“NIO FireFly のデザイン”:デザイントップのクリス・トマソン氏に聞く

[ デザイントップインタビュー_シリーズ -3 ]
今春開催された上海オートショーの会場でNIOのデザイン担当上級副社長であるクリス・トマソン氏に、昨年末に発表され自動車ショー初登場のプレミアムコンパクトEVの新ブランド“Firefly”についてお話をお聞きした。 インタビューのサポートはNIOの第3スタジオヘッドの吉澤俊彦さんにお願いをした。
上海ショーで発表された新ブランドFireFlyは3つの円形ライトと黒いハッチグリル、短いボンネットとルーフを跨ぐ幅広いCピラーが特徴だ。クリス・トマソン氏はNIOのネーミングからロゴマークまで創出しNIOのブランドデザインを手がけてきている。
TEXT : 難波 治 PHOTO : FaireFly、長野達郎、難波 治
FireFly 

NIOを創り上げたデザイナー

クリス・トマソン氏:デザイン担当上級副社長

難波 治(以下難波):まずは、クリスさんのこれまでのご経歴について教えていただけますか。

クリス・トマソン氏(以下トマソン氏):私は1992年からデザイナーとして活動しています。キャリアのスタートはBMWで、ミュンヘンにある本社でした。アートセンター・カレッジ・オブ・デザインを卒業しBMWが最初の就職先で、エクステリアデザイナーとして働いていました。そこでは約7年にわたり、さまざまなプロジェクトに関わりました。

そのなかで特に印象深いのは、BMWとしては異色の存在だった「C1」という屋根付きスクーターのデザインを担当したことです。このプロジェクトで初めて自分のデザインが選ばれて、市販化まで手がけました。自動車デザイナーとしてはちょっと変わったスタートでしたが、それが私の「いろんなことに挑戦するキャリア」の始まりになったと思っています。

その後、カーデザインだけでなくプロダクトデザインにも関わりたいという気持ちがありBMWを離れFrog Designというデザイン会社に移りました。そこではクルマのプロジェクトだけでなく、ナイキのメガネやさまざまな製品デザインにも携わりました。ちょうどドットコム時代で、MP3プレーヤーなどの電子機器も多く手がけました。

それからまたクルマの世界に戻り、2001年にロンドンにあった「Ingeni(インジェニ)」というスタジオに参加しました。そこは、クルマのデザインとプロダクトデザインを半々でやるというユニークなスタジオで、’ブランド’に関する経験を深める良い機会になりました。当時はフォード傘下のプレミア・オートモーティブ・グループの5つの全てのブランドに関わっていて、ブランドやブランディングについて多くを学びました。ジェイ・メイズからも多くのことを吸収しました。

その後、カリフォルニア州アーバインにあるフォードのアドバンスド・コンセプト・スタジオで働き、11台くらいのショーカーを担当しました。ここでもまた、ブランドや先進デザイン、プロダクトデザインについていろいろ考える経験になりました。

さらにその後は、ニューヨークにあるイノベーションとブランディングを専門にする会社に移りました。そこではフォーチュン500企業だけをクライアントにしていて、契約金額もすべて100万ドル以上という高水準の仕事でした。そこでもクルマ関連のプロジェクトがありました。たとえば、デ・トマソのブランド再始動に関わり、車両デザインやブランド構築などを担当しました。ペプシもクライアントで、パッケージデザインなどもやっていました。

その流れで、今度はコカ・コーラのグローバルデザインディレクターとしてヘッドハントされ、コカ・コーラに移りました。クルマの世界から見ればかなり異色の転身に見えたかもしれませんが、私にとってはすごく刺激的なチャレンジでした。コカ・コーラは世界最大級のブランドで、そこで学べることは本当に多かったです。

そこでは、グラフィックデザインやUIデザイン、売り場演出など、これまで手がけたことのなかった分野にも取り組み、デザインとブランディングをどう結びつけるかを深く理解することができました。周囲の「なぜコカ・コーラ?」という声に対しても、今思えば「やってよかった」と思っています。

それから私はガルフストリーム・エアロスペースに移り、ビジネスジェットのデザインディレクターを務めました。ここではG650という約6900万ドルの超高級機を手がけ、本物のラグジュアリーとは何か、ユーザー理解の大切さを学びました。クルマ以上にすべてが「妥協のない世界」でした。

