実はCRF1100Lアフリカツインよりも大きい。 ヤマハ・テネレ700インプレッション

2018年のEICMAに出展されて以来、発売が待ち望まれていたヤマハのアドベンチャーモデルがついに新登場。“テネレ”のネーミングが採用された700 ccの本格派である。発売日は当初6月5日の予定が、諸事情により7月31日に延期。YSP及びアドバンスディーラーのみで販売されるエクスクルーシブモデルである。
【2020.09.30 動画を追加しました】

REPORT●近田 茂(CHIKATA Shigeru)
PHOTO●山田俊輔(YAMADA Shunsuke)
取材協力●ヤマハ発動機株式会社

※2020年8月6日に掲載した記事を再編集したものです。
価格やカラーバリエーションが現在とは異なる場合があります。

ヤマハ・Ténéré 700…….1,265,000円

ブルーイッシュホワイトパール1
マットブラック2
テネレ700の全長は2370mm、ホイールベース1595mm。一方のCRF1100アフリカツインは全長2,310mm、ホイールベース1560mm。
機能性の徹底追及を目指したデザインスケッチ。如何にもヤマハの“テネレ”らしい「勇姿」が表現されている。

 “テネレ”の名は、以前からヤマハのアドベンチャー系である本格派オフロードモデルに採用されていた。同ブランド名には既に40年近い歴史が有る。パリ・ダカール・ラリーが開催されていた頃の難所として知られていたテネレ砂漠に由来したネーミングで、トゥアレグ語(マリ共和国、ニジェール、アルジェリアなどで使われる言語)でそれは「何もないところ」を意味するそうだ。
 アドベンチャーシーンではまさに自然の真っ只中をイメージさせ、道路から外れた大自然の荒野を走るための高いオフロード性能と厳しい環境下を走り抜くためのタフな基本機能が凝縮されたモデルである事を象徴しているのである。


 つまり冒険心を駆り立てられるモデルとして、商品開発されたヤマハの意欲作。ヤマハのウェブサイト上にアップされた開発ストーリーでは、「世界中どこにでもいけるバイクです」とプロジェクトリーダーの白石卓士郎さんが笑顔で語っている。
 基本的にオフロード性能がしっかり作り込まれていることが明言されており、それが舗装路も含めた日常の使い方でも楽しく快適に走れる事に貢献すると言う。付け加えると、その本格的なポテンシャルを備える事で、アドベンチャーモデルとしての“テネレ”の原点に立ち返り、「夢をもてるバイク」であること!へのこだわりを注入したと言うわけである。

 搭載エンジンこそ、MT-07 やXSR700と同じ688ccの水冷2 気筒だが、フレームやサスペンションは全て新規開発された別物である。ちなみにエンジンもテネレ用に専用チューニングされた物で、諸元表に着目すると、パワートルク共にその値は僅かながら控えめな設定となっている。
 また二次減速比が低くなっているのも見逃せない。車両重量もMT-07 は183kg だが、テネレは205kg 。クルージング時のエンジン回転数が高くなる関係もあって、60km/h定地燃費率ではMT-07 の38.4km/Lに対してテネレは35km/Lと低い。
 しかし興味深いのは、実用運行に近いモード燃費率のデータでは僅差ではあるが23,9km/LのMT-07 に対してテネレは24km/Lと値は逆転しているのである。
 これは、間違いなくスロットルレスポンスの優位性を物語っている。スロットルを開けた時に得られる駆動力が強ければ、自然とスロットル開度は少なくて済むので、実用上のエコ運転が促進される。つまりピークパワーを欲張ること無く、中低速域でより太く柔軟に発揮される出力特性の向上に注力した結果がそこにあると言うわけだ。

