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Porsche 911 Carrera GTS
レーシングカーから導入されたターボチャージャー
60年にわたる「ポルシェ 911」の歴史において、ボクサー6の排気量は2倍、4倍の最高出力に達した。しかし、水平対向エンジンとリヤエンジン・リヤ駆動という基本コンセプトは不変。911/718シリーズのオペレーティング・エクセレンス責任者を務めるトーマス・クリッケルベルクは、「私たちはボクサー6エンジンの改良性と適応性の高さに、何度も驚かされてきました」と、明かす。
2024年、3.6リッター水平対向6気筒エンジンに電動ターボと電気モーターを組み合わせた「T-ハイブリッド」が導入された911 カレラ GTSがデビュー。さらに今後は電動排気ターボチャージャーの搭載も予定しており、より大きな出力とトルク、そして低排出ガス性能の向上が見込まれている。
「1963年、ポルシェはその後、911となるスポーツカー発表しました。当時、901として知られていたこのクルマに搭載されていた水平対向6気筒エンジンは排気量2.0リッター、最高出力は96kW(130PS)。当時から軽量コンパクトな設計、最高のパフォーマンスを備えていました」と、振り返るのはボクサーエンジンのスペシャリスト、アルブレヒト・ロイシュトルだ。1993年まで彼はこのエンジンを設計したハンス・メッツガーのもとで働いていた。
911は世代を重ねるごとに、ドライブトレーンのマイルストーンを積み上げていく。モータースポーツでテストされたターボテクノロジーは、1974年に911の生産モデルに導入。ターボチャージャーとフューエルインジェクションを組み合わせたことで、930型「911 ターボ」は最高出力191kW(260PS)を発揮し、性能と効率の面でライバルに大きなアドバンテージを握った。
911 ターボは、当時の厳しい排ガス規制もクリア。「振り返ってみると、ターボチャージャーは内燃エンジンの世界全体に革命をもたらしたち言えるかもしれません」と、クリッケルベルグは指摘する。
高効率ツインターボを導入した最後の空冷911
ポルシェのエンジニアは継続的な開発作業を繰り返し、ターボチャージャーに改良を加えることになった。ターボチャージャーを搭載するエンジンでは圧縮された空気が高温になり、タービン側も高い温度にさらされる。これはシリンダーへの充填や、噴射された燃料の燃焼にも悪影響を及ぼすことになる。
1978年型911 ターボは、圧縮された吸気が燃焼室へと送り込まれる段階で冷却されるようになった。冷却機はリヤグリル下部のリヤスポイラーに装着。この精巧なインタークーラーにより、911 ターボの最高出力は221kW(300PS)まで引き上げられた。
ターボエンジン固有の問題は、ターボラグによる加速時のレスポンスの悪さにある。低速域では、911 ターボは自然吸気エンジンと変わらないパワーデリバリーに留まり、約3500rpmから絶大な推進力を発揮。より良いドライバビリティを実現するために、この低回転域からターボが効き始めるまでのターボラグを解消する必要があった。
ポルシェは993型「911 ターボ」において、ターボラグの解決策を提示する。最高出力300kW(408PS)と、当時最もパワフルな量産ポルシェは1995年春にワールドプレミア。初めて2基のターボチャージャーと2基のインタークーラーを搭載した3.6リッター水平対向ユニットは、マーケットに大きな衝撃を与えることになった。1基の大型タービンよりも、2基の小型タービンを搭載する方が、優れた加速力を手にできることが明らかになったのだ。
さらに、小型タービンは慣性モーメントを縮小することでも最適解となった。「パワーを確実に路面へと伝えるために、993 のターボモデルには強化されたAWDが標準となりました」と、クリッケルベルク。エンジン制御とセンサーの進歩、そして最新の排気ガス処理装置の導入もあり、最後の空冷911 ターボは当時の市販モデルの中で最も低い排出ガスレベルを実現している。
