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Susten Pass
美しい景色に見惚れそうになりながら
グリムセル峠をゆっくりと下ってくると、グッタンネンというステキな小さな村を通り、サステン峠へと向かいます。その先のインナートキルヒェンという町まで降りて来ると、ほんの少し前まで高い山々に囲まれていたのが、まるでもう遠い過去だったのかと錯覚してしまいそうになるかのようにごく一般的な地方都市の風景へと変わり、一気に現実へ引き戻されたように感じました。青空を仰ぐカブリオレの屋根を開けた車内へ流れる空気感やにおいも、山の上にいる時とは異なるように感じます。
しかし、この町からサステンパス方面を指す標識を目印に右折すると、これぞ典型的なスイスの伝統的な家屋が点在し、まるでアルプスの少女ハイジのような世界が広がるのです。かなりの勾配とヘアピンカーブの連続の細く曲がりくねる道をひたすら進みます。美しい景色に見惚れそうになりますが、細い道が続く為に気を緩められません。私の峠の愉しみのひとつは、日常生活にはないこの集中のひとときも含まれているのかもしれません。集中が途切れてハンドル操作を誤ると、深い谷へ転落する危険性がかなり高く、愉しさが一瞬で奪われてしまいますからね。
サステンパス入口からの険しいクネクネ道では、そこそこのハイペースのクルマが私の前後に走っていた事もあり、渋滞を作らないようにしっかりと着いて行きましたが、数台先のバンの方はちょっと開けた路肩に停車して私たちのクルマを先に行かせてくれました。恐らく夏のハイシーズンにはこの道はかなり渋滞するのか、渋滞注意の看板が出ていました。
今回のルート
全ルートが開通するまで約100年
しばらくすると道は開け、一気に広々とした山の中腹の駐車場に到着します。ここにはホテルやレストランも数軒見掛けます。少しクルマが降りて深呼吸をし、近辺を少しだけ歩いてみました。ここらは第2章という感じで、岩肌を削って切り開かれた道を、頂上を目指して上り坂ドライブが続きます。
既に17世紀初頭には人々が歩いた形跡が見付かっていたといわれるサステンパスですが、当時は経済発展の為というよりは、宗教戦争中から軍事戦略的に重要な役割を担った道路だったようです。一方でナポレオンが近隣のシンプロン峠を占領した頃には、ピエモンテ州とロンバルディア州へのベルンの貿易ルートが遮断された事から、サステン川近辺の古く荒れた獣道を早急に整備する必要があると考えられ、1811年からサステン通り(峠)の道路整備が開始され、フェデン/マイエンまでは1818年に開通したそうです。しかし、ヴァッセンまでの全ルートが開通するまでには約100年もの年月がかかったとされています。
第2次世界大戦が開始する前年の1938年には、スイス連邦当局とベルン州とウーリ州は、交通政策と第2次世界大戦の国防上の観点から、整備された通行ルートを建設することを決定し、現在のサステン通り(峠)となるこの道路は1946年9月7日に開通しました。銘板には「1938~1946年、深刻な時代下に平和を捧げる」と記されています。長い歴史の後に壮大な雪山が一面に広がる戦争の要衝のひとつだった形跡は全く見当たらず、平和そのものを象徴するような美しいサステンパスは現在スイスで最も人気のある峠のひとつとなっています。
観る度に湖の色が違って見えるフシギ
やがて青空に雪山が美しく映える絶景のポイントへとやってきます。谷側にはアルプスの氷河を水源とするシュタイン湖が見え、湖の周りはハイキングコースになっているようです。今まで何度かこの地を訪れていますが、観る度に湖の色が違って見えるのがフシギです。近くにはハッチバックのクルマから小さなテーブルと椅子を出して、絶景を前にコーヒータイムを堪能されているシニア世代のご夫妻をお見掛けしました。周りは何もありませんが、贅沢なひと時には間違いないでしょうね。
このシュタイン湖から白雪の山々を眺めながら進むとほどなくしてサステンパスの頂上付近の海抜2224m地帯へ到着します。ここにも小さな湖があり、雪山を遠くにのぞみ、湖面は太陽の光に反射してキラキラしています。シーズンオフの為、訪れる人は少なかったですが、湖の周りにクルマを停めてお散歩をしている方や、数多くのスイス軍の車両が停まっていて、お仕事帰りの隊員さんたちが山景色を見ながら楽しそうにサンドイッチを召し上がってから、隊列を組んで帰って行かれました。少しずつ傾く陽に山肌が陰り始める頃、後ろ髪をひかれながら山を降りました。
途中レストランやカフェはあるものの
ヨーロッパの峠ドライブの一番の醍醐味は、空と太陽を近く感じながらひたすら“走る”ことでしょう。途中にはレストランやカフェはあるものの、日本の気の利いた観光地のように小洒落たカフェや名物的な食べ物は非常に少なく、コンビニや道の駅のような施設も存在しませんので、日本国内での食が充実したドライブ旅と比較すると、山以外は「何もなかった」という感想となってしまうかも知れません。
私の峠ドライブが意味するものは「現実逃避」ですから、何もない状態を敢えて選択し、休憩以外は一日中峠を走り通しています。
旅の目的はそれぞれ。必ずしもそれを好まない方もいらっしゃる事でしょう。おいしい名産品を目指す旅にはまた違った魅力に溢れていますし、ガイドブックには載っていない地元の方に伺いながらの美味しい旅にもいつか是非挑戦してみたいと願っています。