 フレームは専用新開発された高張力鋼管製のダブルクレードルタイプ。アルミ鍛造のアンダーブラケットと、同鋳造のハンドルクラウンで支持される倒立式フロントフォークは210mm ものストロークを誇る。アルミ重力鋳造で造られたリヤアームには専用設計されたボトムリンク式モノショック・サスペンションを採用。
 リヤフレームも一体構造でデザインされ、トップケース等のアクセサリー搭載を考慮したヘビーデューティーな作りが徹底されているのである。もちろんスポークホイールを履く前輪は21インチ、後輪は18インチサイズ。ホイールベースが1595mmという大柄な車体サイズも含め、200kg をオーバーした車重にも納得させられる堂々の仕上がりを誇っているのである。

ゆったりとした乗り味。その全体的なリズム感がとても心地よい。

 試乗車を受け取ると、その立派なサイズ感には改めて驚かされた。実際のホイールベースや全長、全高などはホンダのCRF1100Lアフリカツインよりも大きい。ただ、全体にシュッとしたスマートなデザインのせいか車体のボリュームから受ける威圧感は少ない。車両重量が200kg台であることも含め、やはりミドルクラスらしい親しみが感じられた。
 それでも大柄な車体を取り回す時は、ハンドルを持つ手が胸の位置に来る程である。高さ870 mmのシートに跨がると両足は完全に爪先立ちとなる。この大きさは個人的(自分:168cmの体格)には限界レベルだと思える。ただ、シートや車体は細めにデザインされており、足は伸ばしやすく、平地なら片足付きでも不安なく支えられる。この時は指の付け根で地面を捉えることができるので、安心して扱えた。

 ハンドル幅は意外と広くない。ライディングポジションは背筋を伸ばした自然体にピタリと快適に決まる。前方の見晴らしが良く、なおかつコンパクトに仕上げられたスクリーン等のデザインも奏功して周囲の路面状況も良く見えるのが気に入った。
 シートクッションは硬めで細いが、座り心地も悪くないし、乗車位置や姿勢に自由度がある。腰から膝までの股は若干前下りになりステップ位置も適切なので、着座からスタンディングへの移行もごく自然に行え、バイク上でのアクションが取りやすい。不意に大きなギャップに遭遇してもスッと腰を浮かせられるので、ロングストロークの前後サスペンションにプラスして膝のクッションも加える事が容易。どんな場所でもほとんどの場面でライダーは慌てることなく走り抜けことができるだろう。
 さらに言うとそのライディングポジションは下半身の筋力を活かしやすく、無意識の内に尻への体重負担が軽減されている感じ。これならロングツーリングも快適に過ごせることは請け合いである。ピタリとニーグリップを利かせると、右のふくらはぎにクラッチケースカバーが当たるのが気になったが、それも慣れてしまえる範囲内だった。
 3ピース構造のクリアスクリーンは固定式だが、エアロダイナミクスの追求が徹底されウインドプロテクション性能は実に上手く仕上げられていた。ライダーの両肩や顔も前方からの風が直撃しないのである。

 270 度クランクと1 軸バランサーが採用された2気筒エンジンは、相変わらずとても扱いやすい。スペックデータではMT-07よりパワー& トルクの値は僅かに控えめだが、低められたギヤ比も相まって、より生き生きと実用域でのスロットレスポンスがさらに良くなった印象を覚えた。
 ローギヤで5,000rpm回した時のスピードはちょうど40km/h。確かMT-07 やXSR700は42km/hだった。その分少し早め早めにシフトアップして行く感じになる。2,000rpm前後の低速域でも良く粘り、スロットル開度を控えめにしても軽々とダッシュ。柔軟性に富むトルクが遺憾なく発揮されている。
 しかもスロットルレスポンスが決して強過ぎない。もちろんトルクに不足は無い。加速も減速も穏やかに扱え、決して乱暴でない所が良い。さらに9,000rpmオーバーの高速域まで、さりげなくも豪快に吹き上がる様がとても気持ち良いのである。
 どの回転域でもトルク感は十分。穏やかなレスポンスを誇れる中に、頼れる駆動力がいつでも思いのままに発揮できる扱いやすい出力特性なのだ。2 速、3 速、4 速あたりでスロットルをワイドオープンしていく時の爽快感もまた格別。テネレ砂漠を走破して見たいと、頭の中に叶わぬ夢が浮かんでくるから不思議。
 6 速トップ100km/hクルージング時のエンジン回転数はMT-07より200回転高い4,400rpm 。120km/h では5,200rpmだ。特に気になる振動も無く、前述のウンドプロテクションの恩恵を感じながら、どこか遠くまで足を運んで見たい衝動にかられてくるのである。

