連載
今日は何の日?■22年ぶりに初のモデルチェンジで登場した2代目デボネアV

1986(昭和61)年7月22日、三菱自動車は最高級セダン「デボネア」の2代目となる「デボネアV」を発表した(発売は8月22日)。長くモデルチェンジをしないことから“走るシーラカンス”と揶揄されていたが、22年ぶりにすべてを刷新して現代風に生まれ変わった。
三菱のフラッグシップセダンとして登場したデボネア
1960年代初頭の三菱重工は、本格的に自動車事業に参入し、軽自動車の「ミニカ(1964年11月~)」、大衆車の「三菱500(1960年4月~)」や「コルト600(1962年6月~) 、「コルト1000(1963年7月~)」を発売した。そして、総合自動車メーカーを目指す三菱が1964年7月に投入したのが、最高級セダンの「デボネア」だ。

デボネアが目指したのは、トヨタ「クラウン」や日産自動車「セドリック/グロリア」に対抗できる日本を代表する最高級車であり、会社の幹部や政府の要人が運転手付きで乗るようなショーファーカーだった。注目されたのは、元GMの設計者がデザインした斬新なアメ車風スタイルと、ボンネットとテールの両サイドにエッジを立て、太いフロントバンパーに広いフロントグリルなどの豪華さは目を見張るものがあった。

パワートレーンは、クラストップを誇る最高出力105ps/最大トルク16.6kgmを発揮する2.0L 直6 OHVエンジンと4速MT(後に3速ATを追加)の組み合わせで、駆動方式はFR。車両価格は、クラウンより20万円高い125万円に設定。当時の大卒初任給は、2.1万円程度(現在は約23万円)程度だったので、単純計算では現在の価値で約1370万円に相当する。
その斬新なスタイリングから、道を走れば確実に注目される存在だったが、残念ながらクラウンとセドリックが主導する高級車市場で存在感を示すことはできなかった。その後、22年間ほぼそのまま、基本設計やデザインを変えずに販売されたことから“走るシーラカンス”と称された。
22年ぶりのモデルチェンジで登場した2代目デボネアV

1986年7月のこの日、「デボネア」の22年ぶりとなるモデルチェンジが発表され、1ヶ月後の8月22日に「デボネアV」が発売された。“VIP&VICTORY、そしてV型エンジン”を意味する「V」を冠したデボネアは、オーソドックスな現代風で風格あるスタイリングに変貌した。

パワートレーンは、新開発の最高出力105ps/最大トルク16.1kgmを発揮する2.0L V6 SOHC、150ps/22.5kgmの3.0L V6 SOHCの2種エンジンと4速ATの組み合わせ。駆動方式はFFに変更され、より広い室内空間が実現された。
装備については、高級車にふさわしい先進性の高いものを搭載。ドアの開閉に連動してステアリングホイールが上がり、乗り降りを容易にするハイチルト機構を国産車で初めて採用。またデュアルフルオートエアコンにはシガーライターをオンにすると自動的に強制排気装置が起動して室内をクリーンに保つ機能などが装備された。
車両価格は、212.5万~277.7万円(2.0Lエンジン)/353.2万~421.5万円(3.0Lエンジン)に設定。当時の大卒初任給は14.6万円程度(現在は約23万円)程度だったので、単純計算では現在の価値で約335万~437万円/556万~664万円に相当する。
22年ぶりのモデルチェンジとして話題になったデボネアVだったが、FFニュークラシックのキャッチコピー通りのフォーマルなイメージが当時のバブル市場では響かなかった。
デボネアVにAMG仕様追加

「デボネアV」発売3ヶ月後の1986年10月に、メルセデス・ベンツの上級高性能モデルのチューニング部門であるAMGとタイアップして手掛けた「デボネアV 3000ロイヤルAMG」が追加された。通常メルセデス・ベンツを専門に手がけるAMGだが、デボネアVは数少ないAMGチューンを受けたクルマのひとつである。

3000ロイヤル AMGは、エアロパーツ、アルミホイール、ステアリング、デュアルテールエキゾーストパイプなどが装着されメルセデス・ベンツ風に仕上げられたが、AMGが得意とするエンジンのチューニングは施されなかった。
ボディカラーはサラエボホワイトのみで、販売台数は300台。車両価格は410万円、これはベース車よりも約57万円高額である。
・・・・・・・・・・・
現代風のスタイリングとなったデボネアVだったが、当時はバブル好景気を背景にハイソカーなど、見た目が派手で中身がゴージャスなモデル全盛の時代。そんな中ではデボネアVは、堅実過ぎるクルマづくりが一般受けせず、三菱グループ幹部御用達の高級車の域を脱することはできなかった。
毎日が何かの記念日。今日がなにかの記念日になるかもしれない。
