令和8年熊本地震で活用される「通行実績情報」

トヨタの「通れた道マップ」

令和8年熊本地震では、トヨタが「通れた道マップ」の表示エリアを熊本県周辺に切り替え、通行実績や交通規制などの情報を提供した。

このサービスは、トヨタのテレマティクスサービスを利用する車両から収集したプローブ情報をもとに、直近24時間以内に車両が通行した道路を地図上へ表示するものだ。

また、ホンダのインターナビ装着車から収集した走行データを活用した「通行実績情報マップ」も、ゼンリンデータコムの地図サービス上で公開されている。

両社以外にも、日産やいすゞ、UDトラックスなどが、過去の災害時に通行実績情報の作成に必要なプローブデータを提供してきた実績がある。現在はJARTICが、大規模災害時にVICSセンターや複数の自動車メーカーから通行実績情報などを収集し、「災害時情報提供サービス」を通じて道路交通情報を提供する体制を整えている。

ここで示されるのは、通行が保証された道路ではなく、一定時間内に車両が実際に通った実績である。その後に道路状況が変化したり、新たな規制が行われたりする可能性もあるため、現地の標識や警察、道路管理者からの案内を優先する必要がある。

それでも、情報が限られる発災直後において、実走行に基づくデータは避難経路や救援ルートを検討するための重要な手がかりとなる。トヨタも、通行実績がある道路であっても、その後の状況変化などによって通行できない場合があるとして注意を呼びかけている。

こうした仕組みは、今回初めて使われたものではない。

その始まりは、2004年の新潟県中越地震後に行われた実証実験にさかのぼる。2007年の新潟県中越沖地震では、ホンダが車両の走行実績をもとに通行できた道路をインターネット上で試験公開した。さらに、2011年の東日本大震災では、ホンダ、トヨタ、日産、パイオニアのデータをITS Japanが初めて横断的に集約し、通行実績情報として公開した。

2016年の熊本地震では、トヨタとホンダがそれぞれ独自の通行実績マップを公開したほか、ITS Japanも、両社に加えて日産、いすゞ、UDトラックスなどから提供されたデータを集約し、「乗用車・トラック通行実績情報」として公開した。過去の災害で行われてきた実証と情報連携が、現在の迅速な情報提供につながっているのである。

一台一台の走行データがリアルタイムの交通情報に

テレマティクスデータのイメージ

テレマティクスサービスとは、車載通信機やスマートフォンなどを介してクルマをネットワークにつなぎ、車両とデータセンターの間で情報を送受信する仕組みである。

日常では、渋滞を考慮したルート案内、事故発生時の緊急通報、スマートフォンによるドアロックやエアコンの遠隔操作、車両状態の確認などに利用されている。車種やサービスによって扱う情報は異なるが、位置や走行時刻、速度、車両の挙動といったデータを収集できることが大きな特徴だ。

こうした情報は「プローブ情報」と呼ばれる。クルマを道路上のセンサーとして捉え、走行速度や位置、車両の挙動などを収集することで、道路や交通の状況を把握する仕組みである。

一台のクルマから得られる情報は限られている。しかし、複数の車両から得たデータを個人が特定されない形で集約すれば、街や道路の状況をより広い範囲で捉えられる。

ある道路を車両が走行していれば、少なくともその時点で車両が通行したことが分かる。ただし、走行実績が表示されていない道路が、必ずしも通行不能であるとは限らない。通行実績情報はあくまで参考として捉え、交通規制情報や現地の標識、警察、道路管理者の案内と併せて確認する必要がある。

テレマティクスが変えるクルマの未来

今後、ネットワークにつながる車両が増えれば、クルマとクラウドの間でやり取りされるデータもさらに増えていく。複数の車両から集めた情報を分析することで、道路や交通の状況を、より迅速かつ詳細に把握できるようになるだろう。

災害時におけるデータ活用も、さらに高度化すると考えられる。トヨタの「通れた道マップ」では、車両走行情報から道路冠水の可能性を推定する機能が、すでに試験的に提供されている。今後は、路面の段差や急減速が集中している地点なども複数の車両データから推定し、自治体や道路管理者、救援車両へ共有する仕組みが整備される可能性がある。

さらに、クルマが取得した情報と、行政が保有する通行規制情報、衛星画像、気象情報などを組み合わせれば、被災地の状況をより多面的に把握できるようになる。

一方で、車両データの利用範囲や保存方法、ユーザーからの同意の取得、サイバーセキュリティーなど、解決すべき課題も残されている。利便性や公共性が高いからといって、データの利用が無制限に認められるわけではない。誰が、どのような目的でデータを扱うのかを明確にし、安全性と透明性を確保することが欠かせない。

熊本地震を受けて公開された通行実績情報は、テレマティクスサービスが車内の利便性を高めるためだけの仕組みではないことを示している。

一台一台のクルマは、人や物を運ぶと同時に、道路や交通の状態を伝える情報端末にもなり得る。ネットワークにつながる車両が増え、データを適切に共有・活用する仕組みがさらに進化することで、クルマが災害時の避難や救援活動をより力強く支える存在となることを願いたい。