シビックタイプRと同じ心臓を持つインテグラ Type S そのレース仕様Type-S DE5とは?

ACURA INTEGRA Type S DE5
2024年のパイクス・ピーク・インターナショナルヒルクライムに挑戦したアメリカ・ホンダのアキュラ・インテグラType S。シビック・タイプRと同じ2.0L直4ターボエンジンを搭載する市販版レーシングマシンだ。どんなマシンなのだろうか?
TEXT & PHOTO:鈴木慎一(SUZUKI Shin-ichi)PHOTO:青山義明(AOYAMA Yoshiaki)

富士山頂より高いゴール地点は空気密度60%

パイクス・ピーク・インターナショナル・ヒルクライム(PPIHC)は、アメリカ・コロラド州東部の主要都市、コロラドスプリングス近くにあるパイクス・ピークを駆け上る伝統のヒルクライムレースである。スタート地点の標高は2862mmでゴール地点は4302m(標高差1440m)。有料道路(パイクス・ピークハイウェイ)を封鎖した約20kmのコースでタイムを競う。パイクス・ピークハイウェイ自体は約31km。

ちなみに、我々にとってなじみ深い箱根ターンパイク(アネスト岩田箱根ターンパイク)はコース長約13.8km(箱根小田原本線)で最高勾配は10%、最高地点は約1000mだ。

第一回大会は1916年、2024年大会が102回。アメリカで2番目に古いレースなのだ(もっとも古いレースはインディ500である)。第一回大会の優勝タイムは20分55秒6(ロマーノ・スペシャルを駆ったレア・レンツによる)で、現在のコースレコードは2018年の7分57秒148。これはフォルクスワーゲンの電気レーシングカー、I.D.Rがマークした記録だ。

言うまでもないが、スタート地点の4302mは富士山頂よりも高い。地表面が気圧1013hPaに対して、606hPa、空気中の空気密度が地表の60%、沸点が87℃となり、内燃機関にとっては厳しい条件だ。人間にとっても同様で、高地順応せずに上がれば高山病の危険に直面する。スタート地点でも720hPa、空気密度71%である。

ACURA INTEGRA Type S DE5 アキュラ・インテグラType SをベースにしたTCXクラス用レースモデルだ。

燃料と吸入空気からなる混合気をシリンダー内で圧縮ー燃焼させる内燃機関にとって空気濃度が下がる高地は難敵だ。4302mのゴール地点ではエンジン出力は70%まで低下してしまう。

取材で訪れた際に、同じコースを走ってみた。平均勾配7%、最大勾配10%のコースは、空しか見えないセクションが多く、コースアウト側はガードレールなしの崖をなっているため、レースとなればドライバーに技術と高い集中力を要求する冒険レースの側面も持つ。

PPIHCを戦うマシンは、通常のサーキットレースやラリーとは違う特性が求められる。

出場するマシンはカテゴリー分けされ、市販車ベース+αのマシンからフォーミュラカー、改造無制限のモンスターマシンまでバラエティに富む。2024年の総合優勝は、トータル1400psの出力を誇る電気ピックアップトラック、フォードF-150 Lightning Super Trackだった。優勝タイムは8分53秒553。平均時速は約130km/hである。

パイクスピーク用マシンの作り方|アキュラ・インテグラType S

タイムは10分51秒359。総合27位・クラス(タイムアタック1)5位だった

北米ホンダが展開するアキュラ・ブランドと、そのモータースポーツ活動を統括するホンダ・レーシング・コーポレーションUSA(HRC US)は、アキュラ・インテグラType-S DE5を開発、PPIHCに参戦した。HRC USは、HPD(Honda Performance Development)として長年ホンダの北米モータースポーツを支えてきた会社で、2024年からHRC USに名称を変えている。


サスペンションはフロントがマクファーソンストラット式、リヤがマルチリンク式。インテグラの「タイムアタック1」クラスは大幅な改造が可能だが駆動方式も含めて(インテグラはFWD)空気/燃料の供給方法、気筒数などは変更できない。

インテグラは、2021年にプロトタイプが発表され、22年にデビューしたアキュラでもっともコンパクトな5ドアハッチバックである。2023年には北米カー・オブ・ザ・イヤーも受賞している。エンジンはL15C型1.5L直4ターボ(日本のシビックのガソリン仕様と同型)+CVT/6MTだ。あとから追加されたType SはK20C型2.0L直4ターボエンジンを積む。

エンジン
K20C8型2.0L直4ターボ
最高出力:365ps(360HP)
最大トルク:461Nm(340ft-lb)
圧縮比:11.0
Motec M1 ECU(HPD strategy and integrated Transmission control)
HPD/Hasport ポリウレタンエンジンマウント
HPDラジエーター&補助オイルクーラー

