連載

メルセデスAMG列伝

CLK GTR /CLK LM /CLR

ツーリングカーはAMG、グループCはザウバー

FIA-GT選手権
FIA-GT選手権

1955年のル・マンでの大事故で封印されたメルセデス・ベンツのレース活動だが、1984年にW201型「190E 2.3-16」をDTMのエントラントに提供するところから徐々に復帰。1985年には世界耐久選手権(WEC)を戦うザウバーチームにもエンジン提供を開始する。

その後、メルセデスは1987年からDTM、WECともにワークス活動を再開。1989年には「ザウバー・メルセデス C9」がル・マンを制覇し「シルバー・アロー」の復活を高らかに宣言した。以降、DTMを中心としたツーリングカーはAMG、グループCはザウバーというワークスの構図が確立されたのだが、グループCの終焉に伴い、ザウバーはメルセデスと共にF1へと進出を果たした。

一方、グループAに代わりクラス1既定が導入されたDTMは、アルファロメオの参入で活性化。1995年にはITC(国際ツーリングカー選手権)に進化するが、先鋭化によるコストの増大で1996年をもってシリーズ自体が消滅。AMGは行き場を失ってしまう。

そこでメルセデスが目をつけたのが、グループCに代わってGT1/GT2規定を投入し、「マクラーレン F1」「ポルシェ 911 GT1」などの参入で盛り上がりをみせていたBPRグローバルGTシリーズだった。

開発期間はわずか128日

CLK GTR
CLK GTR

さらに1997年にBPRがFIA GT選手権に格上げとなり、GT1が1台のストリートモデルのみでホモロゲーションを取得できるようになったことで、メルセデスはAMGに「CLK」をベースとしたマシンの製作を依頼。AMGはラルブル・コンペティションからマクラーレン F1シャシーナンバー11Rを購入し、研究するとともに、「Sクラス」などに使用されてきたM120型5987cc V12 DOHCをベースに圧縮比を12.0:1にあげ、チタンコンロッドなどを投入したGT112型ユニットを開発。マクラーレン F1に搭載してテストを行った。

そのうえでAMGはイギリスのローラ・コンポジットに依頼してアルミハニカムとカーボンファイバーを組み合わせたモノコックシャシーを開発。そのリヤミッドシップにM297型ユニットと6速シーケンシャル・トランスミッションを搭載した「CLK GTR」をわずか128日の開発期間で完成させた。

CLK GTRを名乗るものの、他のGT1マシンと同様にCLKとの関連性があるのはヘッドライト、テールライト、フロントグリルという状態ではあったが、1台のロードバージョンが1997年に完成したことでホモロゲーションを取得。4月13日に行われた開幕戦、ホッケンハイム4時間からワークスであるAMGメルセデス・チームの手で参戦を開始した。

ロードバージョンもあり

CLK GTRロードバージョン
CLK GTRロードバージョン

第4戦ニュルブルクリンク4時間で初優勝を1-2フィニッシュで飾ったCLK GTRは、第6戦A1リンク、第7戦鈴鹿(11号車を鈴木亜久里もドライブ)、第8戦ドニントン、第10戦セブリング、第11戦ラグナ・セカで優勝する圧倒的な強さをみせ、チーム・タイトルとベルント・シュナイダーのドライバーズ・タイトルを獲得した。

またメルセデス・ベンツは1997年のフランクフルト・ショーでCLK GTRの「ロードバージョン」を発表すると、一般ユーザーへの販売も開始。基本的にモノコック、サスペンション、6速シーケンシャルMTなどは共通だったが、エンジンは排気量を6898ccへと拡大したM297型V12ユニットを搭載。その最高出力はワークスカーの600PSを上回る631PSを発生していた。

CLK GTRロードバージョンは1999年までに20台を製造。そのうちの2台は664PSを発生する7291cc M297 E73型ユニットを搭載したスーパースポーツ仕様(のちに3台、スーパースポーツ仕様に改装された)として製作されたほか、1999年には1台のロードスターを製造。2006年にはさらに5台のロードスターが追加で製造されている。

ル・マンでの大クラッシュで

CLK-LM
CLK-LM

またFIA GT選手権においてメルセデスAMGは、1998年にCLK GTRのシャシーを新開発のカーボンモノコックに変更。ボディをロングテールにしたうえで、エンジンをザウバーC9、C11に搭載していた4986cc V8DOHC GT108B型ユニットに変更したエボリューションモデルというべき「CLK LM」を開発。1998年のル・マンこそリタイアに終わったものの、FIA GT選手権では10戦全勝という快挙を成し遂げ、見事2年連続でダブルタイトルを獲得した。

しかしながら、この圧勝によって翌年の選手権にはメルセデスAMG以外のエントリーがなくなり選手権は消滅。その代わりとしてCLK LMをLMGTP規定に進化させた「CLR」を開発し、1989年以来のル・マン制覇に挑むが、予選2日目、決勝ウォームアップで空力的問題から車体が舞い上がる事故を連発。決勝でも76周目のインディアナポリス手前でピーター・ダンブレックの5号車が舞い上がりコース脇に落下する大クラッシュを起こしたことで、チームはレースからの撤退を表明。以後のル・マン参戦を休止する事態となった。

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