その後、BMWに戻り「BMW i」のエクステリア責任者を務め、そこからNIOとの出会いがありました。当時はまだNIOという名前はなく、最初に会ったのが現在の会長(ウイリアム・リー氏)でした。彼はただのカーデザイナーではなく、もっと広い視点でブランドを創れる人を求めていたんです。彼はコカ・コーラの価値を理解していて「ユーザーとの感情的なつながりを持つブランド」にしたいと考えていました。

彼がやりたかったのは、クルマだけではなく、デザイン、ユーザー体験、ブランディングすべてを統合した「エコシステム」だったのです。なので、私は最初からロゴデザイン、ブランドのビジュアル、クルマのデザインまで、すべてに関わってきました。
10年前、私がミュンヘン・スタジオの立ち上げを担当したのですが、その当初は人もおらず、オフィスもなく、パソコンすらない状態からのスタートでした。最初は本当に少しずつで、最初の面接はミュンヘンのカフェで行いました。その後、一時的なスペースを確保し、半年ほどの間でチームを採用し始め、EP9(スポーツカー)や初代ES8(SUV)のデザイン、ブランドやロゴの開発、我々のオフィスの家具の設営まで、すべてを手がけました。本当にとても忙しい一年でした。そして、あれから10年が経ちました。

NIOが成功した理由のひとつは、デザインを中心に据えて、非常に包括的な視点でブランドを築いてきたことだと思います。これまでのすべての経験を、このひとつのプロジェクトに活かすことができたのは、デザイナーとして本当に幸運なことです。そして今では、NIOだけでなく「Firefly(ファイアフライ)」という新ブランドもゼロから立ち上げることができました。ブランドを一からデザインできる機会なんて、そうそうあるものではありません。私にとって、本当に素晴らしい時間でした。

夢の仕事:ビジネスをデザインする

難波:NIOのロゴマークも、あなたの仕事だったのですね。

トマソン氏:はい、「NIO」という名前もそうです。最初に私が来たときは、まだ「NextEV」という名前でした。でもそれは仮の名称で、あとから正式に名前を変えたんです。

難波:このロゴには、どのような意味が込められているのでしょうか?

トマソン氏:中国語で「NIO」は「蔚来(ウェイライ)」と書いて、「青い空がやってくる」という意味があります。
このロゴは、水平線をモチーフにしています。上の部分は空、つまり“青い空”を表していて、それがビジョン。そして下の部分は道、つまり行動への道筋を表しているんです。

私たちは、ビジョンを持って、それを実行に移す会社です。思い描くだけでなく、実際に行動するんです。ミュンヘンに来てもらえれば分かると思いますが、私たちのスタジオには、ロゴのバリエーションを1022種類並べたポスターが貼ってあります。
私が求めていたのは、クルマに映えるのはもちろん、デジタルやサイン(看板)でも見栄えがして、なおかつ分かりやすくて、モダンなグラフィックとして成立するロゴだったんです。

私はNIOに対して、常に非常に高いレベルのデザインクオリティを求めてきました。それはクルマだけではなく、ロゴやフォント、コーポレートアイデンティティなど、すべてにおいてそうあるべきだと思っていたんです。

難波:NIOも含めて、中国で新しく生まれてきたカンパニーというのは、中国の国営や、欧米・日本のような既存の自動車メーカーとは出自が異なりますよね。先ほどのお話にもあったように、「クルマを作ること」そのものよりも、「新しい世界を作る」ことに重きを置いているように感じました。その点も、クリスさんが魅力を感じた部分だったのでしょうね。

トマソン氏:ウィリアムと話したときに思ったのは、これはまさに“夢の仕事”だということです。ゼロからクルマのブランドを立ち上げてほしいなんて、まっさらな白紙から始められるというのは、デザイナーにとって理想的な機会なんです。

もちろんリスクはありました。新しい会社ですし、どうなるか分からない部分もありました。でも私にとっては、そのチャレンジがあまりにも魅力的すぎました。やらずにはいられない仕事だったんです。
それに加えて、ウィリアムがいかにデザインを重視しているかということが、話をしていてすごく伝わってきました。彼にとってデザインは会社の成功にとって欠かせないものなんだと、はっきり感じたんです。それが、私が参加を決めたもうひとつの大きな理由でもあります。
私はNIOで最初期に採用されたメンバーのひとりで、たしか最初の12人の中に入っていたと思います。

何をしたいのか?唯一無二を目指して自らに集中する

難波:それで、クルマづくりをスタートされたのだと思いますが、新興メーカー全般に対して「オリジナリティがまだ感じられない」という評価があるのも事実です。ブランドをつくるうえで、デザインはもちろん重要ですが「ひと目見てわかる存在感」も必要だと私は思います。

特に中国の新しいブランドに関しては、「オリジナリティがやや弱いのではないか」という声も多いように感じています。その点について、どのようにお考えでしょうか?

