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CYGNET(2009-2013)
小さなアストンマーティンとして
110年以上に及ぶアストンマーティンの歴史において、最小の1台として記憶されるのが、2009年に発表されたシグネットだ。
この“小さなアストンマーティン”というコンセプト自体はシグネットが初めてではない。実は1981年にアストンマーティンの特装部門を担当していたテックフォードが、オースティン・メトロをベースに豪華な内装を奢ったフレイザー・テックフォード・メトロ(アストンマーティンのバッジは付けられなかった)を26台製造している。
それとシグネットが違うのは、EUが各自動車メーカーに平均CO2排出量の削減を義務づける施策を打ち出したのを受け、小型のシティカーを発売することで平均排出量の削減を狙い企画されたものだということだ。
ベースに選ばれたのは、2008年にトヨタから発売された3+1シーターのコンパクトカー「iQ」(欧州ではサイオンブランド)で、2007年のニュルブルクリンク24時間で当時のウルリッヒ・ベッツCEOと豊田章男社長が個人的な親交を深めたことが、両社の提携につながったと言われている。
全体的に高級化が図られたが
リヤに搭載された94PSの1.3リッター直4DOHCユニット、フロントマクファーソンストラット、リヤトーションビームのサスペンション、そしてスチールモノコックのボディなど基本構造はiQを踏襲しているが、フロントのベーングリル、スリットのついたボンネットをはじめとするエクステリアは、アストンマーティンの手でデザインを変更。インテリアもセンターコンソールのデザインを変更し、フルレザーのトリムを奢るほか、吸音材の追加による静粛性の向上など、全体的に高級化が図られているのが特徴である。
その生産はトヨタ高岡工場から送られてきたベース車をゲイドンで分解し、シグネット用のパネル、装備をアッセンブリーするという方式で行われた。その製造時間は1台あたり150時間以上といわれ、販売価格もiQの3倍以上の3万995ポンドに設定された。
2011年のジュネーブ・ショーで正式に発表されたシグネットは、まずアストンマーティンのオーナーを対象にイギリス、ヨーロッパから発売が開始されたが、高価格もあって販売は苦戦。すぐにオーナー限定という規定は撤廃されたが、予定されていた北米での販売も中止されてしまった。
ワンオフでV8モデルも
そして2013年初頭には人気のない右ハンドルの6速MT、続いて左ハンドルの6速MT仕様の販売が中止され、CVT仕様のみとなった。またアストンマーティンでは、装備などを簡略化し、価格を下げたローライン仕様の販売も検討されていたが、EUの平均CO2排出量削減政策が実施されなかったこともあり、使命を失ったシグネットの製造、販売は2013年9月をもって打ち切られることとなった。
その後、2018年にサブフレームを変更してヴァンテージSの4.7リッターV8エンジン、ギヤボックス、サスペンション、ブレーキ、ホイールなどを搭載。大型のオーバーフェンダーを装着したV8シグネットがワンオフで製作されている。
結局、それ以降アストンマーティンからシグネットの後継となるようなコンパクトカーは発売されていない。というのも、その生産台数は目標の年間4000台を大きく下回る、合計で600台(うち英国仕様が150台)に終わり、商業的には大失敗に終わってしまったからだ(オーナー縛りをせず、期待値の高かった日本などアジア圏の市場で最初から販売していたら結果が違っていたかもしれないが……)。しかしながら現在ではその希少価値に注目が集まり、ユーズドカー市場では世界的に高値で取引されるという、皮肉な事態となっている。