「ヘルメットを持ち歩く」が当たり前だった時代

1985年に登場したヤマハ・ボクスン。その最大の特徴は、シート下に設けられた大型収納スペースだった。
今のスクーター乗りからすると「それって普通じゃない?」と思うかもしれない。しかし当時は事情がまったく違う。ヘルメットはミラーに引っ掛けたり、手で持ち歩いたりするのが当たり前。なんなら原付のヘルメット着用は努力義務だったため、いわゆるノーヘルでOKだった。シート下収納があっても書類や車載工具が入る程度で、ヘルメットを収納できるようなスペースを持つモデルは存在しなかった。
そんな時代に登場したボクスンは、「デイパックスクーター」という新しい価値を提案する。シート下に収納スペースを備えた初のスクーターとして登場し、ヘルメットまで収まる実用性をアピールしたのだ。もっとも、現在の主要モデルほど余裕があるわけではなく、燃料タンクもシート下に配置されていたため収納容量は限定的ながら「フルフェイスヘルメット」も収納可能な深さを備えている。とにかく当時としては衝撃的なアイデアだったのである。
しかもボクスンが登場したのは、原付一種へのヘルメット着用が義務化される前年。1986年7月の義務化を前に、ヤマハはすでに「ヘルメットをどう持ち運ぶか」という課題に着目していたのである。その結果生まれたのが、独特なスタイルだった。誌面の対談では「デカ尻」と表現されていたが、まさに言い得て妙。収納スペースを確保するため、リヤ周りは大きく張り出した特徴的なフォルムとなった。かなり個性的に見えるが、機能を最優先した結果と考えれば納得。今見ると逆にめちゃくちゃ魅力的だ。
さらに収納は現在のような真下方向ではなく、シート後方へ向かって広がるレイアウト。結果、段付きシートも採用されており快適性への配慮も同時に?獲得。「腰を当てられるからウイリーもしやすい」という声もあり、それもまた当時のヤマハらしい遊び心だったのかもしれない。


ボクスンの当時のカタログ。一番のインパクトは、イメージキャラクターのウガンダ・トラさんでしょう! ヘルメットも入るというインパクトは、彼のデブキャラにピッタリ。なんだかいろいろ飲み込みそう。
後の “メットイン” という常識を生んだ先駆者
ボクスンの魅力は収納スペースだけではない。最高出力は5.8psを発生。当時の50ccスクーターとしては十分にパワフルな部類で、実用一辺倒では終わらないところにヤマハらしさがある。収納重視のコミュータースクーターでありながら、走る楽しさもしっかり意識されていたのだ。
また、そのデザインも時代を象徴している。現在見るとかなり角張ったスタイリングだが、1980年代はこうした直線基調のデザインが流行していた時代。「ハイカットスニーカーがナウかった」「四角いデザインを“ボクシィ”なんて呼んでいた」という、まさにボクスンは80年代カルチャーを体現した一台だったのである。
こうしてヘルメット収納という価値をユーザーに強く印象付けたことで、その後に登場するホンダ・タクトやDio、スズキ・アドレスなどのスクーターへと続く流れを後押しした功績はとても大きいだろう。ちなみに“メットイン(ヘルメット・イン)”という言葉は1987年に登場したホンダ・タクトとディオで使われたのが最初。ヤマハやスズキでは違う表現となっているが、タクト&Dioのヒットによって、シート下収納=“メットイン”という呼び方が浸透。
ボクスンは爆発的なヒットモデルとして語られることは少ない。しかし、“シート下収納”という常識へ繋がる第一歩を刻んだボクスンは、間違いなく原付史に残る技術革新車だった。
深くて、後方へ収めるレイアウトはクルマのトランクのよう

現在のスクーターと比べると容量は控えめだが、1985年当時としては画期的だった収納スペース。後のスクーター開発に大きな影響を与えた“原点”とも言える部分だ。
エンジンや足周りはスポーツのヤマハらしい仕上がり


最高出力5.8psを発生する空冷2ストロークエンジンを搭載。実用性重視のモデルながら、当時のヤマハらしく走りもしっかり楽しめる性能を備えていた。大型収納ばかりが注目されるボクスンだが、足周りや排気系はスポーティな雰囲気も漂う。どこか遊び心を感じさせる仕上がりだ。
ヤマハ車のメーターといえばこのデザイン!

速度計と燃料計、さらにオイル残量までひと目で確認できる機能的なメーターパネル。シンプルながら未来的なグラフィックは、いかにも80年代ヤマハらしいデザイン。当時のジョグやチャンプ等と同形状なため、速度計が80km/hまで刻まれている、ジョグ80やチャンプ80メーターに交換する人も。
主要諸元

YAMAHA BOX’N
[SPECIFICATIONS]
全長×全幅×全高:1640mm×630mm×960mm
ホイールベース:1115mm
シート高:720mm
車両重量:55kg(乾)
エンジン種類:空冷2スト単気筒
総排気量:49cc
最高出力:5.8ps/7000rpm
最大トルク:0.61kgm/6000rpm
燃料タンク容量:3L
燃費:90km/L(30km/h定地走行)
ブレーキ(前・後):ドラム・ドラム
タイヤ(前・後):2.75-10・3.00-10
価格:13万9000円
※スペックは85年モデル
※この記事は月刊モトチャンプ2025年3月号を基に加筆修正を行っています
【モトチャンプ編集部】