McLaren W1
1200PSオーバーのRWD

ムジェッロのピットにはただならぬ緊張感が漂っていた。イタリアらしい陽光の照らすパドックにはまだしも朗らかな風が吹いていたが、ピットに入ると一転、空気が張りつめたのだ。歴代の“1”モデル、すなわちF1とP1が飾られている。とはいえ主役はもちろん、今回が社外の人間による初の本格テストとなった「マクラーレン W1」である。
ピリつく空気の要因は、歴代のスーパースターたちがそこにあるからだけではない。勢揃いしたW1開発チームの面々や、数名のテストドライバー、そして新たにマクラーレンを率いることになったニック・コリンズその人の発する気であった。
コリンズCEOをはじめプロダクトマネージャーのヘザー・ローズなど開発陣のうち数人とは前夜のうちにすでに言葉を交わしていたから、朝の挨拶にもいくらか笑顔が伴っている。けれどもこの朝が今回の初対面となったエンジニアの面々の表情にはなんともいえず硬さが見受けられた。
緊張は伝播する。私の目は自然と彼らから離れ、決して表情を変えることのないベアシャシーへと移った。フロントからリヤまで仔細に眺める。たまりかねてエンジニアが横から質問を促す。3Dプリントで作ったフロントアームも、プッシュロッド式フロントサスも実は空力性能を上げるための採用だ、というふうなことを丁寧に教えてくれる。なるほど世の1000PSオーバーマシンが押し並べてフロントをモーター駆動するAWDであるのに対して、ほとんど唯一のRWDとしてW1を成立させる要諦はエアロダイナミクスにこそあった。マクラーレンはW1を真のグランドエフェクトロードカーであるとアピールする。エアロダイナミクス・モンスター降臨、というわけだ。
頭上のスターターボタンを押して始動

ヘザーが声をかけてきた。「貴方の番よ。パドックへどうぞ」。サーキットテストの前に一般道でのドライブだ。ピット外に出てみればアンヘドラルドア、つまりガルウィングタイプ、を開けた状態のW1が停まっていた。ちなみにこれまでのマクラーレンロードカーは、F1から全て、ディヘドラルドアだった。
アメジストブラックにペイントされた左ハンドル仕様に乗り込んだ。プロダクトマネージャ直々のコクピットドリルが始まる。軽量化のためシートはカーボンモノコックボディと一体化されていた。「フェラーリ SP3 デイトナ」を思い出す。右手でシート前のレバーを引くとペダルボックスがかなり手前まで移動する。フットレストを左足で押し、位置を調整した。頭上のスターターボタンを押し、ステアリングボックスを電動で操作する。これでドラポジは完璧だ。
さらにヘザーが細々と説明してくれるが、たいていの操作は「これまでのマクラーレンと同じよね」と素敵な笑顔と共に締めくくられたからひとまず安心する。なるほど直前の1週間を共にした750Sスパイダーと操作系の基本は変わらない。ルーフセンターにハザードスイッチがあることを再確認した(最新モデルでは意外に慌てて探すことが多い)。
乗り味はまさにマクラーレン

アップルカープレイを使って試乗ルートを表示する。ムジェロ周辺といえば何度か走ったこともある。小さな村イタリアの狭い道もありそうな気配で、心配が先にたつ。なんといっても4億円以上もする完売御礼ハイパーカーのお相手なのだ。
ヘザーの笑顔に送り出され、パドックからサーキットの取り付け道路へと出た瞬間、全ては杞憂だと知った。2mを超える全幅も、1275PSという最高出力も、それなのにRWDであるという事実も、世界限定399台で4億円以上というプレッシャーも、全て忘れてしまえるほどにフレンドリー。というか、乗り味はまさにマクラーレンだ。765LTよりもガシャガシャ言わないぶん、精神的にも扱いやすい。
ステアリングの中立付近で少し余裕を持たせてあるから前へ進むことに神経質にならずに済んだ。意思を持って左右に操作すると、従来のモデル以上に機敏なレスポンスで動く。しかもとびきりクリアなフィールだ。それでいて思い通りに動かせているという感覚がある。さらに視界が良い。極太のAピラーさえ不思議と気にならない。従来モデルに増して一体感があるから、どこへだって行けそう。一般道を10分も走ればもう自信満々、余裕しゃくしゃくだ。
ゆっくり走らせても楽しい