トマソン氏:そうですね、私にとってまず一番大事なのは、「ブランドを理解すること」です。ブランドが何を語ろうとしているのか、それをしっかりと理解できれば、それにふさわしいデザインが自然と導き出されます。それが最初にして最も重要なポイントです。
デザインには言語のような側面があります。ブランドがどういうメッセージを発信したいのか、どんなトーンで伝えたいのか――たとえばスポーティに見せたいのか、アグレッシブにしたいのか。それをきちんと理解することがデザインの出発点になります。

NIOには私たち自身が定めたブランドの原則や価値観があります。どういう表現をすべきか、どういうデザインがその価値を体現するのかを、私たちは明確に意識しています。それがとても重要なことだと思っています。もうひとつ大切なのは、「常に競合ばかり見ていないこと」です。オリジナルでありたいなら、周囲ばかり気にしていてはいけない。むしろ、自分たち自身に集中することが必要なんです。

自分たちは何をしたいのか? この会社にとって本当に大切なものは何か? どうすれば“違う存在”になれるのか? いや、“違う”だけでなく、“唯一無二”になれるのか? 私は、そういった問いを持ち続けることが、本当に重要だと思っています。

難波:既存の自動車ブランドは、たとえばフロントの“顔”を見ただけでどのメーカーかわかるような強い個性があります。私はこれまで中国のクルマについてあまり詳しくなかったので、こちらで車を見ても車種の見分けがつきにくいと感じることがあります。その「ブランドとしての見分けやすさ」について、どのようにアプローチされたのかが気になります。

トマソン氏:顔に関して言えば、フロントエンドのアイデンティティというのは、通常3つの要素で構成されています。それは「ライト」「グリル」「全体の造形(シェイプとフォルム)」です。この3つが組み合わさってクルマの顔=アイデンティティをつくり出しているわけですが、内燃機関車(ICE)の世界では時代が進むにつれてグリルがデザインの主役になっていきました。BMW、アウディ、メルセデス――それぞれの個性は、グリルを見ればすぐにわかるようになっています。
でも、EVにはグリルそのものが存在しません。だから私にとっては、残るふたつ、つまり「造形」と「ライト」に注力するしかありませんでした。そしてこのふたつこそ、私たちのブランドにとって最も重要なデザイン要素になりました

NIOでは、シャークノーズを大きな特徴にしています。トップから見ると、かなりシャープで角張ったプランビュー(平面形状)になっています。そしてフロントにはダブルダッシュ型のデイタイムランニングライト(DRL)を採用しています。
私にとっての戦略は、これらの要素――シャークノーズ、シャープな形状、そしてダブルダッシュのライト――を他の何よりも強調して、アイコニックにすることでした。それが、NIOの顔をつくる上での核となるアプローチだったのです。ファイアフライでも、それはまったく同じです。

難波:ファイアフライはフロントにもリアにも3つのランプがあるのが印象的ですが、それはどのような発想から生まれたのでしょうか?

トマソン氏:私たちは新しいフロントエンドのアイデンティティを開発していたんですが、気がつけば、どのクルマも似たような顔つきになってきてしまったんです。「あのクルマに似ている」「これってNIOっぽすぎるかも」といった声もあって、でも私たちはあくまで独立したブランドにしたかった。

それで私は、いったん「原点に立ち返る」という発想に戻ったんです。「子どもからお年寄りまで、誰が見てもすぐにわかるようなクルマの顔を作れないか?」。それが、私自身に課したブリーフ(指針)でした。そこから出てきたのが、「シンプルでアイコニックな何かに戻る」という考えです。そして、「3」という要素にたどり着きました。これまで見たことがない新鮮なものでしたし、通常クルマのライトが3つというのはあまり見かけません。

でもこの「3」には、いろんな象徴的な意味があると思ったのです。たとえば「三銃士」や「三位一体」、「三本脚のスツール」など、“3”というのはバランスや結束を象徴する数字でもあります。それをビジュアルアイコンとして使えたら、とても面白いんじゃないかと考えました。