 そしてもうひとつ、フロント21インチホイールと足の長い前後サスペンションの採用はゆったりと落ちつきのある安定感を発揮。ロングツアラーとしての素性の良さが感じられる。足のサイズは基本的にオフロード性能を追求してチョイスされたものだが、素直な操縦性に伴う穏やかなリズム感がツアラーとしての用途に絶妙のマッチングを魅せてくれる。
 峠道で急に出現したタイトターンにもブレーキングしながらコーナーへ向けるアプローチから、旋回、そして脱出加速まで一連の動作が穏やかな心持ちで快走できる。
 例えばスポーツネイキッドと比較すると、舗装路面でタイヤのグリップ力に勝るとか、よりクイックに身を翻すことができる等の差はあるが、ツアラーとしてそれが嬉しい要素になる頻度は少ないだけに、むしろテネレの穏やかで常に落ち着きのある乗り味が、とても快適に思えてくるのである。
 言い換えると、ライダーの気分に急かされる印象が無く、常に落ちついて穏やかに走れる気持ちのユトリに違い(価値)がある。
 サスペンションは少し硬め(体重52kgの筆者にとって)に感じられたけど、大きいな衝撃にも耐え得る十分に長いストロークを持つ安心感は絶大。しかも小さな衝撃に対しても初期の作動特性が良く、砂利路や舗装路での小さな凹凸でもショックをジワッと、実にさりげなくいなしてくれた。
 特にリヤサスペンションのフットワークは秀逸。通常走行はもちろん、少々荒れた路面でもしなやかに衝撃を吸収してくれ、車体はまるで暴れる様子のない落ち着きが保たれる。まさに安心できる乗り味なのである。 車体のサイズ感、柔軟で扱いやすいエンジン特性、そして優れたサスペンション。それらキャラクターの全てが、長旅を共にする快適な道具として絶妙に魅力ある仕上がりを満喫させてくれたのである。

 なお、今回の試乗距離は約250km 。満タン法計測による実用燃費率は、25km/Lだった。
 試乗前に資料を見比べた時、廉価にも大きな魅力があるMT-07 の792,000 円に対して、1,265,000 円のテネレは少々お高いのではないかと思っていた。しかし試乗後にズバリ、ライバル視できたのはBMW F850GSとKTM 790 ADVENTURE の2 台。両社の価格はいずれも156 万円を超えているのだ。
 これと比較すると、テネレ700 はシンプルな装備とデザインに徹し、なおかつ素性の良い確かな仕上がりの良さと、侮れないポテンシャルを備えている事が理解でき、決して高くはないと感じられたのである。むしろお買い得な価格設定ではないだろうか。

足つき性チェック(身長168cm/52kg)

シート高は875mm。ご覧の通り両足はつま先立ちとなり、足つき性は良くない。ただ、車体がスマートで両足を地面に向けてスッと伸ばすことができるので、意外と支えやすかった。片足立ちだと足指の付け根まで接地できるので踏ん張りが効く。参考までにCRF1100Lアフリカツインのシート高は870mm。

キーワードで検索する

著者プロフィール

近田 茂 近影

近田 茂

1953年東京生まれ。1976年日本大学法学部卒業、株式会社三栄書房(現・三栄)に入社しモト・ライダー誌の…