プリウスの本当の革新は「ハイブリッド」ではなかった

初代プリウスは、もはや説明不要と言っていい存在だろう。ご存知のとおり初代プリウスは、有名なキャッチコピー「21世紀に間に合いました」で1997年に衝撃的なデビューを果たした。当時のガソリンエンジンの約2倍の低燃費を実現したハイブリッド・システムは世界中の自動車メーカーを震撼させた。
そのプリウスがデビューする2年前、1995年の東京モーターショーで登場したのが「Prius Concept(プリウス・コンセプト)だ。
そのさらに2年前に、トヨタ社内では「21世紀のクルマ」に関する議論が高まっていて、プリウスにつながる開発がスタートしていた。1993年に技術開発の推進体として「G21プロジェクト」が発足。内山田竹志主査を中心に開発がスタートした。
さて、時計を1995年に戻す。1995年9月のフランクフルト・モーターショーに向けたトヨタのプレスリリースには、プリウス・コンセプトについて「Next-Generation Sedan」と記されていた。
ボディ形状は「one-form three-box package」となっている。パワートレーンは、THS(トヨタ・ハイブリッド・システム)ではなく、EMS=Toyota Energy Management Systemとしていた。
プリウス・コンセプトのボディサイズは
全長×全幅×全高:4150mm×1695mm×1490mm
ホイールベース:2550mm

対する初代プリウスのボディサイズは
全長×全幅×全高:4275mm×1695mm×1490mm
ホイールベース:2550mm

『ニューモデル速報プリウスのすべて』によると、コンセプトカーのデザインはトヨタ本社が担当したという。また、コンセプトカーはハイブリッドに限定したプロジェクトではなかったという。これが初代プリウス開発となった時は、ハイブリッド前提になっていた。
ハイブリッドより先にあったパッケージ革命

プリウス・コンセプトと初代プリウスを見比べてみると、やはりとても似ている。それは、G21プロジェクトで「次世代パッケージ」を研究していたところが出発点だったからだろう。




それでも、受ける印象はだいぶ違う。
初代プリウスのエクステリア・デザインは日・欧・CALTYの複数案の競合で、最終的にCALTYデザインの提案によるものが採用された。
コンセプトは、カローラなどと比べてパッケージングが革新的だったから、スタイリングはあえてコンベンショナルな方向にしたという。
デザイナーのErwin Lui氏は
「デザインするうえで意識したのは、これはハイブリッド・セダンだということ。人々はセダンと聞けばボンネットがあって、キャビンがあって、リヤデッキのある3BOXを思い浮かべますよね。そして次に、できるかぎりピュアなカタチにしたい、たとえば楕円、もしくはモノフォルムですが、それを追求するだけではベビー・エスティマになってしまう。そこでピュアなモノフォルム・シルエットのフロントとリヤを3BOXに見始めるギリギリまで抑え込もう、と」




当時の日本車はカローラ、日産サニーに代表されるように「低くて長い3BOXセダン」が主流だった。しかし、プリウス・コンセプトは全高1490mm/ホイールベース2550mmという当時としては異様に背が高く室内重視のパッケージを採用していた。将来の新しいパワートレーンを前提に、クルマそのものをゼロから考えていたからだろう。これが2代目、3代目へ続く”プリウスらしいシルエット”の原点になったのは、実は燃費技術ではなくこのパッケージ思想にあったと言える。
初代プリウスは新駆動システム・EMSだけでなく、空力にも取り組んでいた。コンピュータ解析を駆使してCD値=0.29~0.30を実現している。プリウス・コンセプトのCD値は明らかにされていないが、おそらく量産車の初代プリウスの方がいい数値になっていると推測する。

初代プリウスは、内外の自動車メーカーに大きな衝撃を与えた自動車史に残るクルマであることは論を待たない。それはハイブリッド・システムを搭載したことによることが大きいが、こうしてプリウス・コンセプト~初代プリウスのデザインをあらためて見てみると、そのパッケージとデザインは、やはり革新的だったと言える。流麗でもスタイリッシュでもないが、革新的で心に残るデザインのクルマの原点がプリウス・コンセプトにも見てとれる。
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