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ASEANにHEV生産を定着させる=三菱の決断
エクスパンダーはMMCが2017年にインドネシア国際オートショーで発表され同年にインドネシアのMMKI(ミツビシ・モータース・クラマ・ユダ・インドネシア)で生産が開始されたMPVだ。2020年にはベトナムおよびマレーシアでKD(ノックダウン=部品・ユニットを梱包して出荷し、仕向け先で組み立てる方法)生産を開始した。
エクスパンダークロスは2019年に追加されたモデルで、車体地上高を20mm上げホイールアーチモールディングを追加し全幅50mm拡大したSUV的仕上げの仕様である。
エクスパンダー/エクスパンダークロスともに2021年にマイナーチェンジされ、外観デザインなどが変更された。そして今回はHEVが追加された。この仕様は当面、タイのMMThだけで生産される。HEVシステムはMMCが開発し「アウトランダー」「エクリプスクロス」に搭載しているPHEV(プラグイン・ハイブリッド・エレクトリック・ビークル)用駆動系をベースにしている。
ICE(内燃機関)をアウトランダーの2.4L直4からアトキンソンサイクル1.6L直4に変更し、発電機と駆動用電気モーターはPHEVから流用、駆動用車載電池はBEV(バッテリー・エレクトリック・ビークル)走行距離を長く確保するPHEVよりも大幅に減らし、必要な電動アシストとコスト、重量のバランスを取った。詳細はあらためて報告する。
走行モードは(1)電気モーター単独走行=BEV(2)基本ICE走行+電気モーター・アシスト=HEV(3)ICE発電と車載電池の電力を使った電気モーター走行=シリーズHEV(4)減速回生--の4パターンだ。どの走行モードでも(4)は行なわれ、電気モーターの効率が悪くなる高速走行時は(2)、登坂時や加速時など大トルクが必要なときは(3)を使う。
タイ現地での車両価格は94万6000バーツ。1バーツ=4.16円で計算すると為替レート上では約393万5000円になるが、物価水準で考えると「バーツ×10=日本円」が妥当だろう。つまり946万円。とても高い買い物だ。タイでの新車購入層は全人口の15%程度と言われる。
2023年のタイ国内新車販売台数は約77万台で前年比9%減。生産は184万台、同2%減。タイは国内消費よりも輸出が多い自動車輸出国であり、その台数はASEAN(アセアン=東南アジア諸国連合=タイ/フィリピン/マレーシア/インドネシア/シンガポール/ブルネイ/ベトナム/ラオス/ミャンマー/カンボジアの10カ国)加盟国のなかでは最大だ。
この事実から勝手に推測すると、MMCがMMTh製のエクスパンダークロスHEVを日本に輸出するのはまったく自然なことだ。PUT(ピックアップ・トラック)「トライトン」は日本に輸出している。かつてはホンダが「フィット・アリア」を日本へ出荷していた。
ASEANは日本車にとって欧州以上に重要だ
タイからの完成車輸出は昨年実績で115万台。仕向地は豪州、中東、アフリカなどが多い。製造品質ではタイが「世界最高」と言われる。製造元が日本のOEM(自動車メーカー)だという点がもっとも大きな要素だが、前述のようにタイ国民にとって自動車はものすごく高価な買い物であり、そのぶん仕上がり品質に対しては厳しい目を持っている。
とくに塗装品質はすばらしい。チリひとつもクレームの対象になるためだ。購入にあたっては、それこそ穴が開くほどにじっくりとクルマを観察してから決める。日本に比べると自動車の値段は生活実感のなかで4倍に近い。だからじっくり観察し、納得してから買う。
もうひとつの要因は、タイのサプライヤーだ。タイ国内には日系サプライヤーも多く進出しているが「MMCが育てた」と言われるサミットグループなど地場資本のサプライヤーが実力を付けた。ICEで使われるクランクシャフトなど精密機械加工部品をタイは製造できる。
同時に、ASEANの自動車産業振興を目的にMMCがASEAN理事会に働きかけ各国の利害調整も含めて創設に尽力したBBC=ブランド・トゥ・ブランド・コンプリメンテーションという制度がある、同じOEM、同じブランドがASEAN域内で車両生産を行なう場合、必要な部品・ユニットのASEAN域内貿易には関税を最低限にとどめるという制度だ。
MMCはタイ、インドネシア、フィリピンに車両工場を持ち、ICE生産専門会社をタイに、変速機などのユニットおよび部品を製造する専門会社をフィリピンに置く。タイで生産される車両に使われる部品・ユニットはフィリピンなどから運ばれる。ASEAN全体で自動車産業を底上げし、ASEANから自動車を輸出するための制度である。
ASEAN域内では欧州OEMもKD生産を行なっているが、日系OEMのような部品からの現地一貫生産ではなく、部品・ユニットのほとんどは輸入している。ASEANでは単純に組み立てだけを行なう。「生産」という表現でひとくくりにするのは間違った見方だ。
現在、ASEAN合計の自動車生産能力は500万台に達する。昨年実績は438万台。インドの自動車生産は現在約400万台であり、これを上回る。日本ブランドの4輪車生産台数は全世界で約2700万台。その内訳は国内生産より生産のほうが多い。そのなかでは北米が最大だが、ASEANは日本車にとって欧州以上に重要だ。
極論すれば、北米での日本車生産はすでに独立しており、北米市場に合わせている。欧州は一時期ほど重視されていないが、欧州で売っているという事実は日系OEMにとっては実績よりも重要なのだが、利益率は大きくない。ただしそこそこの生産規模は保たなければならない。
台数で今後に期待できるのはインドとASEANだ。これから伸びる市場であり、政治・経済で北米の影響を強く受ける中南米以上に日系OEMにとっては重要である。筆者はASEANこそ日本の自動車産業にとっての絶対国防圏(古い表現だが)と考える。
そこにMMCは、現地生産のHEVを投入した。この意義は大きい。そしてASEAN産のHEVが日本に輸出されるとしたら、さらに意義は大きくなる。ASEAN域内で電気モーター、電池、制御系などを量産する体制を整えれば、さらに西へとHEVを輸出できる。
今回のバンコク・モーターショーではいすゞがBEVを参考出品した。ASEANよりも西のインドでは、マルチスズキ・インディアがBEVを生産することをすでに発表している。しかし同時に、中国OEM勢もASEANとインドを狙っている。日系OEMは、どのようなモデルミックスで現在の地位を確保しながらそれぞれの現地でのモータリゼーションに貢献できるかの青写真をしっかり描き、それを説明しなければならない。
幸い、中国勢は個別行動であり、持ち駒はBEVしかない。BYDがPHEVを得意とする程度だ。日欧米に比べて電力事情の悪いASEANとインドでは、必ずしもBEVが最適解ではない。欧米勢はBEV一辺倒からHEVシフトの姿勢を見せ始めている。当面の利益を確保しなければならないためであり、インド〜ASEAN方面にかまっている余裕はない。
ASEANにHEV生産を定着させる。その決断をMMCは下した。タイミングとして非常にいい。日本の自動車産業界がASEANからインドにかけての地域で幅広いHEV展開ができるかどうかは、今後を占ううえでも重要だ。