マルチェロ・ガンディーニの偉大さを振り返るコラム「『GENROQ』も誕生しなかったかも?」

マルチェロ・ガンディーニの偉大さを振り返るコラム「『GENROQ』も誕生しなかったかも?」

マルチェロ・ガンディーニを悼んで
マルチェロ・ガンディーニを悼んで
マルチェロ・ガンディーニが亡くなった。今年1月12日にはトリノ工科大学から機械工学の名誉学位を授与され、本誌先月号(4月号)でもその模様をレポートしたばかりだった。杖をついてはいたが、元気そうな姿を見せてくれたのに。

Marcello Gandini

エンジニアリング要件を最大限に引き出す美

ミウラはガンディーニの出世作だが、ベルトーネの前任者であったジウジアーロの影響は多分にあったと思われる。リヤタイヤ後ろからそのまま弧を描いて立ち上がるラインにジウジアーロらしさを感じる。
ミウラはガンディーニの出世作だが、ベルトーネの前任者であったジウジアーロの影響は多分にあったと思われる。リヤタイヤ後ろからそのまま弧を描いて立ち上がるラインにジウジアーロらしさを感じる。

パオロ・スタンツァーニはすでに鬼籍に入り、ニコラ・マテラッツィも2022年に亡くなっている。かつてのスーパーカーの黄金時代を作り上げた人たちが次々といなくなってしまう。仕方がないこととはいえ、彼らの作品に胸を躍らせた者としては、どうしようもなく切ない。

ガンディーニの功績については、改めて語るまでもないだろう。ミウラ、カウンタックに代表される初期のランボルギーニ・スーパーカーをデザインし、同社の地位を不動のものとした。その後もランチア・ストラトスやフィアットX1/9、スーパーカーだけでなくシトロエンBXなど、ガンディーニが残したクルマはいずれも歴史に残る名車ばかりだ。

一体彼のどこが素晴らしいのか。革新的なデザインを生み出す天性の才を持つのは明らかだが、最も優れていたのは「エンジニアリングの要件を最大限に引き出す美」を生み出すことではないか、と私は思う。代表作のカウンタックにおいて、スタンツァーニはV型12気筒をミッドに前後逆で搭載し、ラジエーターもエンジンの両側に置いた。つまりフロントにはほぼ何もなく、乗員は恐ろしく前進した位置に座り、全幅もかなり広い。なおかつ前面投影面積は限りなく小さく、全長は限りなく短く。そんなエンジニアリングの要件は従来のFRスポーツカーのデザイン思想では絶対に不恰好になってしまったはずだ。だがガンディーニは楔のようなウエッジシェイプに断ち落としたテール、大胆に寝かせたサイドウインドウなどでエンジニアリングの要件を満たし、それでいて彫刻のような美を実現した。その結果とても通常のドアは設けられなかったが、前ヒンジのシザースドアという方法でそれも解決。まさに天才の仕事だろう。

ガンディーニなくして今のスーパーカーの世界は存在しない

2024年1月12日、トリノ工科大学名誉学位授与式で。(左から)カロッツェリアのアルフレード&マリアパオラ・ストーラ夫妻、マルチェッロ・ガンディーニ、ジャンニ・トンティ元ランチア競技部門技術部長<提供:Maria Paola Stola Ariusso>
2024年1月12日、トリノ工科大学名誉学位授与式で。(左から)カロッツェリアのアルフレード&マリアパオラ・ストーラ夫妻、マルチェッロ・ガンディーニ、ジャンニ・トンティ元ランチア競技部門技術部長<提供:Maria Paola Stola Ariusso>

またランチア・ストラトスはWRCで戦うマシンとして設計されたため、全長3710mm、ホイールベース2180mmという短さに対して全幅は1750mmという、やたらと幅の広いディメンションだった。さらに乗員は中央に寄って座り、前方視界はとにかく広く。そんなおよそクルマらしくない素材をデザインし、あれほどカッコよくまとめ上げられるのはガンディーニをおいて他にいなかっただろう。ストラトスのまるで戦闘機のような湾曲したウインドウは、中央に寄って座ったドライバーとコドライバーの前方視界を最大限に確保し、なおかつ戦うマシンとしての美に溢れている。クルマは芸術作品ではないから多くの要件を満たさなくていけないのだが、その上で芸術品のようなクルマに仕上げる。ガンディーニのすごさはここにあるのではないかと思う。

もっとも、昔はスーパーカーに求められる要件は今ほど多くはなかった。初期のカウンタックが高速域でのエアロダイナミクスに不安があったことは有名な話だ。ガンディーニのスーパーカーが持つ繊細な儚さは、あの時代だからこそ実現できたものだったのかもしれない。そういう意味では、ガンディーニは実にいい時代に全盛期を過ごしたとも言えるが、もし彼が今現役だったとしても、やはり革新的な美しさを持つスーパーカーをデザインしたはずだ。

ともあれ、ガンディーニがいなければスーパーカーの世界は今とは随分違うものになっていただろうし、ランボルギーニ社はとっくになくなっていたかもしれない。日本でのスーパーカーブームもなかっただろうし、そうするとGENROQも誕生しなかったかもしれない。カーデザインという領域で、世界にこれほどの影響を与えた。これを偉大と言わずして、何と言おう。

REPORT/永田元輔(Gensuke NAGATA)
PHOTO/野口裕子(Yuko NOGUCHI)、LAMBORGHINI S.p.A.

1月、トリノ工科大学で行われた機械工学の名誉学位の授与セレモニーでスピーチするマルチェロ・ガンディーニ。

【訃報】「カウンタックとミウラの父」名匠マルチェロ・ガンディーニが85歳で逝去

マルチェロ・ガンディーニ──スーパーカー好き、クルマ好きなら、その名を知らないものはいないだろう。その名匠が3月13日に85歳で逝去した。これまで数多くの名作を生み出し、世のデザインに大きな影響を与えてきた偉大なるマエストロの功績に敬意を表し、本誌『GENROQ』2024年4月号に掲載された、トリノ工科大学から機械工学名誉学位が授与された際の記事を転載する。ご冥福をお祈りします。(GENROQ 2024年4月号より転載・再構成)

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著者プロフィール

永田元輔 近影

永田元輔

『GENROQ』編集長。古典的ジャイアンツファン。卵焼きが好き。愛車は993型ポルシェ911。カメラはキヤノン。