AMG 600SEL /S600L 7.2 /S600L 7.0
プロジェクト凍結を乗り越えて

1990年代のAMGはメルセデス・ベンツと資本関係を締結し、「C36/43」シリーズ、「E36/50」シリーズといったマスプロダクトを用意する一方で、昔ながらのスペシャルモデルも少量ではあるが生産し続けている。その代表格というべき1台が「S600L 7.0」だ。
W140型「Sクラス」は、1990年11月に発表されたメルセデス・ベンツのフラッグシップだが、その開発自体は1981年から始められていた。当初彼らは大ヒットしたW126型の後継として1989年に発売する予定でいたが、BMWが1987年に5.0リッターV12を積むE32型「BMW 750i」を発表。それを受け、W140型のプロジェクトは一旦凍結され、V12エンジンを新開発すると共に、それに見合う大型高級サルーンへと書き換えられることになったのである。
こうして登場したW140型は全長5120mm、全幅1885mm、全高1490mm、ホイールベース3040mmと大幅に大型化したが、各部をフラッシュサーフェス化することでCd値は0.31へ低減。そのほかマルチリンクとなったリヤサスペンション(オプションでセルフレベリング・サスペンションや、アダプティブダンピングシステム、エアサスペンションも用意)、トラクションコントロール(ARS)が標準装備された。
加えてABS、エアバッグ、エンジンからエアコンユニットまで、様々な機能を7基のECUを使って一括で管理、コントロールするデータパスシステム(CAN)、乾燥空気を密閉した2重ガラス、オートクロージャーの備わるドア、ノンフロンのオートエアコン、エアチャンバーのランバーサポート付き(オプション)の12ウェイパワーシート、バックギヤに入れるとリヤから自動で伸びるポールなど当時最新の技術が惜しげなく投入された。
また7Lもの容量をもつ触媒、リサイクル可能なプラスティック素材の採用など環境問題に取り組んでいるのも先進的といえたが、様々な軽量化、効率化の努力にもかかわらず、車重は先代を300kg上回る2040kgに到達。不運にも1991年8月に湾岸戦争が勃発し、石油危機が再燃したうえ、ドイツ本国が東西統一による深刻な経済不況に陥ったこともあり、「環境破壊車」のレッテルを貼られてしまった。
AMGジャパン主導のコンプリートモデル

W140型が登場すると1992年のジュネーブ・ショーでAMGバージョンが公開されたが、市場の反応は芳しくなく、コンプリートカーではなくボディキット、ショックアブソーバー、スプリング、マフラー、ホイールなどをオプションで販売する形態が採られた。しかしながら、バブル景気の余韻の残る日本市場は例外で、AMGジャパンの主導によって、いくつかのコンプリートモデルが独自にアファルターバッハのAMGで仕立てられ販売されている。
最初に導入されたのは、5987cc V型12気筒DOHC48バルブ“M120”エンジン自体のチューンは行わず、ボディキットやホイールなどAMGのドレスアップパーツを組み込んだ「AMG 600SEL」で1992年に発売された。1993年にはV8の「AMG 500SEL」が登場。さらに1994年にはV12を440PSへチューンしたクーペの「AMG S600C 6.0」を追加。そして年末にはV12ユニットの排気量を7055ccへ拡大し、最高出力524PS、最大トルク740Nmを発生するM120 E72型ユニットを搭載した「AMG S600L 7.2」が受注生産ながら追加された。
W140型は1995年モデルでマイナーチェンジを実施。AMGキットは少し遅れて1995年7月からマイナーチェンジに対応したものが供給されるようになった。またM120 E72型ユニットを搭載するクーペの「AMG S600C 7.2」もラインナップに加わった。そして1996年モデルでAMGのエンジンラインナップはV12エンジンのみとなり、排気量は7055ccのままながら、最高出力496PS、最大トルク720NmにデチューンしたM120 E70ユニットに変更。セダン、クーペともに「S600SEL 7.0」「S600C 7.0」へ名称を変更する。
1997年、クーペのモデル名がCLに変わるとともにフェイスリフトを敢行。しかしながら専用のAMGパーツは供給されず、旧型を加工して装着する対応が採られた。そして1998年にW140が製造中止となるとともにAMG仕様の製造も終了となった。