このインテグラの最上級モデルであるType-Sをベースに北米ツーリングカーレースのTCXクラス用レーシングマシンに仕立てられたのがインテグラType-S DE5だ。開発にはF1開発拠点であるHRCさくらも関わっている。エンジンは前述の通り、シビック・タイプRにも搭載されているK20C型2.0L直4ターボだ。シビック・タイプRは圧縮比9.8のK20C1型なのに対して、インテグラType S DE5は圧縮比11.0のK20C8型を積む。最高出力は365ps、最大トルクは461Nmだ(日本のシビックタイプRは330ps/420Nm)。

ターボチャージャーは市販品と同じものを使う。電制ウェイストゲート付きシングルスクロールターボだ。過給圧も「大きくは違わない」という。ボア×ストロークは86.0mm×85.9mm。燃料供給は筒内燃料直接噴射(サイドDI)。
ボンネットはHPDカーボン製

現地のホンダ・エンジニアに話を聞くと「標高1000mあたりまではスペック通りの出力が出るが、それ以上になるとパワーダウンする」という。4302mともなれば、出力は7割(つまり約255ps)になる。エンジンの宿命だ。
出力低下を補うには、ターボチャージャーの回転数を上げればいいのだが、そこには回転限界があって、簡単に上げるわけにはいかない。数種類のターボチャージャーを試したが、結果的に市販品と同じものを使用した。過給圧も市販版と大きくは変えていないという。

トランスミッションはパドルシフトの6速シーケンシャルに変更されている。伝達効率を重視した「スレートカット・レーシングギヤ」を使用する。電動パワーステアリングは量産車と同じものを使う。


エンジンブロックは市販品から補強されている。図面はHRCさくら側が引き、製造はNSXを作っていたオハイオ州メアリズビルのPMC(パフォーマンス・マニュファクチャリング・センター)が担当した。PPIHC参戦マシンだが、いわゆる「高地適応」はしていないという。理由はコストだ。同じツーリングカーレースでもより高レベルのTCR用であればもっと手を入れられるが1700万円ほどでユーザーに市販するTCX向けだとコスト要件がある。車両規則の自由度が高いPPIHCは、「お金を掛ければ掛けただけ速いマシンが作れる」というが、高地テストやターボチャージャーの変更などを行なえば、それだけ価格に反映する。


ボディシェルは、防音材、アンダーボディコーティング、シームシーラーなど、ストリート車両に不要なコンポーネントをすべて取り除いたボディ・イン・ホワイトから専用に製作され、セーフティロールケージが装着される。ロールケージはTIG溶接。FIA基準に準じている。
ブレーキシステム(フロント)はAPレーシング製。ASBはコンチネンタル製を使う。タイヤは横浜ADVAN A005(レーシングタイヤ)を履く。サスペンションはスプリングがアイバッハ製、ダンパーはHRC製。チタン製鍛造ホイール18×10。リヤブレーキは量産のローター+キャリパー。
HPD/APR製調整式リヤウィング。
4302mまで一気に駆け上がると気圧低下により飽和蒸気温度も下がりウィンドウは曇りやすくなる。その対策として、リヤだけでなくフロントガラスにも熱線が入っている。

さて、1400mの標高差(地表が1013hPa/空気密度100とすると、標高2900mで720hPa/71%、4300mで606hPa/60%)は、大気圧センサーによってエンジンの制御マップを切り換えていくことで対応する。


ドライバーは、キャサリン・レッジ選手。インディカー・シリーズにも参戦している。

今年のパイクス・ピークでインテグラをドライブしたのは、キャサリン・レッジ選手。インディカー・シリーズにも参戦している女性ドライバーだ。タイムは10分51秒359。総合27位・クラス(タイムアタック1)5位だった。レース後に話を聞いた。コースについては、「ガードレールのないブラインドコーナーでは、約900の高さから落ちて死ぬことがあるんです。もちろん怖いです。でもビデオを見て、何度か走ったからマシになったかな。インテグラで初めて走った時は、怖かったです」と答えてくれた。

結果については、「完璧な走りができず残念ですが、とてもエキサイティングだったし、来年戻ってきてまた挑戦したい」と述べていた。

エンジンと同じくドライバーも高度に対応するために、酸素ボンベから鼻カニューレを使っての酸素の供給を受けながらのドライブとなる。PPIHCはエンジンにもドライバーにも過酷なのである。ゆえに、100年にわたってレースが続き、人々を魅了するのだろう。
 

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著者プロフィール

鈴木慎一 近影

鈴木慎一

Motor-Fan.jp 統括編集長神奈川県横須賀市出身 早稲田大学法学部卒業後、出版社に入社。…