ZFの技術がヴェンチュリーのフォーミュラE車両に投入されたのは、「シーズン3」と呼ぶ2016/2017年シーズンからだ。まずはダンパーの供給から始め、2017/2018年のシーズン4ではギヤボックスを供給。第2世代を意味する「Gen2」シャシーが導入される2018/2019年のシーズン5で、いよいよ本格的にEモビリティ技術を投入することになった。
フォーミュラEは2015/2016年のシーズン2以降、電動パワートレーンの独自開発が認められることになった。電動パワートレーンはモーターとインバーター、それにギヤボックスで構成される。シーズン5に導入されたGen2シャシーの最大の特徴はバッテリーが変更されたことで、ユーザブルエナジーはGen1シャシーの28kWhから54kWhへとほぼ倍増した。この結果、レース中の乗り換えがなくなり、45分+1周に規定されたレース距離をスタート時の車両で走りきれるようになった。ZFはヴェンチュリーに対し、モーター、インバーター、ギヤボックス(すなわち電動パワートレーン)とダンパーを供給した。
Gen1シャシーではモーターの最高出力が200kWに規定されていたが、Gen2では250kWに引き上げられた。この変化も大きい(レース通常時は220kWに規定)が、モーターの設計に影響を与えるのは、ギヤボックスの段数だ。技術規則では最大「6」と定められており、1速(変速なしのシングルギヤ)から6速まで、任意の段数を選ぶことができる。全車共通のシャシーで争ったシーズン1(2014/2015年)は、5速ギヤボックスを組み合わせていた。
一般論として、変速段数が多いとギヤボックスの重量がかさむ。また、ギヤボックスは伝達効率の高い歯車の組み合わせとはいえ、段数が増えるほどに伝達ロスが増える。それに、アップシフト時にはクラッチの切り離しによる空走が生まれる(F1のような、空走状態をなくすシームレスシフトは認められていない)。いっぽう、変速なしの1速(シングルギヤ)で低速から高速までカバーしようとすると、モーターの大型化が不可避になる。
モーターを小さくし、多段化することでモーターの効率を補うのか。それとも、1速を選択して軽量化と伝達効率を徹底追求し、モーターがある程度大きくなってしまうのは許容するのか。ZFはシーズン5向け電動パワートレーンを開発するにあたり、選択肢を1速と2速に絞り込み、効率(損失)、重量、パフォーマンス(0-100km/h加速が最大の指標)の観点で評価した。結果、選択したのは1速で、とくに効率と重量面で明確なアドバンテージが認められたという。
「ZFはEモビリティのシステムサプライヤーです。ロスを最小化するノウハウは、量産コンポーネントの開発を通じて蓄積されています。フォーミュラEの電動パワートレーン開発では、ソフトウェアも含め、量産の経験を生かすことができました」と、開発に携わった技術者は語った。
タイヤはミシュランのワンメイクだ。タイヤが路面に伝達することができるグリップは決まっており、シーズンの途中でグリップ力が高くなることはない。そこで、タイヤが路面に伝達できるトルクの最大値から逆算して、1速のギヤ比を最適化した。レシオが大きくなるとイナーシャ(慣性)が大きくなって加速の際のロスにつながるので、「最小のレシオで、タイヤが伝えられる最大のトルク」を伝達すべく開発に取り組んだ。
モーターだけでもなく、ギヤボックスだけでもなく、それらをパッケージした電動パワートレーンを一括で開発するからこそ、全体最適なコンポーネントの開発ができる。まさに、システムサプライヤーのノウハウが生きる領域だ。耐久性のマージンをミニマムにする設計(これも、量産開発で培った技術が生きる)や素材技術、生産技術を惜しみなく投入することにより、ZFが開発したシーズン5向け電動パワートレーンのシステム重量はシーズン4比で20%の軽量化を果たした。パワー密度は35%の向上。システム効率は95%以上に達している。
2018年12月に開幕したシーズン5向け電動パワートレーンの開発は、2016年12月にスタート。2017年7月にベンチテストを始め、2018年3月に実走テストにこぎつけた。10月にスペイン・バレンシアで行なわれた合同テストでは、他のチームがどのようなソリューションを選択してきたかがおおよそ明らかになった。そこで判明したのは、全車が1速を選択したということ。ZFは効率、重量、パフォーマンスの観点で1速と2速を天秤にかけた結果、1速が優位と判断し選択に至ったわけだが、結果的に“正解”で、現在に至るまで1速が定番となっている。