清水浩の「19世紀の技術を使い続けるのは、もうやめよう」 第17回 

脱・温暖化その手法 第17回  —自然科学は物理、化学、生物から成っている その基礎に数学があるー

温暖化の原因は、未だに19世紀の技術を使い続けている現代社会に問題があるという清水浩氏。清水氏はかつて慶應大学教授として、8輪のスーパー電気自動車セダン"Eliica"(エリーカ)などを開発した人物。ここでは、毎週日曜日に電気自動車の権威である清水氏に、これまでの経験、そして現在展開している電気自動車事業から見える「今」から理想とする社会へのヒントを綴っていただこう。

自由にものを考えるところから自然科学が進歩

 私は理系の人間である。このため、自然科学の観点から温暖化の解決を目指してきた。

 自然科学には、物理、化学、生物があり、その基礎に数学があるということは言うまでもない。これらは人類の限りない知的好奇心の成果として生まれてきた。特に進歩が著しくなったのはヨーロッパで中世が終わり、近世になってからである。

 私は歴史学者ではないので確たることは言えないが、歴史上の現代の入り口は最初の市民革命だった1644年の清教徒革命であると考えている。それまでの人々は自由にものを考えることが許されていなかった。それが市民革命によって人々が支配、被支配の関係から解き放たれ、自由な生活を送ることができるようになった。それに伴い、知的にも自由がもたらされるようになり、結果として自然科学の進歩があったと考えている。

「科学」と「技術」には大きな違いがある

我々は科学と技術の区別を明確にしないままで使うことが多い。その違いを明確に教えて下さったのは、市川惇信 元国立環境研究所長である。

それによると、科学とは「分かったことを文章にする」ことである。それが、他人に理解されることで科学になる。ここで使われる文章で、万国共通のものは「数式」である。分かったことが数式で表わされれば、共通の知的財産になる。

一方で技術であるが、「人間が頭で考えたことを形にする」ということである。人間が何かを作るときに、まず、頭でそれを思い抱く。その上で物を作る。それでは科学と技術の関係はどうかというと、技術を実現するために科学の力を借りるとそれが著しく容易になるということである。かつ他人への伝承もできることになる。

もうひとつ科学の定義として教えて頂いたことは「積み上げることが出来るもの」ということである。ひとつの発見があり、これが言葉で表現され、それを理解した人が新しい発見をして、さらに言葉で表わされるということでは積み上がり進歩していく。その科学的知識の助けを借りて、技術は発展を繰り返す。

また、技術の成果として生まれたものを試験したり利用すると、予測していなかったことが起こる。それを理解するために新しい科学が生まれる。こうして科学と技術は互いに影響しながら発展をしてきた。

技術は人類が手を使うようになってから、少しずつ発展してきた。それが市民革命の後に自由にものを考えるようになった人々がまず近代科学を生み出し、その理解の上に立って技術が考え出され、次第に人々に使われるようになり、という経過を経て、産業革命が起こり、現代に繋がる工業化社会が生まれた。

これは技術の成果である。しかし、その成果が素晴らし過ぎたために、これを使うために大量の化石燃料を使いCO2を発生させることになり、地球の容量が足りなくなったと危惧されているのが今の状態である。

2013年に開発したCel。Wilの改良車で、空気抵抗を
さらに小さくして、モータートルクを大きくし、加速
力を高めた。

著者プロフィール

清水 浩 近影

清水 浩

1947年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部博士課程修了後、国立環境研究所(旧国立公害研究所)に入る。8…