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Marcello Gandini
エンジニアリング要件を最大限に引き出す美
パオロ・スタンツァーニはすでに鬼籍に入り、ニコラ・マテラッツィも2022年に亡くなっている。かつてのスーパーカーの黄金時代を作り上げた人たちが次々といなくなってしまう。仕方がないこととはいえ、彼らの作品に胸を躍らせた者としては、どうしようもなく切ない。
ガンディーニの功績については、改めて語るまでもないだろう。ミウラ、カウンタックに代表される初期のランボルギーニ・スーパーカーをデザインし、同社の地位を不動のものとした。その後もランチア・ストラトスやフィアットX1/9、スーパーカーだけでなくシトロエンBXなど、ガンディーニが残したクルマはいずれも歴史に残る名車ばかりだ。
一体彼のどこが素晴らしいのか。革新的なデザインを生み出す天性の才を持つのは明らかだが、最も優れていたのは「エンジニアリングの要件を最大限に引き出す美」を生み出すことではないか、と私は思う。代表作のカウンタックにおいて、スタンツァーニはV型12気筒をミッドに前後逆で搭載し、ラジエーターもエンジンの両側に置いた。つまりフロントにはほぼ何もなく、乗員は恐ろしく前進した位置に座り、全幅もかなり広い。なおかつ前面投影面積は限りなく小さく、全長は限りなく短く。そんなエンジニアリングの要件は従来のFRスポーツカーのデザイン思想では絶対に不恰好になってしまったはずだ。だがガンディーニは楔のようなウエッジシェイプに断ち落としたテール、大胆に寝かせたサイドウインドウなどでエンジニアリングの要件を満たし、それでいて彫刻のような美を実現した。その結果とても通常のドアは設けられなかったが、前ヒンジのシザースドアという方法でそれも解決。まさに天才の仕事だろう。
ガンディーニなくして今のスーパーカーの世界は存在しない
またランチア・ストラトスはWRCで戦うマシンとして設計されたため、全長3710mm、ホイールベース2180mmという短さに対して全幅は1750mmという、やたらと幅の広いディメンションだった。さらに乗員は中央に寄って座り、前方視界はとにかく広く。そんなおよそクルマらしくない素材をデザインし、あれほどカッコよくまとめ上げられるのはガンディーニをおいて他にいなかっただろう。ストラトスのまるで戦闘機のような湾曲したウインドウは、中央に寄って座ったドライバーとコドライバーの前方視界を最大限に確保し、なおかつ戦うマシンとしての美に溢れている。クルマは芸術作品ではないから多くの要件を満たさなくていけないのだが、その上で芸術品のようなクルマに仕上げる。ガンディーニのすごさはここにあるのではないかと思う。
もっとも、昔はスーパーカーに求められる要件は今ほど多くはなかった。初期のカウンタックが高速域でのエアロダイナミクスに不安があったことは有名な話だ。ガンディーニのスーパーカーが持つ繊細な儚さは、あの時代だからこそ実現できたものだったのかもしれない。そういう意味では、ガンディーニは実にいい時代に全盛期を過ごしたとも言えるが、もし彼が今現役だったとしても、やはり革新的な美しさを持つスーパーカーをデザインしたはずだ。
ともあれ、ガンディーニがいなければスーパーカーの世界は今とは随分違うものになっていただろうし、ランボルギーニ社はとっくになくなっていたかもしれない。日本でのスーパーカーブームもなかっただろうし、そうするとGENROQも誕生しなかったかもしれない。カーデザインという領域で、世界にこれほどの影響を与えた。これを偉大と言わずして、何と言おう。
REPORT/永田元輔(Gensuke NAGATA)
PHOTO/野口裕子(Yuko NOGUCHI)、LAMBORGHINI S.p.A.