乗り心地は流石に硬質でフラット。けれどもタイヤが受けた衝撃によってドライバーの気分が悪くなることはない。上手にいなされている。だから硬さも心地よい。タイヤの“タッパ”があった頃の欧州車のようだ。背後のエンジンサウンドはターボカーそのもので、官能的とは言えないものの、力強さはありありと伝わってくる。高速クルージングも素晴らしい安定感である。知らぬ間に100マイルを超えてしまう。
一般道ではあまりに快適過ぎて、攻めこんでみることを忘れてしまった。試乗ルートも残りあとわずかというところで、さほど踏んでいないことに気づく有様。裏を返せばそれで十二分に楽しかったのだ。よくできたスーパーカーはゆっくり走らせても楽しいもの。速いことが楽しいのではない。機械が正確に反応し動くから楽しい。速さなど、その結果でしかない。バカっ速のBEVが実は大して楽しくない理由もそこにある。
神の手で押さえつけられる安心感

速さはサーキットで体感できればいい。一般道では結局フルスロットルさえ試さなかった。ピットへ向かう。贅沢にも1台でコースを独占できるようだ。プロが助手席で見守る方式で、毎度ながらご苦労さまのお気の毒さまである(危険手当は出るのだろうか?)。ヘルメットとハンスを装備した私は、パパイヤスパークペイントの右ハンドル仕様に乗り込んだ。
まずはレースモードで走れという。ステアリングはガシッとかたまり、キレイな路面を舐めるようにして加速する。もちろんマニュアル操作、パドルでギアをチェンジ。ダイレクト感が強く、小気味よい。なんといっても1000PSオーバーの後輪駆動、正直びびっていると伝えたら、「心配するな、神の手(空力)がついている」、と励まされた。
過去に何度か走ったことがある。1周目でコースをだいたい思い出し、2周目からプッシュ。プロの言葉を信じて踏んでいく。ビシッと力がカーボンボディにみなぎったかと思うと、とてつもない縦Gに襲われた。思わず大声で叫ぶ。隣も釣られて笑う。制動フィールもたまらない。横GもHANSがなければどうなっていたか、と思うほどだったが、加減速、旋回、全ての領域で視線がほとんどフラットに固定されていた。だからどんどん攻めていける。神の手で押さえつけられているという安心感がまたハンパない。
1回目のセッション。ストレートではブーストモード(ハンドルの右側スイッチ)を4速と5速で使うよう指示された。路面に吸い付いているのに飛んでしまうかと思うほどの速さで、最後に見たメーターの数字は280km/hだった。
途端にコースが短く感じられた

レース+のGPモードで2回目のセッションが始まった。さらに車体が引き締まったようだ。ステアフィールもガチガチである。俄然やる気モードに入った。隣のプロは気負った空気を読み取ったのか、アクセルもステアリングも丁寧にとアドバイス。通常のレースモードよりも全域に渡って速く、全てが正確に動く。腕の負担がすごい。けれども落ち着いて速く走れているという実感がついてくる。まるで耐久レースを戦っているかのようだ。ストレートではブーストボタンを使ってついに300km/h近く……。
最後のラップ、「スプリントモードにしろ、そして気をつけるんだ、コーナーが早く迫ってくるぞ」。確かに。途端にコースが短く感じられた。スプリントはいわば予選タイムアタックモードで、全域ブースト、1275PSの解放だ。
どんなにワイドにコースを使っても足りていない。あっという間にコーナーが迫ってきて、ブレーキも遅れがちに。その度に笑ってしまう。当然ながらインにつくのもまるで遅いと叱られる。そこで自分が思うよりひと呼吸早くハンドルを切ればリズムに乗ってクリアできるように。
そしてストレート。最後の方で少し駆け上がり、コーナーの入り口が見えないという恐ろしさでも、スプリントモードなら笑いながら300km/hオーバーで突っ込んで行けた。
なんとクレージーなロードカーか! W1から降り、ヘルメットを脱ぎ去った私の笑顔を見て、エンジニアたちの表情も一斉に和んだ。汗を拭い、差し出されたボトルの水を飲み干すと、ピットの面々も皆、笑顔になっていた。現時点でW1はとてつもなく速く、最高に楽しいスーパーカーであることは間違いない。
SPECIFICATIONS
マクラーレン W1
ボディサイズ:全長4635 全幅2074 全高1182mm
ホイールベース:2680mm
乾燥重量:1399kg
エンジン:V型8気筒DOHCターボ
総排気量:3988cc
エンジン最高出力:683kW(928PS)
エンジン最大トルク:900Nm
モーター最高出力:255kW(347PS)
モーター最大トルク:440Nm
システム最高出力:938kW(1275PS)
システム最大トルク:1340Nm/4500〜5000rpm
バッテリー容量:1.384kWh
トランスミッション:8速DCT
駆動方式:RWD
サスペンション形式:前後ダブルウイッシュボーン
ブレーキ:前後ベンチレーテッドディスク
タイヤサイズ(リム幅):前265/35R19(9.5J) 後335/30R20(12.0J)
最高速度:350km/h(電子制御作動)
0→100km/h加速:2.7秒
車両本体価格:約200万英ポンド


