クルマを知らないデザイナーにクルマを描かせたフォード

自動車デザイナーが自動車以外の工業製品のデザインを手がけることは珍しくない。ジョルジェット・ジウジアーロによるニコンのカメラ、セイコーの時計、ピニンファリーナもさまざまな工業製品のデザインをしてきている。
だが、逆は意外と少ない。
インダストリアルデザイナーがクルマのデザインを手がけることは極まれだ。
今回の主人公はマーク・ニューソンである。

1963年にオーストラリアのシドニーで生まれたマーク・ニューソンは40年以上にわたって世界のデザインの最前線で活躍を続けている。有名な作品としては、Apple Watchの開発にも関わった。他にもペンタックスのカメラ(K-01)などがある。
そんなインダストリアルデザイナーであるマーク・ニューソンにカーデザインを依頼したのがフォードである。
1999年の東京モーターショーに出展されたフォード021Cはこの年の「ベスト・コンセプトカー賞」を受賞している。そのモデル名は新世紀(21世紀ということ)に因んでつけられた。いま見ても”ちょっと変わっている”デザインで強い印象を残した。
四半世紀後、ニューソンは再び自動車の世界へ

さて、それから四半世紀。再びニューソンにカーデザインを依頼したのが、フェラーリである。正確にはニューソンに、ではなく、マーク・ニューソンとジョナサン・アイヴが設立したデザイン集団「LoveFrom」にデザインの依頼をしたわけだ。
そのモデルは、フェラーリ・ルーチェ(LUCE)だ。
ニューソンの相棒とも言えるジョナサン・アイブ(Sir Jonathan Paul Ive)は、言わずとしれたAppleの元CDO(最高デザイン責任者)だ。初代iMac、iPodなどで熱烈なファンを持つデザイナーだ。









フォード021Cがフェラーリ・ルーチェになった……とはさすがに言えないが、鮮やかなカラーリング、観音開きのドア、メーターなどのグラフィックの使い方など、両車には共通点があるように見える。フォード021Cは当時の自動車デザインが重視していたスピード感や力強さよりも、色彩やプロダクトとしての親しみやすさを前面に押し出した。ルーチェにもまた、従来のフェラーリにはなかった生活用品のような軽やかさが感じられる。
両車の間には四半世紀の時間が流れているとしても、フォードもフェラーリも、”これまでにないクルマのデザイン”をしてほしくてマーク・ニューソンに依頼をしたのだろう。その意味では、今回のルーチェも賛否を巻き起こした時点で、フェラーリの狙いは成功したと言える(発表後にフェラーリの株価が下がるのまでは予想していなかったのかもしれないが)。
フォード021Cは量産車にならなかった。
だが、021Cが問いかけた「クルマはもっと違うデザインになれるのではないか」という発想は消えなかった。
四半世紀後、マーク・ニューソンはフェラーリ・ルーチェという形で再び自動車の世界に現れる。
あの奇妙な黄色いコンセプトカーは、未来のクルマを予言したわけではない。しかし、自動車デザインの未来にはまだ余白があることを示していたのである。
