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KTM・890 ADVENTURE R…….1,759.000円
ブラック×オレンジ×ホワイト
ラリーレイドの実戦で活かされたノウハウを積極的にフィードバックして開発されたミドルクラスのアドベンチャー。何よりも単気筒エンジン並みの軽量設計を目指した事が謳われていた。
右サイドカムチェーン方式を採用したLC8Cエンジンは、確かにコンパクトな水冷DOHC4バルブの直(並)列ツインに仕上げられ、先発の790モデルでは、ドライウエイトながら 189kgの軽量設計を誇っていた。
より競技車然としたキャラクターの690アドベンチャー(単気筒エンジン)は146kgだから、流石にそのレベルではないが、大柄な車体サイズを持つミドルクラスのアドベンチャー系として、890の196kgは十分に魅力的である。
そして2021年2月に追加投入されて話題を集めたのが、890アドベンチャーとこの同R。
790とは基本的にエンジンの排気量が異なっているだけだが、ボア・ストローク共に変更。790の88×65.7mmの799ccから、890は90.7×88.8mmの889ccへ拡大された。ボアが2.7mm拡幅された事で、バルブサイズも吸排気側ともに1mmサイズアップされ、吸気バルブはφ37mm。排気バルブはφ30mmを採用。燃焼室形状も専用設計されて圧縮比は790の12.7対1に対して、890は13.5対1まで高圧縮化されている。結果的に最高出力で1割、最大トルクで1割以上のパフォーマンス向上を果たしている。ちなみにこのエンジンはネイキッドバイクで人気のDUKEにも搭載されている。
890アドベンチャーRの最高出力は、同アドベンチャーと共通の77kW(105ps)/8,000rpmを発揮。最大トルクは6,500rpmで100Nmを誇っている。
いずれもショートストロークタイプで、ボア・ストローク比は、790と大差無いレベルだが、890の方が若干ながらスクエアに近付けられた。さらに75度位相クランクのマスが20%重くなったのも見逃せないところ。
排気量の拡大で絶対的なパフォーマンス向上に合わせて柔軟でスムーズなより扱いやすい出力特性も狙って開発されたのである。
詳細は既報の890アドベンチャーと共通。クロームモリブデン鋼管フレームにエンジンをリジッドマウントする事で、車体全体での高剛性化を追求。ボルトオンされたクロモリ鋼管製リヤフレームや鋳造アルミスイングアームにモノショックを採用したシンプルなサスペンション構造も同じである。
ただし前後サスペンションは同じWPブランドを採用も、“R”専用のパーツが奢られ、サスペンションストロークは長く、ホイールトラベルで前後共240mmのストロークを稼ぎだす。
その足の長さ故、ロードクリアランスやシート高は高くなっており、本格的なホフロード走行でより高いパフォーマンスを発揮できる仕様となっている。
ツアラーとして、快適な基本機能を備えている点は同じだが、大胆なブロッパターンが特徴的な、オフロードで強みを発揮するタイヤの標準装備を始め、オフロードでスポーツライディングする上での操縦性の高さに、明確な棲み分けがなされているのである。
潜在性能の高さに程よい心地よさが感じられる。
試乗車を目前にした時、一度遠巻きに眺めてしまった。やはり“大きいなあ”と言うのが正直な第一印象。ミドルクラスとは言え、そのスケールの雄大さは1290のトップモデルに匹敵するレベルに感じられた。
ブラックアウトされたスイングアームの太さや両脇に振り分けられて低い位置まで下げられた燃料タンクのボリューム感も立派。さらにシートは自分の腰より、ハンドルは肘より高い。その堂々たるアドベンチャースタイルに、圧倒されたのである。
撮影当日は890アドベンチャーに比較試乗できたが、“R”は見るからに背が高い。ロードクリアランスも余裕たっぷり、サスペンションが長いのも一目瞭然であった。
ちなみにフロントフォーク長は57mm長い912mm、リヤショック長も16mm長い380mmの専用タイプを装備する事でこの差が生み出されているのである。もちろんその恩恵として前後ホイールトラベルはアドベンチャーの200mmから、“R”は240mmの十分なストロークを備えている。本格派オフロードモデルとして、その魅力は見逃せない。
