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■初代から基本メカニズムを踏襲しつつ装備を充実させた2代目
1995(平成7)年2月24日、ホンダのアッパーミドルセダン「インスパイア」が初めてのモデルチェンジで2代目に移行した。初代が採用したFFミッドシップや5気筒エンジンといった特徴的な基本仕様は継承しつつ、エンジンをパワーアップして安全装備や快適性、静粛性などのレベルアップが図られた。

ハイソカーブームのなかで誕生した初代インスパイア


1980年後半の日本はバブル好景気を迎え、市場ではトヨタ「ソアラ」や「マークII」が火付け役となったハイソカーブームが起こった。ハイソカーとは、アッパーミドルクラスのスポーティな高級セダンを指す造語である。

そのような中、ホンダは1989年に個性的なハードトップ「アコードインスパイア」を投入。短いフロントオーバーハングに低く構えたボンネットからリアに流れるような直線基調の英国風フォルムと、シンプルながら高級感漂うインテリアが特徴だった。

新開発の希少な5気筒エンジンである最高出力160psを発揮する2.0L直5 SOHCエンジンをフロントアクスルより後方に搭載するフロントミッドシップレイアウトを採用。これにより、車両の重量配分を60:40として俊敏なハンドリング特性を実現した。
ホンダらしい個性的な技術満載のハイソカーとしてデビューしたアコードインスパイアは、バブルの後押しもあってまずまずの販売は記録したが、人気のハイソカーには敵わなかった。2.0Lエンジンしかなかったことや、ハイソカーの最大の売りであった豪華さやスポーティさに欠けたことがマイナス要因となったのだ。
先代のキープコンセプトでブラッシュアップを図った2代目
インスパイアは、1995年2月のこの日に初めてのモデルチェンジを行ない2代目に移行した。ボディタイプは、先代同様4ドアピラードハードトップのみの設定で、スタイリングもキープコンセプトで先代のイメージを踏襲しつつ、サイズは全長と全幅が10mmほど拡大された。

エンジンは、先代から引き継いだ2.0L直5 SOHCに加えて最高出力180psの2.5L直4 SOHCの2機種を設定。トランスミッションは4速ATのみで、初代の一部グレードに設定されていた5速MTは廃止。駆動方式も先代同様、FFミッドシップレイアウトが継承された。
さらにブラッシュアップされたのは、安全性と快適性の向上である。全方位の衝突安全性ボディを採用し、運転席&助手席エアバッグを標準装備し、ABSやトラクションコントロールをオプション設定。また各部位に制振・遮音処置を施し、エンジンマウントには電子制御液封タイプが採用された。また、高熱線吸収グルーンガラスの採用、CD一体の8スピーカーDSPサウンドシステムを標準装備するなど、上級車としての快適装備も充実していた。

車両価格は、標準グレードで213.3万円(2.0L)/228.8万円(2.5L)。当時の大卒初任給が19.4万円程度(現在は約23万円)だったので、単純計算で現在の価値で253万円/271万円に相当する。完成度を高めた2代目インスパイアだったが、バブルが崩壊して“セダン冬の時代”が到来し販売は苦しんだ。
進化を続けたインスパイアだが5代目で生産終了

その後、1998年には3代目にモデルチェンジ。3代目は、米国で開発・生産されたワールドカーとなり、米国では「アキュラTL」を名乗り、日本へは輸入車として上陸した。ハイグレードには225psを発揮する3.2L V6 SOHCエンジンが追加された。

2003年には4代目にモデルチェンジ。積極的に先進技術を採用し、なかでも3.0L V6 i-VTECエンジンを利用した可変シリンダー機構と国産車初の衝突軽減ブレーキの2つのシステムが画期的だった

そして2007年に最後のインスパイアとなった5代目が登場。進化版可変シリンダー機構や各種SRSエアバッグの装備、さらに衝突軽減ブレーキなど先進技術満載の5代目だったが、2012年に残念ながらインスパイアの日本での販売は終焉を迎えた。
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初代インスパイアはハイソカーブームの中でまずまずの実績を残したが、2代目以降は完成度の高さにもかかわらず“セダン冬の時代”に直面して苦しい販売を強いられた。さらに、日本で低迷する一方で北米では人気を獲得したので、3代目以降は北米重視のクルマになってしまい、日本での人気減速に拍車をかけるという悪循環に陥ったのだ。
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