アイコンというのは、ただの飾りではありません。「1台のクルマをつくる」こと以上に、そのクルマからブランドのアイデンティティを生み出すことが大事なんです。そして実際にそれを形にしたとき、多くの人が「いいね」と話題にしてくれました。それが何よりうれしかったですね。
この3つのライトは、誰でも認識できますよね。好きな人も嫌いな人もいらっしゃって、ネットの中でも色々な意見がありますが、みんなが認識できるということが重要です。

難波:ファイアフライという車名も、とてもユニークですね。

トマソン氏:このプロジェクトのブリーフを最初にCEOから受け取ったとき、彼が「小型の電気自動車をつくりたい」と言ったんです。それを聞いた瞬間、私はすぐに「ファイアフライ(ホタル)だ」と答えました。すると彼も「いいね、それでいこう」と。
それ以来、すべてが“ファイアフライ”=“光”をテーマに動いていくことになったんです。ファイアフライは光そのものを象徴しています。だからこそ、デザインにおいても「光」が中心になる。これはただの小さな電気自動車ではなく、「光をめぐるメタファーを持ったクルマ」なんです。そう考えると、すごく自然な流れでした。

FireFlyのデザイン

難波:ファイアフライは、NIOとは異なるラインのブランドという位置づけになるのですね?

トマソン氏:私たちは現在、ONVOという新しいブランドを展開しており、これはNIOのようなプレミアム路線とは少し異なり、よりミッドレンジでファミリー層向けのモデルを担っています。そして、もうひとつのブランドであるファイアフライは、プレミアムかつスマートな小型電気自動車(EV)として位置づけられています。

難波:ファイアフライは、意外と背は高いけれども、全長も全幅もそれほど大きくありません。また、それ以前のモデルのようにラグジュアリーではなくて、クルマの佇まいも全然異なるのですが、デザインするときに難しかったり、苦労したポイントはありますか?

トマソン氏:そうですね、今回のプロジェクトではまずインテリアからスタートしました。

室内空間をしっかり確保することを最優先に考えたんです。

そしてご存じのとおり、良いカーデザインの鍵はプロポーションにあります。ホイールサイズやホイールの配置、グラフィック処理など、ボディが重く見えないように工夫しました。特に今回のように全高がやや高めのパッケージでは、そこが重要なポイントになります。

さらに、私たちは1950〜60年代のヨーロッパ車、いわば「小型車の黄金時代」からもインスピレーションを得ています。あの時代のクルマは、車体が小さいながらもフロントがやや高めで、しっかりとした存在感を出すようなデザインが多かったんです。小さいクルマだからといって、弱々しくは見せたくない。むしろ「質量感」や「安心感」を与えることが大切だと考えました。
今回のファイアフライも、ややアップライトな立ち上がりのあるデザインにしています。それは、あの時代のMINIやフィアット500のようなクルマたちを想起させるような造形でもあります。

難波:Aピラーからルーフがブラックアウトされていて、サイドシルの黒い厚みも活かして、背の高さを感じさせないように上手に工夫されていますね。

トマソン氏:デザイン上の工夫もいろいろ取り入れています。例えば、ロッカーパネル(サイド下部)を少し高めに設定することで、ボディ全体を視覚的にコンパクトに見せるといった手法です。それに加えて、開放感を演出するために、室内をできるだけ広く、のびやかに感じられるようにしました。

全高の高いパッケージだが、計画されたスタイリングモチーフの構成やグラフィックバランスで、過剰な厚み、鈍重感を感じさせない。アッパー部のブラックアウト、サイドシル部のブラックパーツ、タイヤ径などが効果的に効く。さらにW/Bを可能な限り長く取りFOH, ROHを短くすることでタイヤが4スミで踏ん張っているように見せている。

NIOデザイン_4つの原則

トマソン氏:NIOやファイアフライで私たちが取り組んできたのは、デザインからできるだけ主観性を取り除くことでした。つまり、「なんとなくカッコいい」ではなく、しっかりと設けたデザイン原則に基づいて判断するという姿勢ですね。
その原則を“物差し”として使うことで、私たちが進んでいる方向が正しいのかを常に確認できるようにしています。NIOの場合、「ピュア(純粋性)」「ヒューマン(人間中心)」「プログレッシブ(先進性)」「ソフィスティケイテッド(洗練)」といったキーワードが、私たちのデザイン原則です。