ただシート高は880mm。アドベンチャーは830mm。その50mm差は大きく、背筋や足の関節をピンと精一杯伸ばしてギリギリの爪先立ち。足つき性チェックの写真をご覧頂ければ理解は早いだろう。
舗装の平坦な場所なら何とか支えられるものの発進停止では少々不安と緊張感が伴う。実際に市街地へ繰り出すと、停止前から意識して左脇の歩道段差等、足の付きやすい場所を探している自分が居る。
アドベンチャーも含め、高性能なサスペンションを装備する、いわゆる本格的なオフロード系モデルなら当たり前の事。しかし自在に扱えるかどうか、場面によってはバイクを支えきれないのではないか、自分の体格や体力と技量に対して不安がつのるのである。
装着タイヤはメッツラー製KAROO 3。大きなブロックパターンは不整地のグリップに優れるタイプ。オフロードでのトラクション性能を大切にするなら実に強い味方となる。
反面、一般的な舗装路走行ではロードノイズが少し大きい。またグリップ限界もロードタイヤより少し控えめである事を理解しておきたい。前述の足の長さについても同様だがニーズに対して的を絞った使い方で高性能を発揮する潔さが魅力となるのである。
今回の試乗は舗装路のみだったが、操縦性に関してはそれほど違和感なく仕上げられており、操舵フィーリングはむしろ軽い感じ。車体のバンクに伴い旋回力が増してくる時の立ち上がり具合がアドベンチャーと比較すると微妙に遅い。しかしその違いは僅差であり、特に気になるレベルではない。
むしろ“R”は軽快感がある。さらに腰骨を立てて、背筋が伸び、上体がハンドルに近いライディングポジションとなるせいか、アグレッシブな気持ちで乗れる。
いかにもスポーツバイクらしい乗り味とバイクを積極的にコントロールするに相応しい楽しさがそこにある。
スマートに一体デザインされたダブルシートや、コンパクトなフロントスクリーンも、ライダーがスタンディングポジションで路面からの衝撃をいなしたり、前後荷重を制御すべく積極的な体重移動をしやすいよう配慮されている。
ちなみにアドベンチャーはタイヤサイズこそ共通ながら、どちらかと言うと舗装路使用を重視したAVON製TRAIL RIDERを履いており“R”よりは操舵フィーリングがしっとりと落ち着いていた。
旋回レスポンスも少し勝っている感じ。腰骨を後方に落とし(後傾)上体もゆったりとリラックスできる。アグレッシブな“R”とは乗り味が異なり、キャラクターとしてはクルーザーとしての快適性が目立つ。
もちろんエンジンパフォーマンス的には両車共通。790からグンと逞しさを増した出力特性は排気量にして100ccの差以上の大きさを感じさせてくれる。
特に中低速域の粘り具合。トルクは太く、ワイドな回転域で頼れるスロットルレスポンスを発揮する柔軟性の進化が大きい。それはダート走行でも多くの場面でコントロールのしやすさに貢献する事は間違いない。
回転のスムーズさとスロットルを開けた時の逞しさからは、申し分の無いパフォーマンスが感じられ、正直日本で使うアドベンチャーモデルとして絶妙の性能にあると思う。
ちなみにローギヤでエンジンを5,000rpm回した時の速度はメーター読みで43km/h。6速トップギヤで100km/hクルージング時のエンジン回転数は4,000rpmだった。
車重は200kgを切る。さらに体感的にはそれよりも軽いバイクに乗る様に、手強さの少ない素直な操縦性も魅力的。
前後ブレーキも効きは強力で、かつコントローラブル。流石に制動時のノーズダイブはアドベンチャーよりも大きいが、その挙動は十分に落ち着いていた。
不意に拾ってしまった大きなギャップを通過した時に、その激しい衝撃を十二分に吸収して突き上げの無い快適な乗り心地をキープしてくれるサスペンション性能の高さにも驚かされた。
オフロードへの拘りの強いユーザーにとっては、このパフォーマンスの高さが大きなチャームポイントとなることは間違いない。
試乗当初、大き過ぎに思えた車体サイズも総合的にバランスの取れた程良い快適性とオフでの高性能に貢献していることは間違いなく、オフロードフリークには見逃せない選択肢のひとつとなる事だろう。
足つき性チェック(ライダー身長168cm / 体重52kg)
シート高880mmの足つき製はこんな感じ。やっと両足で爪先立ち。都市部の信号停止では、左足を踏ん張るのに歩道段差を探したくなる。足(サスペンション)の長さとのトレードオフだから致し方無しだけど、自分自身の技量やニーズとの慎重な見極めが大切。