議論を呼んだ空冷から水冷へのスイッチ
アウグスト・アハライトナーは、1990年代後半、5代目911(996型)において、水平対向6気筒エンジンを空冷から水冷に切り替えたことを 「新技術へのチケット 」と呼ぶ。アハライトナーは当時、技術製品企画の責任者を務めており、2001年から2018年まで911シリーズの開発を指揮していた。
エンジンの水冷化は、さらなる性能向上、効率的な燃料消費、排ガス規制や騒音規制を考えれば、必須条件だった。水冷化に先立って、ポルシェのエンジニアは、燃焼室ごとに4基のバルブを備えたシリンダーヘッドの開発もトライしている。1970年には早くも空冷4バルブによるV型12気筒エンジンの予備テストが908を使って実施。その後、917への搭載も計画された。
「4バルブエンジンのアイデアは、1980年代に911への導入が検討されました。そして、964型の試験車両で実際にテストも行われています。ただ、シリンダーヘッドが文字通り溶けてしまったのです。当時、スペシャルモデルの959、そしてプロトタイプレーシングカーとして成功を収めた962も、すでに水冷シリンダーヘッドを採用していました。もちろん空冷エンジンを捨てることに対し、大きな議論が巻き起こりました。それでも996型はゲームチェンジャーとして、成功を果たしたのです」と、ロイシュトルは振り返る。
2006年、997型「911 ターボ」は、パワーとトルクを10%以上向上させたことで話題を呼ぶ。これは世界的にもユニークな新技術「可変ジオメトリーターボ(VTG)」によって実現した。タービンブレードを通過する排気ガスの角度と断面を調整することで、より広い回転域においてターボチャージャーの効率を最適化することが可能になった。
革新的なパフォーマンスを実現するT-ハイブリッド
2024年夏、現行911(992型)への改良に際し、ポルシェのエンジニアはついにパワートレインの電動化を決定する。新型911 カレラ GTSは、軽量高性能ハイブリッドパワートレインを搭載した、初の公道走行可能な911としてデビューを飾った。
新開発3.6リッター水平対向6気筒エンジンをベースに、革新的な「T-ハイブリッド」システムを搭載。エンジン単体で357kW(485PS)の出力と570Nmのトルクを発生し、システム最高出力398kW(541PS)、同最大トルクは610Nmを発揮する。実に、先代モデルから45kW(61PS)ものパワーアップ実現した。
「911に最適なハイブリッドシステムを搭載するため、私たちはあらゆるアイデアとアプローチを検討・開発し、テストを行いました。その結果、911全体のコンセプトに適合し、その性能を大幅に向上させるユニークなパワートレイン『T-ハイブリッド』が誕生したのです」と、911・718シリーズの責任者を務めるフランク・モーザー。
この技術のコアとなるのが電動アシストターボチャージャーだ。コンプレッサーとタービンホイール間に組み込まれた電気モーターがターボチャージャーの速度を上げ、これによりブースト圧が瞬時に上昇する。ターボチャージャーは、小型電気モーターにより、いわば翼を与えられたとも言えるだろう。
「電動アシストターボチャージャーにより、自然吸気エンジンに近いレスポンスが可能になりました。そして、加速レベルはフル電動車両のタイカンにも匹敵するのです」と語るのは、911の燃焼・ハイブリッドシステムプロジェクトマネージャーのマティアス・ホフシュテッター。
プラグインハイブリッドのようなEVモードでの走行は、911には必要ないと考えられた。ホフシュテッターは「バッテリーが大きすぎたり重すぎたりするのを避けたかったからです」と、1.9 kWhに抑えられたバッテリー容量について説明を加えた。
ターボ、インタークーラー、ツインターボ、そしてハイブリッド……。911に搭載されるボクサー6エンジンは、かつてハンス・メッツガーが初代911のために発明した革新的なエンジンの伝統を受け継ぎ、今この瞬間も改良と進化が続けられているのである。