難波:これからNIOは新しい製品を作っていかれると思いますが、その4つのポイントはキープしていただきたいですね。

トマソン氏:私たちのDNAは、特定の造形や要素そのものにあるというよりも、もっと哲学的なレベルのものなのです。先ほど申し上げた4つのデザイン原則こそがNIOの根幹にある価値観であり、この原則に沿ってさえいれば、デザインそのものは変化してもかまわないという考え方です。カタチに縛られず、本質に忠実であること。それが私たちのデザイン哲学です。

難波:私はこうしたインタビューのとき、必ず「経営とデザインの関係」についてお聞きするのですが、一般的にデザインというのは経営層から軽んじられがちだと感じています。実際には、経営者とデザイン部門の距離があるケースも多いです。でもNIOでは、ウィリアムさんとクリスさんの距離の近さがブランドを明確にしているのだと私は感じています。

トマソン氏:NIOでは“Driven by Design”を掲げていて、デザインが一番重要視されています。そして大事なのは、私がCEOに直接レポートしているということです。つまり、デザイン部門はCEO直属の体制になっているんです。

デザイン開発におけるAIについて

難波:それは理想的ですね。ところで少し話題を変えますがクリスさんはデザイン開発におけるAIの活用についてはどのようにお考えでしょうか。

トマソン氏:AIには、2つの側面があると思っています。

ひとつは、インスピレーションを得るためのツールとしてのAIです。これは問題ないと考えています。デザイナーにアイデアスケッチを頼むのと、コンピューターにアイデアを生成させるのとでは、それほど大きな違いはないですし、むしろ速くできる場合もあります。そういう意味では、AIをツールとして使うことには特に抵抗はありません。

でも、これからより重要になってくるのは、AIをデザインツールとしてではなく、ユーザー体験のためのインタラクションツールとして捉える視点だと思います。例えば、「AIがこれからの車内体験をどう変えていくのか?」という問いです。ユーザーインターフェースはどうなるのか? 物理的なシート操作スイッチはまだ必要なのか? AIがあれば、クルマの操作やインタラクションはどう変わるのか? そういった点が、これからのイノベーションを生むデザイン思考にとって非常に重要になると思っています。つまり、AIには「創造の支援」と「体験の革新」というふたつの側面があるということです。

次世代を担うデザイナーへの提言

難波:最後の質問です。これからデザイナーを目指そうとしている若い人たちに、どんな勉強や姿勢を持ってほしいとアドバイスしますか?

トマソン氏:私が伝えたいのは、「常に広い視野を持つこと」です。クルマのデザインをするからといって、クルマのことだけに集中しすぎないでほしい。他の業界や、まったく異なる分野からもインスピレーションを得てください。
優れたデザイナーというのは、自分の人生で得たさまざまな経験を、問題解決やデザインに応用できる人だと思います。何かひとつのことにだけ集中しすぎてしまうと、かえって「デザイナーらしさ」が失われてしまう気がするんです。
そして私はいつも、「Less is more(少ないことは豊かである)」という考え方を大切にしています。これは本当に良い思想だと思います。

難波:クリスさん、吉澤さん、本日はどうもありがとうございました。

※吉澤俊彦氏 : NIO上海蔚来汽車  Head of Design Studio(3)
デトロイトのカレッジ・フォー・クリエイティブ・スタディーズ(CCS)で自動車デザインを学ぶ。1996年にオーストリアのデザイン会社でキャリアをスタートさせ、2005年にフォルクスワーゲン・デザインに入社。中国市場向けのインテリアデザインプロジェクトを数多く手がけた。その後、2018年に上海のEVスタートアップに移り、2021年にはクリス・トマソン氏の招聘を受けてNIO Designに加わる。NIOのビジョンとデザイン哲学に深く共感し、このチャンスを積極的に受け入れ、現在も同社の成功において重要な役割を果たし続けている。

ショールームのFireFly

日常使いにジャストなサイズ。スタイリングは凝縮感があり、不安や安っぽさを感じさせない。またアイコニックなフロントとリアはFireFlyならではの魅力。インテリアはシンプルで明快な構成。嫌味がなくモダンな室内になっている。
中国の新興EVブランドは販売の方法も違う。ショッピングモールやランドマークになっている建物に車以外の商品とともに車も置かれる。従来の自動車ディーラーに入るような抵抗感やセールスマンに待ち構えられているというような入りにくさは全く無い。とてもカジュアルである。

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著者プロフィール

難波 治 / Osamu NAMBA 近影

難波 治 / Osamu NAMBA

筑波大学芸術専門学群生産デザイン専攻卒業後、スズキ株式会社入社。軽自動車量産車、小型車先行開発車輌…