一角、そこに鎮座していたのは、往年のハイパフォーマンスの雄「マツダスピードアテンザ」や「マツダスピードアクセラ」などに搭載されていた、2.3L直噴ターボ、MZR 2.3 DISI TURBOこと『L3-VDT型』エンジン。

マツダスピードアテンザは、2000年代中盤、欧州のスポーツセダンをライバルに見据え、最高出力272馬力という圧倒的なスペックと4WDシステムを組み合わせて登場した。過給機付きの直噴レシプロという、当時としてはきわめて複雑な構造を持ち、高い熱負荷に耐えてきたこの名機が、生産終了から長い年月を経たいまも、マツダの手によって「新品エンジン」として組み立てられる体制が維持されていたのである。

一般的なサードパーティによるオーバーホールやリビルドだけではなく、メーカー自身が当時のサプライチェーンやノウハウを維持し、新品のコンプリートエンジンを供給できるルートを確保し続けているという事実は、現在もこのクルマを大切に維持しているオーナーにとって、何にも代えがたい福音といえるだろう。

多機種少量生産にフレキシブルに対応する技術

少量生産に対応する三次工場、そのスタッフのなかでもエンジン工場での作業に従事しているのは60名ほどとなる。

大量生産ラインを動かすことなく、限られた数、あるいは構造が特殊なコンポーネントを確実につくり出す。その高い技術力が、生産終了モデルを維持する現代のオーナーたちを支える基盤となっている

工場内には、1963年製の長大な機械も。これは本社にあった鍛造コンロッドの加工機械。
かつて活躍した古い専用の加工機械たちは時代の変化とともに休止・廃却されつつあり、現在は汎用設備を活用した少量多品種ラインへと移管・統合を推進。そのラインには、各機種にフレキシブルに対応できる治具が並ぶ。これこそが、少量多品種生産ゆえの工夫が感じられる部分でもあるのだ。

工夫と言えば、からくり改善技術も。からくり改善とは、モーターやエアシリンダーなどの動力をできるだけ使わず、重力・ばね・てこ・滑車・カムなどの単純な機械要素だけで作業を改善する手法。マツダは「からくり改善くふう展」に各工場や関連企業が参加。三次工場からも、ハンドルを回転させワイヤーを巻き取りながらシリコンカットする「マイテトル・ジャクソン」や、木製パレットと搬送部品をPPバンド(プラスチックバンド)で固定する際、しゃがんで行う腰曲げ作業を廃止し、立ったままバンド掛け(PPバンド掛け)ができるようにし、身体への負担を軽減する「マクトドウナルノ -PP 巻ック セット-」など、アイデア溢れる作品が生み出されている。

RX-7/RX-8のロータリーエンジンの製作も三次工場に移管

実は今回、奇跡的に実現した三次工場へのメディア初潜入。その目的のひとつが、ロータリーエンジンだった。

長らくマツダ本社・宇品工場の敷地内で行なわれていたロータリーエンジンの純正新品エンジンとリビルトエンジンの製作・供給。それらは現在、三次工場に移管されている。

2026年現在も、マツダ純正13B型ロータリーエンジンの新品が組まれている Photo by Koichi Inaba

そこはまさに、世界中でここにしかない、RX-7/RX-8のロータリーエンジンの組付けが行われている現場。現在進行形で「完全なる新品のロータリーエンジン」の組み立てまでもが続けられているのが三次工場なのだ。

取材班は、その三次工場でのマツダ純正ロータリーエンジンの供給、その現場を取材した。

新品、リビルトともに、エンジン製作のようすなどの詳細は、三栄書房より2026年12月に発行予定のオーナーズマガジンVol.1【FD3S RX-7】(仮名・リンクはInstagramへ飛びます)にて掲載予定となっている。

奇しくもコスモスポーツ発売開始から60周年が近づいているこの時期、ロータリーファンならずとも気になる情報が満載だ。

ぜひ楽しみに待っていて欲しい。

2026年現在も、マツダ純正13B型ロータリーエンジンの新品が組まれている Photo by Koichi Inaba