歴史から紐解くブランドの本質【シトロエン編】

フランスのシトロエンが持つ意外な過去とは?【歴史に見るブランドの本質 Vol.7】

トラクシオン・アヴァンの後継車として登場したDS。DSはサスペンション、ステアリング、ギアシフトをすべて油圧でコントロールするなど当時としては画期的なクルマだった。
トラクシオン・アヴァンの後継車として登場したDS。DSはサスペンション、ステアリング、ギアシフトをすべて油圧でコントロールするなど当時としては画期的なクルマだった。
自動車メーカーは単に商品を売るだけではなく、その歴史やブランドをクルマに載せて売っている。しかし、イメージを確固たるものにする道のりは決して容易ではない。本連載では各メーカーの歴史から、そのブランドを考察する。

Citroën

巨大な砲弾工場から

シトロエンファンの聖地、ジャベル工場の地下鉄駅「ジャヴェル=アンドレ・シトロエン」。

シトロエンは最もフランス車らしいブランドと思っている人も多いと思うが、シトロエンの生みの親アンドレ・シトロエンは生粋のフランス人ではなく、父親はオランダ人、母親はポーランド人だった。

大学を卒業したのち母親の母国ポーランドを訪れたとき、アンドレはある特殊な歯車を目にした。V字型に歯が切られた歯車である。この歯車の伝達効率の良さに目をつけたアンドレはこの歯車を生産する工場を立ち上げる。この歯車の形こそが、現在に通じるシトロエンのロゴマーク、ダブルシェブロンの由来なのだ。

この歯車生産工場は大成功を収めたが、当時フランスは第一次世界大戦に巻き込まれていた。ここでアンドレは軍に対し、工場設立資金を出してくれれば砲弾を1日5万発作れると大風呂敷を広げたのである。そうしてアンドレは巨大な砲弾工場を手に入れることに成功し、効率的な生産工程で1日5万発の量産を実現する。この工場の所在地こそがシトロエンの聖地、ジャベル河岸である。

トラクシオン・アヴァンの誕生

1934年に登場したトラクシオン・アヴァン。モノコックボディに前輪駆動を組み合わせ、それまでの保守的なクルマ作りから一変する画期的なモデルだった。

戦争が終わると砲弾の需要は無くなったため、この砲弾工場を活用して自動車の生産を行うことを思いつく。砲弾製造で培った合理的なマスプロダクションシステムを利用して安価な自動車を大量生産しようという狙いである。

このため初期のシトロエン車は極めて構造が簡便で大量生産しやすい設計となっていた。価格はライバル車の半値以下で、生産を始めた翌年の1920年には2万台以上という当時としては圧倒的な生産台数を達成、ヨーロッパ初のマスプロダクションメーカーとなった。

1922年にはさらに小さく簡便なモデル、タイプCが登場する。その後C3、C4、C6と車種展開していったが、このネーミングが近年復活しているわけだ(このCから始まるネーミングは1930年代初頭にいったん終わっている)。

1934年、それまでの保守的なクルマ作りから一変する画期的なモデルが登場する。モノコックボディに前輪駆動を組み合わせたトラクシオン・アヴァンである。これは自動車史上にも残る名車となるが、この開発によりシトロエンは経営難となってしまい、アンドレは会社を追われ、シトロエンはミシュラン傘下となってしまった(その後1976年にプジョー傘下に)。

2CVとDSによって形成されたイメージ

1948年に発売された2CV。その後のシトロエンのイメージを決定づける重要なモデルだ。

第二次大戦後のシトロエンは戦前から開発がスタートしていた超軽便車、2CVの誕生からスタートする。1948年に発売された2CVは戦後の疲弊したフランスに非常にマッチしたモデルであった。そのわずか7年後、終戦から10年しか経っていないタイミングでトラクシオン・アヴァンの後継車として登場したのがDSである。

DSはサスペンション、ステアリング、ギアシフトをすべて油圧でコントロールする画期的なクルマで、そのスタイリングもその技術に勝るとも劣らないアバンギャルドなものだった。現在のシトロエンのイメージはこの2CVとDSをベースに形成されていると言って良いだろう。

技術的にもデザイン的にも全く異なるこの2モデルだが、デザインしたのはどちらもイタリア人のフラミニオ・ベルトーニである。最もフランス的なブランドと思われているシトロエンの二人のキーマンがどちらも生粋のフランス人ではないというのは興味深い事実なのである。

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著者プロフィール

山崎 明 近影

山崎 明

1960年、東京・新橋生まれ。1984年慶應義塾大学経済学部卒業、同年電通入社。1989年スイスIMD MBA修了。…