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Porsche Taycan
音や香りよりも色をイメージ
「面白い出会いがあると、その時聞いた音楽や香りを思い出す人がいます。私はそんな時、色を覚えているんです」。ポルシェのヴァイザッハ開発センターにおいて、カラー&トリムデザイン部門のデザイナーを務めるミロシェビッチは説明する。
たとえば、南ドイツにある「ドルニエ・ミュージアム」を訪れた時のことを思い出すと、彼女の脳裏にはオリーブ色が浮かぶという。ゴールドカラーのパールグロス顔料を用いたオリーブ色は、若々しく表情豊かでダイナミックな色合いを持つ。
電気をイメージさせるパステルカラー
今回、撮影と取材を行なったのは、そのドルニエ・ミュージアム。美術館の夜間照明とポルシェ タイカンは、フローズンベリーというカラーで統一された。これは、オールドローズとライトグレーをミックスし、ピンクのニュアンスを加えた色。この色を開発する際、カラー&トリムチームは、このフル電動スポーツカーのフォルムではなく、タイカンを取り巻く世界観について考えたという。
「やはり『電気の世界』の特徴は、ピュアさと透明感にあります。それは純粋なホワイトです。でも、私たちはお客様に別の選択肢を提供したいとも思っていました」
「そこで、ホワイト以外で『電気の世界』を完璧に表現するためにパステルカラーを選びました」とミロシェビッチ。開発チームはパステルカラーの世界を開拓しようと考え、完成したのがフローズンブルー、フローズンベリー、コーヒーベイジのメタリックカラーで構成されるアイスコレクションだ。
タイカンの導入後、この3色はカスタマーから大変好評を得た。ちなみに、フローズンベリーを開発する際、ミロシェビッチはアジア市場をメインターゲットに想定していた。
「アジアの皆さんは、他の地域よりもボディカラーを選ぶ際に“勇気”を持っています」。その後、ヨーロッパのカスタマーも勇気を持っていることが明らかになった。実は「フローズンベリー」というのは、あくまで開発時の仮名称だったが、関係者全員がこの名前を気に入り、そのまま市販時にも採用されている。
インスピレーションは建築やインテリアから
カラーを開発するスペシャリストたちは、インテリアの世界からインスピレーションを得ている。
「私たちは、インテリアや建築作品をアイデアソースにすることが多いですね。服飾の世界はちょっと流行りと廃りの入れ替わりが激しすぎるのです。たとえばソファを買ったら、クルマのように何年も使い続けますよね」
ミラノ国際家具見本市を訪れたヴァイザッハのデザイナーたちは、どの色が現在のラインナップに欠けているのか、どの色調が長い間カタログから落ちているのか考察する。そして、頭の中で未来への旅に出かけるのだ。
「私たちは常に、少なくとも2年先を見据えてトレンドをつくっています。同時に、ブランドのDNAを決して見失わないようにしなければなりません」
17歳で研修生としてポルシェに入社
ミロシェビッチは17歳の時、ビークルトリマーの研修生としてポルシェに入社。その後、インテリアデザインやカラーを働きながら学んだ。現在、彼女はボディカラーの開発だけでなく、ラッピングフィルムやホイールのカラー開発も担当している。
「ポルシェにおいて、インテリア開発におけるクリエイティビティ、同時にカラーデザイナーとしての先見性と自由度の両方を見てこられたのは、あらためて素晴らしいことでした」
現在ミロシェビッチが開発しているカラーは、早くて3~4年後、多くのテストを経てからようやく製品化に向けて承認される。ボディ用ペイントは風雨にさらされても色が変わらず、耐えられるものでなければならない。そのため、テスト用カラーパネルは2年間、太陽の下に置かれて耐久性が試される。
「フロリダでの色安定テストに合格したものは、間違いなく耐光性に優れていると言えますからね」とミロシェビッチは笑う。この後、耐火性、塩水性、石材衝撃性などのテストも実施。毎年、ニューモデルや派生モデルのため、新たに約12色のペイントカラーを製作。その中から4色が選ばれ、本格的な開発が続行されるのだ。
インテリアとの調和が求められるボディカラー
「それぞれのカラーデザイナーが自分のミキシングベンチを持っていて、カラーレシピを再現したり、自分で新しいレシピを作ったりします。私はその作業が大好きなんです」
カラーデザイナーは、小さな容器と秤を使って様々なカラーの世界をゆっくりと進んでいく。その際にポルシェで使用されているのは、ヨーロッパで一般的なドイツの標準カラーチャート「RALカラー」ではなく、アメリカの「PANTONE」やスウェーデンで開発された「NCS」。その理由をミロシェビッチは「より多くのニュアンスが得られるから」と説明した。
新しいカラーは、「カラーフロッグ」と呼ばれる911のシルエットを持つ小さな模型のようなサンプルプレートに塗装。エクステリアカラーがインテリアの素材や色と完璧にマッチするかをテストするため、カラーデザイナーはインテリアを担当する同僚とも密接に連携している。
「お客様の多くは、エクステリアカラーをインテリアに取り入れたいと考えています。だからこそ、その色が互いに調和し、クルマの個性や特徴を引き立たせなければならないのです」
彼女の人生に残り続ける色のイメージ
「私の人生では、多くのことが色彩を中心に展開されています。カラーデザイナーの私にとって、一日の仕事はエンドレスです。その時の気分さえも私の中で色のインスピレーションになります」
仕事だけでなく、日常生活においても様々な色と対面している彼女には、特別にお気に入りの色はない。
「それはひとつの色に集中することができないからです。その代わり、自由な気持ちで色に導かれることを自分に許しています」
彼女はこの取材の後、帰り道で今回対峙したフローズンベリーを思い浮かべるだろう。この色は、彼女自身に「信頼感」を連想させる落ち着いた色。そして、このインスピレーションをもたらしたたドルニエ・ミュージアムでの夜のことは、これから先も彼女の心に残り続けるはずだ。